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性分でして

 あれよあれよという間にハルトムート王子とヒルデリッヒ公子の決闘が決まってしまった。ヘリオスさんが何故か乗り気で、立会人を買って出て、細かい取り決めまで決めてしまったからだ。

 そして現在、中庭の中央で、ジェイドと公子が木剣を手に相対している。周囲は王妃様が人払いの上、アステールさんが風の壁で囲っていて、誰も入って来られない。


「では、ハルトムート王子が勝てばヒルデリッヒ公子は帰国を諦め、ヒルデリッヒ公子が勝てば、ハルトムート王子の支払いでオレ達が公子をサフィリアの国境まで護衛する。この条件で良いな?」


「ああ、それで良い。護衛としては頼りないが、居ないよりはマシだろう」


 わざわざ王子の服を借りてお着替えした公子、態度が尊大だ。そして、木剣を振る動作はなかなか様になっている。途端に不安になったオレは、コソッとアステールさんに聞いてみた。


「アステールさん、あの子、強いと思います?」


「如何でしょうね。でも、ジェイドはヘリオスが鍛えているんですから、強いですよ」


「あの生意気な公子様の鼻っ柱をへし折れるくらいには鍛えてるからな。安心して見てろ」


 ヘリオスさんが自信たっぷりだけど、オレは気が気じゃない。だって決闘だよ、危ないじゃん。相手が同い年くらいの女の子でもさ、魔法もあるし万が一ってことも……。

 なんて、思っていた時もありました。


 ジェイドと公子の決闘、一瞬で終わったよ。秒だよ秒。始めの合図の次の瞬間には、公子は木剣を落として地面に膝をつき、腹に手を当てて呻いていた。


「勝者、ハルトムート王子代理人、ジェイド!」


 ヘリオスさんが宣言する中、ジェイドはピシリと姿勢を正して礼をする。格好良い。そしてセイナがパチパチ拍手するのに、ヘニャリと笑み崩れるのが可愛い。格好良いと可愛いって共存出来るんだな。


「さて、約束通り、其方は大人しく亡命せよ」


「ま、待て! 今のは無効だ! 開始の合図より先に攻撃された!」


 公子が顔を歪めながら何か言ってるよ。ジェイドがそんな卑怯な事、する訳ないじゃん。オレ達パーティから一斉に睨まれた公子、だけどめげずに言い募る。


「だっ、だいたい、立会人がその男なのも不公平だっ! その子の味方をするに決まってるじゃないか!」


「おい、俺が身内びいきでジェイドに有利な判定をするとでも?」


 ヘリオスさんの機嫌が急降下。アステールさんからも冷気が漂い始めている。オレもムッとしてるけど、迫力が足りないのか、大人達にビビった公子がオレのほうに身を寄せてくるよ。庇わないからね!


 オレがジリジリと公子から距離を取っていると、ジェイドがヘリオスさんを見上げて言う。


「ヘリオス先生、ボク、やり直しても良いですよ。何度やってもボクが勝ちますから」


 ジェイドが珍しく強気だ。落ちていた剣を拾い、にじり寄って来ていた公子とオレの間に割り込んで、木剣を握った手を公子の顔面に突き付ける。


「こんな、甘やかされて育った子になんて負けません」


「それはこっちのセリフだ! ワタシは大公家の嫡子として厳しく育てられたんだ、お前なんかに負けるか!」

 

 公子は木剣を奪うように受け取った。開始の合図も聞かずにジェイドに打ち込んでいったけど、おいこら、さっき文句をつけたこと自分がやってるぞ。だけどジェイドは軽々と避けて、公子の二の腕にパシッと一撃入れる。避けてはパシッ、いなしてはパシッ、何度も何度も反撃を受けるうちに、公子が涙目になってゆく。


「其方、もう降参しろ。どう足掻いてもジェイドに太刀打ち出来んだろ」


 居たたまれなくなったのか、王子が勝負を降りるように勧めたが、公子は泣きながらも木剣を振るのを止めない。もう半分木剣に振り回されているように不格好だけど、根性あるな、この子。


「降参なんて、しない! ワタシは国に帰らなきゃ、帰って父様を探すんだ!」


 ああ、だから実力の差は歴然なのに、諦めないのか。困ったな、可哀想になってきたぞ。

 アステールさんがスッとオレの右隣に立つ。


「ユウ君、また甘い事を考えてますね?」


「い、いやー、そんな事は」


「またかよ。ユウ、いくら可哀想でも、サフィリアに行くのは断固反対だからな」


 ヘリオスさんまで左隣に来て釘を刺す。


 「分かってます、オレだって危険な場所に皆を連れて行こうなんて思ってないし、そもそもオレが絶対に行きたくありません。こんな子どもの決闘でさえ怖いのに」


「ですよね。でも、他の事をしようとしているでしょう。さあ、正直に吐きなさい」


「……えーと、情報収集だけなら、ここからでも出来ないかなぁ、と」


「リヒトに頼むのか?」


「いや、リヒトさんは忙しそうなので、別の人に」


 幸いというべきか、オレには情報収集が得意そうな知り合いが複数いる。栞ちゃんと岩長さんだ。栞ちゃんの封印は解けないので、ここは岩長さんに……あまり頼りたくないけど……。


「あの女に借りを作るのか?」


 ヘリオスさんの顔が渋い。ヘリオスさん、岩長さんのこと嫌いだもんね。


「いえ、借りにはしません。米の交易について口利きする見返りに、ヒルデリッヒ公子のお父さんを探してもらえないかと」


 公子の件が無くても、岩長さんにはそのうち「アサド国でお米の栽培が始まったよ」とは知らせる予定だった。ただ、それはオレ達がこの国を去ってから、おにぎり定期便にメモでも付けて知らせようと思ってたんだよね。直接連絡して居場所を知られないように。

 だけど、公子のお父さんを探すとなると、早い方が良い。それに、この国にとって現在のサフィリアの情報は重要だろうから、大公様を探しながら得た情報を交渉材料にすれば、岩長さんにとっても、この国にとっても、実のある取引になるんじゃないかな。


「確かに石竜の聖女にもこの国にも、益のある取引になるでしょうが。私達には何の得にもなりませんね」


「むしろ、居場所を特定されるだけ損だろ」


「そうですけど……駄目、ですか?」


 ヘリオスさんとアステールさんが、揃って溜息をつく。ううう、ごめんなさい。子どもに甘い自覚はあるんですが、性分でして。


「ひとまず王妃様に相談しましょう。話はそれからです」


「そうだな。大公が見つかったとして、その後の事も、よーく話し合わないといけないしな」


 そうだよね。お父さん見つかったら、公子が国に帰るから送ってけって言いそうだもんね。


 決闘は、もう決闘とは呼べないものになっていた。ジェイドの反撃は、かなり手加減しているような軽い音を響かせていたが、それでも重なればダメージは蓄積してゆく。公子はフラフラで、立ち上がるのに木剣を支えにしている有様だ。つい「頑張れ!」と声援を送りたくなって、慌てて口を閉じる。

 ヘリオスさんがジェイドに合図した。ジェイドが頷き、打ち掛かってきた公子を楽々捌いて、強めの一撃を胴に入れた。


「それまで。勝者、ジェイド」


 意識を失った公子が倒れそうになるのを、王子が支え、支えきれなくて共に地面に転がっていた。



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