もち粉がモッチモチ
「はー、そんな事が」
火にかけた鍋の中身をぐるぐると練りながら、オレはヘリオスさんの話に相槌を打った。鍋の中で次第に粘り気を帯びてきているのは、もち米を粉にしたもち粉、水、砂糖だ。大福のための求肥を作る作業中である。ハルトムート王子がもち粉を持ってきてくれたので、試作しているのだ。
「そうなんだよ、腹立つだろ。ジェイドは誰が何と言ったって、ウチの子だっつーの」
言いながら、ヘリオスさんは揚げパンに噛りつく。ヘリオスさんとジェイドは、さっき起きてきたばかりなので、遅い昼食だ。片手に揚げパン、反対の手でジェイドの頭を少々乱暴に撫でている。されるがままのジェイド、頭がグラングランしているが嬉しそう。両手で持った揚げパンを、丁寧に咀嚼している。
ヘリオスさんが謁見の間に呼び出された話を一通り、オレとアステールさんは聞かされていた。オレ達が寝ているうちに、そんなイベントがあったとは。謁見の間とか玉座とかに興味はあるが、王族から公式の場に呼び出されるのは遠慮したい。でも謁見の間は見たいなー、王子に頼んだら見学だけさせてもらえないかなー。
もち粉がモッチモチになったので、出来上がった求肥をコーンスターチを敷いたバットに移す。8等分してカボチャ餡を包み、完成した大福をヘリオスさんへ。
「お疲れ様、これでも食べて落ち着いてください」
「お、サンキュ」
「お兄ちゃん、セイ、自分でやりたい」
「じゃあ、手を綺麗にしてから粉をつけてー」
『きれいきれーい!』が炸裂し、眩しそうに目を細めるアステールさん。その前に大福を置く。
「ありがとうございます。で、ヘリオス、その神官はもう来ないのでしょうね」
「多分な。リヒトの名前を出したから大丈夫だろ」
リヒトさんの後ろ盾、強力だもんな。これで防げなかったら逃げるしか無い。
「あの、ごめんなさい。ボクのせいで」
「ジェイドのせいではありません、堂々としていなさい。下手にオドオドと挙動不審でいると、かえって疑われますよ」
「はい!」
アステールさんの助言に素直に従って、堂々と胸を張り、ご飯を食べ進めるジェイド。その空になった皿に大福をチョンと置くセイナ。カボチャ餡がはみ出しているけど、ジェイドがとても嬉しそうなので、オレが作ったのと取り替えるのは止めておいた。
オレは自作の大福を味見して、次は砂糖を控えめにしようと脳内メモに記入する。セイナが自分で作った大福を食べているうちに、残りの大福を仕上げてアイテムボックスへ。
「それ、仕舞わなくても俺が食べるぞ?」
「これは見本として厨房に持って行くんです。おかわり用じゃありません」
シュンとしたヘリオスさんにはマフィンを追加で出しておいて、オレは城の厨房へと向かった。アステールさんが護衛について来てくれる。
ちょうど厨房も昼食の片付けが済んで、一服している時間帯だった。シェフとコックさん2人に大福を渡して、味見してもらう。
「変わった食感だな。柔らかいグミのような」
「周りの伸びる部分が求肥といって──」
こっちの世界では米は未知の食材だから、基本的な事だけはオレが教えに来ている。プロの料理人さんに素人のオレが教えるのは、最初は抵抗があったけど、王子のアレルギー問題があったからね。早めに食事の改善が必要だとお互いに割り切ってからは、良い関係が築けていると思う。
「砂糖を少なくすると固くなるのか。もち粉は料理には使えないのか?」
「使えますよ。オレは揚げ物の衣に使ったことがあります。あとはおやきとか」
「オヤキとは何だ?」
そんな話をしていると。
「シェフ、すみません、ちょっと良いですか」
下働きらしい女の子が、戸口からシェフを呼んだ。振り返るシェフに釣られてオレも戸口に目を向ける。そして我が目を疑った。
そこに居たのは、女装したジェイド。いや違う、目の色が青い、だけど顔の造りはジェイドと瓜ふたつの女の子。
「ああヒルデ、如何した」
「農園から新しいコメが届いたんですけど、色が……」
女の子が見せた手のひらには、ピンポン玉大の米らしき物体が乗っているんだけど、黄色と黒の虎柄だ。食材が虎柄だと大丈夫なのか心配になるよね。色柄が衝撃的なので大きさについては誰も気にしていないけど、ピンポン玉大の米も普通じゃない。まあ、ラグビーボール大の米があったから許容範囲内……って、今問題なのは、虎柄米じゃない!
オレはアステールさんとアイコンタクトのもと、虎柄米に興味を引かれた振りをして、女の子の斜め後ろに回った。アステールさんも同様の位置取りで、女の子の背後を取る。そして、せーの! でジェイドにそっくりな女の子の両腕を、両側からガッチリ掴んだ。捕獲完了!
「えっ? 何を」
「ちょーっとこの子に手伝って欲しい事があるんでお預かりしても良いですかねシェフ?」
オレが愛想笑いでシェフにお願いする傍ら、アステールさんが女の子に何か耳打ちしている。慌てて逃げ出そうとしていた女の子が大人しくなったので、「正体をバラされたくなかったら大人しくしろ」的なことを囁いたのだろう。悪役ムーブも似合うアステールさん。美形な悪役って格好良いよね。
こうして、偶然見つけたサフィリアの公子らしき子どもを、捕まった宇宙人よろしく我が家に連れて帰ると。
「えっ、ボク?」
「えっ、ワタシ?」
お互いを目にして固まるジェイドと女の子。それを見てケラケラ笑うヘリオスさん。ジェイドと同じ顔の女の子に、びっくりして泣き出すセイナ。カオス。
「お兄ちゃん、ジェイドが、ジェイドが死んじゃうー!」
「セイちゃん、ジェイドは死なないから!」
「だって、おんなじ顔の人がいたら、死んじゃうってぇぇ」
「ドッペルゲンガーじゃないから! 大丈夫、ほらよく見て、目の色が違うよね?」
鼻水を垂らしながら、セイナが両手で女の子の顔を挟んで至近距離で見つめると、女の子が恥ずかしそうに赤面する。それを見て再起動したジェイドが、素早く2人を引き離し、女の子を威嚇。
「セイちゃんは、ボクのツガイです! 近寄らないでください!」
「ジェイド、相手は女の子なんだから……いや、サフィリアの公子だよね。女装?」
女の子にしか見えないジェイドのそっくりさんは、オレ達をぐるりと見回した。そして、諦めたように嘆息し、名乗った。
「確かにワタシはサフィリアの公子、ヒルデリッヒだ。だが女装ではない。ワタシは生まれた時から正真正銘、女だ!」