ウチの子だが?
本格的な冬が来る前に防寒着を揃えようと、皆で城下町にやって来た。東レヌス商会で紹介された系列店で、皆のセーターや厚手の靴下をまとめて購入。ついでに冬の手仕事の材料を仕入れようと、組紐用の絹糸を手に取った。東レヌス商会の系列店だけあって、品揃え豊富だけど。
「やっぱり青は無いか」
水色や青紫色の糸はあったが、真っ青のものは店頭に無かった。高価だから別にしてあるのかと店員さんに聞いてみたが、そもそも在庫がないそうだ。残念。
青い絹糸は諦めて、他の商品を物色する。レース編み用の細い糸と、マクラメ編み用のロープを購入。市場に寄って買い食いをしようと話しながら店を出たところで、ジェイドが男に肩を掴まれた。
「殿下、ご無事でしたか! 何日も行方が──」
「えっ?」
振り仰いだジェイドの顔を見て、男はピタリと動きを止めた。その隙にヘリオスさんがジェイドを抱き上げて、男を睨むように見下ろした。
「ウチの子に何か用か?」
「え、あっ、貴方の子どもか?」
「ウチの子だが?」
堂々と返したヘリオスさんに、男は気圧され勢いをなくす。
「あ……その、申し訳無い、あまりにそっくりで。だが……そうだな、目の色が違う。人違いだった」
男はもう一度、ジェイドの顔をじっと見て、やはり違うと肩を落として去って行った。
「何だったんだろ?」
「さあな。だが、ジェイドのことを殿下って呼んでたよな。きな臭い。早めに戻ろう」
食いしん坊のヘリオスさんが屋台での買い食いを中止してまで戻ろうと言うので、急いで帰宅する。ヘリオスさんとアステールさんがボソボソと話し合っているのを気にしながら親子丼を作っていると、大人2人が台所にやって来た。
ヘリオスさんが、窓際でセイナとお絵描きしているジェイドを見ながら、声を潜める。
「ユウ、ジェイドとは聖王都で出会ったんだったよな」
「ええ、そうですけど」
「ジェイドの家族について、何か聞いてるか?」
オレは鶏肉を削ぎ切りしながら、思い出す。
「確か、母親はジェイドの出産の時に亡くなって、父親は半年ほど前に亡くなったらしい、と」
「親の名前とかは聞いてないか?」
「聞いてません。2人とも、ジェイドが殿下とやらと関係があるとでも思ってるんでしょ。他人の空似じゃないですか?」
「だと良いんだがな」
難しい顔で口を噤んだヘリオスさんに代わり、アステールさんが口を開く。
「ユウ君、ジェイドは水魔法が得意でしょう。私はそれを不思議に思ってきました。猫が水を苦手なことが多いためか、猫獣人の水魔法使いは滅多に居ないのです。ですが、珍しいだけで全く居ないわけではありませんから、気にしていなかったのですが」
アステールさんは一旦言葉を切って、目を伏せる。オレは鶏肉を切り終わり、包丁を置いて2人を見比べた。2人共、珍しく口が重い。オレは黙って続きを待った。
やがてアステールさんの形の良い唇が、オレの知らない単語を紡ぐ。
「ジェイドはツキ猫の獣人ではないかと思います」
「ツキ猫?」
「俺の焔猫のような、特殊な種族だ」
「ツキ猫獣人は水が苦手ではないですし、水魔法使いも一定数います。ジェイドに当て嵌まりますよね?」
確かにジェイドはお風呂が好きだから、水が苦手とはいえないし、水魔法も上手だけど。
「ジェイドがその、ツキ猫の獣人だとして、それが何か?」
「ツキ猫獣人はほとんどが、リューナ国で暮らしていたんだが。リューナ国は8年前に滅びたんだ」
「リューナ国はほぼ単一民族国家でしたので、王族もツキ猫獣人だったのですが、その最後の国王のひとり息子がジェイドという名前なのです」
「え、じゃあもしかして、ジェイドは王子様?」
「その可能性があります。といっても、亡国の、ですが」
「ボクが王子だったら、何か変わってしまいますか?」
窓際から硬い声が飛んでくる。ジェイドがセイナを抱き締めて、悲しげに眉を寄せていた。ジェイドもヘリオスさん程じゃないけど、耳が良いから、全部聞こえちゃってたよね。
オレはジェイドに歩み寄って、その細い両肩に手を置いた。ジェイドを安心させるように、意識して柔らかく笑う。
「何も変わらないよ。ジェイドはウチの子。セイちゃんのお婿さんだから」
ホッと力の抜けたジェイドに、ヘリオスさんとアステールさんも頷いてみせる。
「ただ、ジェイドがリューナ国の王子だとすると、探されてた殿下とやらがジェイドの従兄弟かもしれないのです」
リューナ国最後の国王の姉が、サフィリアの王族に嫁いで息子を産んでいるという。アステールさんの推測では、探されてたのはその子ではないかと。王姉は既に亡くなって、祖国も滅亡しているので、サウスモアに亡命途中なのではないかという。
「サウスモアに亡命って、ごく最近も聞いたような」
「川賊に襲われた教会関係者ですね。同行者でしょう。きっと、今日ジェイドに声を掛けてきた男です」
「え、待って、その人が探してたのが、ジェイドの従兄弟かもしれない子だとして。何日も行方がって言ってませんでした?」
「言ってたな」
「その子、もしかして川賊に攫われた?」
「私もそう思います。レヌス川を封鎖してまで川賊を探しているのは、その子を救出するためなのではないかと」
待って待って、誘拐なんて大事件だよ。しかも、被害者がジェイドの従兄弟かもしれない子?
「ええと……まずはジェイドが、本当に王子様なのかの確認だな。ジェイド、お父さんの形見の指輪、見せてくれる?」
「そんな物があるのですか、お見せなさい」
ジェイドの指輪を検分したアステールさんは、残念そうに首をふった。
「この三日月の紋章、リューナ国の国章ですね。やはりジェイドは王子様のようです」