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ヒルデリッヒ公子

 川賊に攫われたはずの、革命で国がガタガタになっているサフィリアの、王族に連なる大公家の、男の子のはずが実は女の子だった公子様をうっかり発見してしまった……。ちょっと意味わかんないよね……。


 オレ達の手には余るので、この国で1番頼りになる王妃様に相談しようということになった。ただ、いくら親しくして頂いているとはいえ、相手は王妃様だ。ただの冒険者が直接連絡を取る手段はないので、ワンクッション王子を挟むことにした。ハルトムート王子にお手紙書いて、王妃様に取り次いでもらうのである。

 内容が内容なので、王子への手紙は「王妃様に緊急かつ重要かつ内密な相談があるんだけど時間をもらえないかな?」という、フワッとしたものになった。それを念を入れて日本語で書いて、そこら辺にいた兵士に渡す。明日くらいに相談出来れば有り難いなーと思っていたら、直ぐにハルトムート王子が王妃様を連れて、我が家にやって来た。フットワークの軽い王族、助かる。


「ユウ、おやつを食べに来たぞ! 今日は母上もお連れした、寒いから家に入れるのだ!」


 内密な相談って書いたから、家の中で話したほうが良いと判断し、そのための理由付けをしてくれたんだな。ありがとうハル、だけど王妃様の護衛騎士が後ろで苦虫を噛み潰してるぞ。

 難色を示す護衛騎士達に配慮して、家の玄関扉は開けておくことになった。テーブルを動かして、王妃様には外から見える席に座って頂く。ヘリオスさんが椅子を引く姿が様になっている。ヘリオスさんの体で外からの視線が遮られているうちに、オレは台所に隠れていたヒルデリッヒ公子を引っ張り出し、ジェイドの隣に並ばせた。


「なっ!」


 ガタンと座ったばかりの椅子から立ち上がった王子とは違い、流石は王妃様、落ち着いている。ジェイドとそっくりな公子にも、僅かに目を見張っただけだ。更に王妃様は上品に微笑んで、公子に声を掛けた。


「お嬢さん、お名前を教えてくださる?」


「ヒルデリッヒ、です」


「何故こちらへ?」


「厨房で働いていたら、その人達に捕まって、連れて来られました」


 王妃様の視線がオレに方向転換。すみません、でも見て見ぬふりも出来なくて。オレにも何が何だか分からないので何も聞かないでください。

 

 オレの顔色から察してくれたようで、王妃様はクスッと笑っただけで、オレから視線を外してくれた。公子に向き直ると、椅子を手で示して座るように促す。外から見えない位置の椅子を指定するあたり、流石である。


「これ迄のこと、初めから詳しく話してくださるかしら」


 そこからは長々と、公子の話が続いたんだけど、子どもの要領を得ない話を要約すると。


 ヒルデリッヒ公子は周囲の色々な思惑が重なって、産まれた時から男の子として育てられた。

 革命軍がサフィリアの首都を占拠した時には国境沿いの別荘にいた。首都にいた父親は生死不明。

 サウスモアにいる親族の元に亡命するよう家臣達に言われ、神官に託されたが、サフィリアに帰りたい。神官には聞き入れてもらえなかったので、川賊が襲って来た隙に逃げた。ほとぼりが冷めたら商船にでも潜り込んで、サフィリアに帰るつもりだった。


 うーむ、何という無鉄砲。だけどこの子、賊の襲撃の最中に神官から逃げおおせ、ちゃっかりお城に入り込んじゃってたもんな。子どもの行動力って侮れない。王妃様の微笑みが引き攣ってるよ。

 

「ヒルデリッヒ公子。貴国は未だ情勢が不安定です。幼い貴女が帰国して、無事でいられる保証はありません。今は亡命し、機を窺うべきです」


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、王妃様が諭す。だけど公子は元気に首を横に振る。


「いいえ、ワタシは国に戻ります! ご心配なく、これでも剣は嗜んでおりますので、自分の身は自分で守れます! 悪漢の一人や二人、襲ってきても斬り捨ててみせましょう!」


 うわー、子どもの根拠の無い万能感、いや、周囲が接待剣術で持ち上げた結果の間違った自己肯定感だろうか。この子、オレとアステールさんの武闘派じゃないコンビに、あっさり捕まった程度の実力なのに。


「そなた、それ程の腕前なのか? そうは見えぬが」


 ハルトムート王子が疑いの目を向けると、公子は憤慨して、タンッ! とテーブルを両手で叩く。空のコップが揺れたけど、跳ねたり倒れたりはしない。力も弱いな。剣が持てるかも怪しいぞ。

 だけど公子は、王子をキッと睨みつけ、ビシリと指を突きつけた。


「女だと侮るのか! 決闘なら受けて立つぞ!」


「決闘か。わたしは剣は使えぬから、代理を立てるが。良いか?」


「ふん、男のくせに軟弱なんだな」


「悪かったな、軟弱で。最近までロクに食事が取れず、寝込むことが多かったのだ。仕方無かろう」


「では、ワタシの不戦勝だな!」


「だから代理を立てると言っておる。今聞いたばかりの言葉を覚えておらぬのか? 其方は頭が弱いのだな」


「何だと! 決闘だ!」


 どうもこの2人、とても相性が悪そうだ。そして公子は若干脳筋気味な気がする。考えるより先に動いちゃうタイプだ。


 公子がハンカチを取り出して、王子の胸元に投げつける。王子がハンカチを拾うと、公子はニヤリと笑って快哉を叫ぶ。


「拾ったな? お前はワタシとの決闘を了承した!」


「……ああ、受けてやる」


 王子はハンカチをクシャリと握り潰し、席を立って、台所にいるオレのところにやって来た。おい待てハル、オレは決闘なんかに関わる気はないぞ。代理人なら外で睨みを利かせている護衛騎士にでも頼めば良いだろ、こっち来んな。

 だけど王子はオレの前に立つと、ハンカチを持つ手をグイと伸ばし。オレの隣で成り行きを見守っていた、ジェイドに押し付けた。


「ジェイド、わたしの代理人は其方だ」


「えっ、ハル!」


「お引き受けします」


「ジェイドぉ?」

 


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