執事のヒツジと申します
ケーキにバナナ、桃、おむすび、ハンバーガー。お子様達が寝静まってから、オレは真夜中まで折り紙製作に励んだ。食べ物ばかりなのは食いしん坊だからじゃない。せっかく変化させるなら、役に立つ物にしたかっただけだ。
だけど結局、折り紙は折り紙のままだった。念のために花とか動物も作ってみたのだが、結果は全滅。意気消沈したのをセイナとジェイドの寝顔で癒やし、今夜は1人でベッドに横たわった。セイナがジェイドを抱き枕にして離れなかったんだよ。結婚もしてないのに同衾とか許すまじなんて思いもあったけど、ジェイドが床で寝ようとしてたからね……。
仰向けに寝転んで、ステータス画面を表示する。昨日見た時と内容に変化は無い。シンプルな画面には、必要最低限の説明すら無い。画面に触れてみても別ウインドウが出てこない。
「不親切だなー。ナビ子さんとかいないのか? 隠れてないで出ておいでー」
返事はない。ステータス画面を眺めつつ、適当な呪文擬きを唱えているうちに、オレはストンと眠りに落ちた。
気がつくと、オレは見知らぬ和室にいた。四方を障子に囲まれた四畳半ほどの部屋の真ん中に、デンと置かれたコタツ。その一辺に、羊が座っていた。モコモコの羊毛に包まれた、紛うことなき羊顔。ただし洋服に蝶ネクタイを着ているし、骨格もだいぶ可怪しい。
「ようこそいらっしゃいました。今夜は寒い、どうぞコタツにお入りください。お茶で良いですかな?」
「あ、お構いなく」
羊に促され、コタツの対面に入る。ぬくい。天板には茶盆と、煎餅が入った菓子器が置かれていた。羊が手にした湯飲み茶碗をひと口啜り、コトリと置く。
「ワタクシめは執事のヒツジと申します。こちらの管理を任されております。お客様対応等は業務外なのですが、ナビ子さん? とやらは居りませんので、ひとまず此方にお招きしました」
「ええと、つまりここはステータス画面の中?」
「そのようなものです。さて、時間は有限です。お尋ねになりたいことがあれば、手短にどうぞ。ワタクシめがお答え出来る事でしたら、簡単にご説明いたします」
「さっさと終わらせようとしてますね」
「業務時間外ですので」
それは申し訳ない。本当はスキルについて根掘り葉掘り聞きたいが、止めておこう。ええと、とりあえず一番聞きたいことは。
「折り紙で作った指輪やソフトクリームが本物になったのは、オレの能力が原因?」
「左様でございます。貴方様のスキル『ごっこ遊び』の効果です」
工作じゃなくてそっちか。思い出してみれば、指輪に変化した時はセイナをお姫様扱いしていたから『お姫様ごっこ』を、ソフトクリームの時は『おままごと』をしていたと言えなくもない。ごっこ遊びは模倣遊び、見立てた物を本物にする物質変化系能力ということか。
「これって何でも変化させられるの?」
「いいえ、生き物は変化できませんし、生き物に変化もできません」
「植物は生き物に含まれる?」
「状態によりますな。花壇で咲いている花は変化できませんが、切り花でしたら可能です」
ふむ、つまり生きていなければOKってことかな。その理屈なら、肉や魚も食材としてなら可能か?
「他に制約や制限はある? 1日に何回までしかスキルを使えないとか」
「貴方様の魔力量やスキルレベルによって、また材料とする物がどの程度本物と似ているかによっても、使用可能回数は変わります。それからMPの制限もございます」
「オレのMPいくつ?」
「10ですな」
少なっ。いやでも最初のうちはそんなものか。レベルが上がっていけば増えるだろうし。増えるよな?
ヒツジさんがズズッと茶を啜る。
「ご質問は以上でしょうか」
「待って待って、もうちょっとだけ」
早々に話を切り上げようとするヒツジさんの前に菓子器を滑らせ、ヒツジさんの湯飲み茶碗にお茶を注ぎ足そうと急須に手を延ばす。まあまあごゆっくり。だがヒツジさんには蹄を挙げて断られた。
オレは急いで質問を続ける。
「MPって寝れば回復するよね?」
「いいえ、貴方様のMPは10パターンで固定ですが」
ん? 10パターン? 言い間違いかな。
「MPが10で固定ってどういう事? 使っても減らないの?」
「いいえ、パターンをひとつ設定する毎に、残りのパターン数は減りますが」
んん? ちょっと理解が追いつかないぞ。
「えーっと、MPの話だよね。マジックポイントかマジカルパワーか判んないけど」
「いえいえ、マネッコパターンの説明ですが」
マネッコ、パターン?
「貴方様のマネッコパターンは10、現在『指輪』と『ソフトクリーム』の2パターンが設定されておりますので、残り8パターンの設定が可能です。因みに一度設定すると変更出来ませんのでご注意ください」
「あ、ああー、そういうことか」
そもそもの単語の翻訳から違ってたのか。ヒツジさんの言うMPはマネッコパターンとかいう、オレが物質変化させられる物のグループ単位らしい。MPとは魔力量であると思っていたオレとじゃ、話が噛み合わないはずだ。
だけど、これはかなり使えるスキルだぞ。今のところ材料には折り紙しか使ってないが、ごっこ遊びでは泥団子をハンバーグに見立てたり、小石を宝石代わりにしたりする。泥や石ころを材料に使えるのなら、食料も金銭も楽に手に入れられる。問題は1日の使用回数か。それにMPの設定も、よく考えないと……。
『ごっこ遊び』スキルについて思案するオレの向かいでは、ヒツジさんが何処からともなく一升瓶を取り出した。キュポンと栓を抜き、湯飲み茶碗に注がれる液体は無色透明。匂いはしないけど、あれってお酒? 茶飲み話だと思ったら、寝酒の最中だったのか?
「ご理解頂けたようで何よりです。それではワタクシめは、この辺りで失礼致しまして」
ヒツジさんは湯飲み茶碗になみなみと注がれた酒らしきものを、一気にあおった。止める間もなかった。アッと思った時には既に遅く、ヒツジさんはコタツの天板に顔を伏せ、クウクウと寝息をたてていた。
なんてことだ、『子ども好き』スキルについて何も聞けなかった。謎スキルが謎のまま、オレは四畳半の和室から、不思議な力で締め出された。