ニヨニヨと見守る保護者達
ジェイドが亡国の王子様だったとしても、特に何かが変わるわけではない。セイナでさえ、ジェイドが王子かもしれないと伝えても、それで? って感じだった。セイナの意外に落ち着いた態度に、オレが驚かないのか聞いてみると、
「だって、ジェイドは前からセイの王子様だもん」
親子丼をモグモグしながら、セイナからこんな返事が返ってきた。セイナのストレートな好意に照れるジェイドと、ニヨニヨと見守る保護者達。いつもの食卓風景である。
「なるほど、確かにジェイドはずっと、セイちゃんの王子様だな」
「ええ。ジェイドはいつも紳士的ですからね。誰かさんと違って」
からかい半分のヘリオスさんに、チクリとトゲを刺すアステールさん。ヘリオスさん、たまにやらかすからね。お互い気をつけようね。
ジェイドがリューナ国の王子様だってのは、きっとそうだろうって程度の推測であって、確定ではない。形見の指輪が本物だとしても、「殿下」と呼ばれるジェイドとそっくりな子が居たとしても。アコちゃんの時に聞いたけど、この世界には血縁関係を証明する手立てが無いのだ。だから確実なのは、「ジェイドはセイナの白馬の王子様」ってことだけだよね。
だいたい既に滅亡した国の王子だったとしたって、なんの権利も義務もない。だからこの話は終わりって、思っていたんだけど。
「ジェイドがリューナ国の王子だとしたら、確かめなきゃいけない事がある」
昼食の後、セイナのお昼寝の時間になって、ヘリオスさんが話を蒸し返した。
「リューナ王族にしか入れない宝物殿でもあるんですか?」
「そんな話は聞いたこともないし、存在したとしても放っときゃ良いんだが」
「ツキ猫獣人の血が濃いと、三日月の光で変身してしまうのです」
狼男と同類なの? 国の紋章も三日月だったし、ツキ猫って月猫か。ニャンコに変身でもするのかな、ジェイド。
「見たいです、次の三日月っていつですか?」
「今夜ですね」
「おお、ナイスタイミング。だったら今日の夕方に確認しましょう」
「夕方? 三日月が出没するのは夜中ですよ」
うん? オレの常識と違うのは、世界が違うから稀にあることだけど。月が出没するって言い方も、ちょっと違和感があるな。
「ええと、アステールさん。三日月は、月が欠けて見える状態のことですよね」
「月が、欠ける? 月は丸いものでしょう」
あれっ、こっちの月は欠けないのか? そういえば三日月どころか半月も見た覚えがないな。太陽が東から上って西に沈んでるから、天体法則は地球と同じだと思ってたけど、実は天動説が正解な世界だとか、全く違う法則が働いてるとかも有り得る?
「ユウ君、貴方の故郷では月が欠けるのですか、その辺りを詳しく」
「すみませんけど今はこっちの三日月について教えてください」
アステールさんが渋々教えてくれたことには、この世界で三日月と呼ばれる物は、正体不明の浮遊物体らしい。きっちり100日周期で出現するのだが、その現れ方も、地平線から上るのではなく、中天に突如として姿を現すのだそうだ。
「三日月と言いつつ百日月ですね」
「実際昔は百日月と呼ばれていたようですよ。ですが、ある聖女様が、あの形は三日月だと仰って、それから三日月と呼ばれるようになったとか」
へー。アステールさんて博識だよね。
「そんな事は如何でもいいだろ。問題なのは、月猫獣人は三日月の光を浴びると獣に変身し、本能のままに暴れるってことだ。今までは子どもで夜中に外に出ることがなく、変身する機会も無かったんだろうが。一度変身させてみて、どんな状態になるのか確認しとかないと。今ならジェイドが暴れても俺達で抑えられるだろうからな」
そこで全員昼寝して、夜中にジェイドを三日月の光にさらすことになった。お城の見回り兵士さんに見られないよう、ジェイドにはテントに入ってもらう。その上で、栞ちゃんを屋敷に閉じ込めたのと同様、ジェイドがテントから出られないようにした。ジェイドの素早さが日々レベルアップしてるから、逃げられるのを防ぐためだ。もちろんジェイドも納得している。
そうして準備を整えて、夜中になるまで全員で待機。セイナもジェイドの変身が見たいと頑張って起きている。月光が入るように入口の布を捲り上げたテントの前で、お菓子をつまみながら駄弁っていたところ。
「うわっ、眩しっ!」
何の前触れもなく、頭上に巨大な三日月が出現した。形は確かに三日月だけど、大きさはその10倍以上あり、ふよふよとホバリングしている。なにより眩しい。昼間と見紛う明るさで下界を照らすその光が、テントの中のジェイドにも届く。
「ニャーン、ニャアアーン」
オレ達が見守るなか、ジェイドは鳴きながら大きな猫に変身した。体長は人型ジェイドより少し縮み、着ていた服が床に落ちる。見た目は完全にブラウンのアメリカンショートヘアだ。
「かわいい! でっかいニャンコ!」
セイナの歓声に、ジェイドが即座に反応した。ダッシュでセイナに駆け寄ろうとして、テントの入口で見えない境界にビタンと阻まれた。ガラス窓に激突した仔猫のように、ジェイドが床に転がりのたうち回る。
「ジェイド、大丈夫か?」
「ニャーン、ナアアーン」
ジェイドはテントの入口を爪でカリカリしては鳴き、開けて! と訴える。視線の先はセイナに固定。猫好きなセイナがニャンコの、いやジェイドの願いを叶えようと、オレをウルウルと見上げてくる。
「お兄ちゃん、開けてあげて!」
「うーん、だけど……」
困ったオレはアステールさんをチラリ。首を横に振って止められたので、ヘリオスさんをチラリ。
「危険は無さそうだが、外に出すと脱走するかもしれないぞ?」
「そっか。わかった!」
セイナが諦めたようなので、油断してしまった。
「じゃあ、セイが入ってあげる!」
「あっ、セイちゃん!」
ジェイドほどの反射神経がないオレには、セイナを止められなかった。スルリとテントに入ってしまったセイナにジェイドが飛び掛かって押し倒す。
「セイちゃん、大丈夫か?」
すぐにヘリオスさんが後を追い、ジェイドをセイナから引き剥がそうとしたが。
「シャーッ!!」
威嚇されてしまった。怯んだヘリオスさんの足元で、ジェイドはセイナを押し倒したまま、ペロペロペロペロひたすらセイナを舐め回す。
「…………ヘリオスさん」
「いやコレ引き剥がしたら俺、傷だらけになるだろ」
「本能のままに行動すると、ジェイドはこうなるのですね」
「ハハハ、ジェイドはセイちゃんにキスしたくて仕方なかったんだな!」
やめてー! あれはニャンコ、ただのでっかいニャンコ! だから唇ペロペロ舐められてもセイナが受け入れてるの!
「まあ、この様子なら放っておいても大丈夫でしょう」
「そうだな、何も問題ない」
ヘリオスさんとアステールさんは、月見酒とばかりに酒盛りを始めてしまった。オレは孤軍奮闘したけれど、引っ掻き傷が増えただけで、朝までジェイドとセイナを引き離すことは出来なかった。