中庭の我が家
家族会議の結果、しばらくこの国に滞在する事が決定した。西の情勢が不安定なのもあるが、もうじき本格的な冬が来るのも理由の1つだ。この辺りは比較的温暖だそうだが、真冬に雪が積もる程度には寒さが増すらしい。北から強い魔物や野生動物が南下してくるのもあり、冬場の冒険者は町で過ごすか、季節の関係ないダンジョンに潜るのが一般的だと教えられた。
安全第一のオレ達は、満場一致でダンジョンよりも町を選んだ。幸い町にいても収入のあてがあるから、危険なダンジョン探索をする気なんて起きない。冒険者としては如何なのかとも思うけど、オレは「なんちゃって冒険者」だからね。冒険者のプライドとか持ち合わせてない。オレの作戦指令書には「いのち大事に」しか載ってないし。ヘリオスさんとアステールさんがガンガンいこうってタイプじゃなくて良かったよ。
ということで、再びお城の中庭に、ハウスボートを置かせてもらっている。王妃様に客室を用意すると言われたけど、謹んで辞退した。
だって、ぶっちゃけ自分家のほうが安全で快適だ。我が家の中なら、アステールさんも仮面を外せるしね。客室だと常に使用人さんの目を気にしなきゃいけないから、落ち着けないのもある。その点我が家は、立て篭もってた時に窓ガラスもミラーガラス風にしたから、中から外は見えるけど、外から家の中は覗けない。アステールさんが感激してた。
中庭の我が家は千客万来。毎日入れ替わり立ち替わり、騎士や兵士や魔導師が結界チャレンジにやって来る。以前のように家に踏み込むためじゃなく、純粋に結界に打ち勝つのが目的の、力試しのようなノリだ。
誰が最初に結界を破るかの賭けも行われているらしく、ヘリオスさんが「誰にも破れない」に賭けたと言っていた。アステールさんに怒られてたけど、後でそのアステールさんから「どんどん家を強化していきましょう」って言われたからね、どっちもどっちだ。
「それはイカサマではないのか?」
賭けの話をすると、遊びに来ていたハルトムート王子が眉をひそめた。いや、オレは賭けには関わってないし、家の強度は上げてないから。言い掛かりは止めて。そう言うと、王子は煎餅をポリポリ噛りながら謝った。
「すまぬ。まあ、今でさえ信じられん強度だ、これ以上強化して何と戦うのだって話だな」
「戦うつもりはないけど、最終的にはロックドラゴンを防げる家にしたい」
「ユウが非常識だという、仲間の主張は正しいな」
何でさ。万が一岩長さんが敵に回ったら、ロックドラゴンアタックされるかもしれないだろ。
オレはテーブルの中央に置いていた煎餅の皿を、ツツツと境界の内側に引き込んだ。アッと手を伸ばした王子の指先が、ポヨンと結界に弾かれる。王子はまだ、ハウスボートには入れていないのだ。
「クッ、わたしの煎餅が」
「ハルの煎餅じゃない、皆のだから。てか、どうして毎日毎日おやつの時間に来るかな? 困るんだけど」
「現状米を使った菓子を作れるのがユウしかいないのだ、致し方あるまい」
「いやいやいや、お城の料理人さん達に教えてあげれば良いよね?」
「ではユウ、頼む」
「断る!」
ここ数日のルーティンになっている遣り取りを終えて、揃って紅茶を飲むオレと王子。今日の紅茶も美味しいな。お城のメイドさんが淹れてくれた紅茶は、まるで風味が違う。王子は紅茶以外にも、チョコレートとか果物とか持って来るから、邪険に出来ないんだよね。これでも城に居を構えた当初よりは落ち着いたし。
オレ達が中庭に家を設置した初日なんて、ご飯時に毎回王子が来たからね。なんなら国王様と王妃様まで来たし。さすがに鬱陶しいので引っ越そうとしたら、隠れて警護していた騎士達が姿を現し、出て行かないでと泣いて止められた。オレ達が城を出たら、王子がしょっちゅう城を抜け出すようになるからって。そうなると過労死するってさ。
組織の再編成中の王城騎士団、人手不足が深刻らしい。揃って土下座したまともな騎士さん達のために、オレ達は城に留まることにしたのだった。
美味しい紅茶で喉を潤して、オレは王子に苦言を呈す。
「だいたいハル、米作りの責任者なんだから、農園に行かなくて良いの?」
「わたしは既に名ばかりの責任者なのだ。植物学者達が張り切り過ぎて、わたしの手には負えぬ」
領主様を初めとした植物学者さん達、数日で普通の米は育てられるようになったもんね。もちろん魔法とか成長促進剤とか使ってだけど、さすが専門家の面目躍如。手こずっていた精米も、水車や魔道具を使う真っ当なやり方からスライムに糠層を溶かさせるような際どいやり方まで、色々と試行錯誤しているらしい。王子が食べるくらいのお米は毎日城に届けられ、既に食卓に上っているのだ。
その上で、研究熱心な学者さん達は品種改良にも意欲的で、実験的に色も大きさも様々なお米が作られている。でもさ、昨日はラグビーボール大の米を渡されたんだけど、どうしろと?
「名ばかりでも責任者なんだから、学者さん達の暴走を止めてよね」
ラグビーボール大のお米、一応炊こうとしてみたけど、外側はグズグズに溶けても中まで火が通ってなくて、どうにもならなかった。炊くのに失敗したラグビーボール米は、申し訳無いけどスーちゃんに食べてもらったよ。あの米は米粉にして使うしかないと思う。上手く炊けるやり方があるのかもしれないけど、素人には思いつかない。
それなのに、一流料理人であるお城のシェフさんが、オレに助言を求めてくるのだ。オレだってラグビーボールの調理法なんて知らないよ。普通の米の炊き方は教えたんだから、あとは自分で考えて工夫してほしい。
オレの文句に王子は肩をすくめる。
「わたしには無理だ。農業チートは諦めるから、ユウからひと言言ってくれぬか」
「知らんし」
それでもオレは、普通のお米の普及のために、領主様を通して学者さん達にお願いしてみた。米の外見は変えず、味を良くするとか暑さ寒さに強いとか病気に強いとか、そういう方向性で品種改良して欲しいって。それでも奇抜な米が続々と届けられたから、王妃様に相談して、米作りのための予算を削ってもらった。そこまでして、やっと植物学者達の暴走が止まり、ごく普通の米が栽培されるようになったのだった。やれやれだよ……。




