王家の農園
王家所有の温室とはいえ、城の敷地内にあって、珍しい観葉植物が植えてある程度の物だとオレは思っていた。だけど連れて来られたのは、農園と言っていい規模の広大な場所にある建物群。お城から馬で半刻近くの距離にあるそれは、王族専用の野菜・果物栽培地らしい。
「こちらです、当面はこの2棟を米作りに使うとのことです」
ガラス張りの立派な温室の前でバーンと両手を広げたのは、領主様ことレイク子爵だ。何度も来たことがあるらしく、勝手知ったる王家の農園を案内してくれた。
領主様が誇らしげなのも道理だ。温室と聞いてオレが想像してたのは、せいぜいビニールハウス程度の大きさだったんだけど、まるで規模が違う。クリスタル・パレスだよこれ。それが3棟あるうちの、2棟を米作りに使うのだ、ハルトムート王子の本気の程が窺える。
そして建物だけでなく、温室の中も見て更にびっくり。水田が出来てるよ! 準備期間1日で、田起こしも代掻きも済ませられるものなのか? 土魔法? 異世界凄いな!
「ハルトムート王子は後から来るんでしたよね。先に始めますか?」
「種蒔きまでなら進めても良いと、伺っています。確か、ある程度までは箱で育てるのでしたよね」
オレのじいちゃん家では、育苗箱で苗を育ててたけど、田んぼに種籾を直播きするやり方もあったはず。田植えが重労働だからね。機械化されてても、重たい育苗箱を運んだりは人力だから。その辺り、魔法で効率化出来ないかと領主様と相談しながら作業を進める。
オレの隣では、ジェイドがアステールさん指導のもと、種籾に浸水してくれている。それを、水魔法が使える農夫さんが見学し、文官っぽい人が記録を取っている。ジェイドが緊張してるのか、尻尾がウエストに巻き付いている。セイナが『ガンバレー』を使いそうだと、ヘリオスさんが桃園に連れ出してくれた。この季節に桃、生ってるの? お土産待ってます!
そのうちに王子が、学者っぽい人達を引き連れてやって来た。領主様のお知り合いの植物学者達らしく、一気に騒がしくなる。皆さん初めて見る植物に興味津々で、侃侃諤諤と意見を戦わせていたり、ひたすらスケッチしていたり、魔道具で計測したりと楽しそう。オレも初めは質問攻めにあったけど、ロクに答えられないので直ぐさま空気に成り果てた。
「オレも桃園に行こうかな」
「あっ師匠、ボクも一緒に行きます!」
囲みから抜け出してきたジェイドと、学者集団から距離を取る。アステールさんは学者さんとも話が合うようで、話が弾んでいるので放置だ。オレは頭が良い人達の会話には、ついていけないです。種籾は渡せたし、あとはお任せしますね!
オレと同じく学者さん達の高尚な議論に目を回していた農夫さんに、桃園の場所を尋ねると、案内してくれるという。逃げたいんですね、わかります。是非ともアテンド係として同行してください。
こうして米作りを王子に丸投げし、やって来たのは農園の一画の果物エリアだ。リンゴや西洋ナシ、オレンジといった知っている果物もあるが、透明な果肉が剥き出しの果物とか、レイちゃんの果物バージョンみたいな7色の果実とかもある。何処からか聞こえてくる陽気な音楽は、奥にある音を奏でる果物達の合奏らしい。たまにパアン! と弾けるような音がしているのは、実際に熟した果実が弾けてるのだとか。見てみたかったけど、弾ける時に栗のイガみたいなトゲトゲしたのが飛び交うらしく、危険だからと止められた。
そんな果物エリアの1番奥に、桃園はあった。桃の旬は夏頃だから、今収穫できる桃は温室栽培だと思ったのに、なんと露地栽培だという。目当ての桃の木の下には、ヘリオスさんに肩車されたセイナがいて、白っぽい桃を両手で収穫中だ。
「あっ! お兄ちゃん、見て! セイが採ったの!」
セイナが両手で掲げた桃は、かなりの大きさだ。オレが知る桃の倍以上ある。食べ応えがありそうだ。
「ユウ、良いところに来た。この木の桃は好きに採って良いらしいから、全部持って帰ろう」
「え、ここ王族のための農園でしょ? 桃狩りして良いんですか?」
「王妃様からの迷惑料だってよ。遠慮なく受け取ろうぜ、で、スイーツにしてくれ」
「オレ、桃はそのまま食べるのが1番好きなんですよね」
でも高価な桃を取り放題なんて、さすがは王妃様! 滅多にない機会なので、喜んで根こそぎ収穫させて頂きます!
桃が好きなセイナが歓声を上げながら枝から採った桃を、オレのアイテムボックスに入れてゆく。桃は傷みやすいのを知っているので、セイナがいつになく真剣だ。そーっと優しく慎重に、しかも大きさに比例して重たいので、腕がプルプル震えている。桃が枝から離れたら、セイナが落っことす前にすかさずアイテムボックスへ。兄妹間の見事な連携プレイである。
ある程度収穫してセイナが満足したら、収穫役をジェイドと交代だ。セイナは家まで待ちきれないと、桃の皮を手でピロピロと剥いてかぶり付いている。顔をベタベタにし、腕を伝って服にまで桃汁が垂れているセイナ。いつ『きれいきれーい』が発動するかとヒヤヒヤしながら、ジェイドから桃を受け取り収め続けるオレ。
「ジェイド、爪、気をつけろよ」
「はい、セイちゃんの大事な桃が傷付かないよう、細心の注意を払っています!」
「いや俺も食べるからな。桃は俺も好きだから、セイちゃんの独り占めはいかんぞ」
「桃って、そんなに美味しいんですか? ボク、まだ食べた事ないです」
「えっ、ユウ達と出会ってからも、一度も無いのか?」
オレ達が召喚されたのは秋なので、既に桃の時期は過ぎていたからか市場では見なかったんだよね。だから、こっちで桃は初めてだ。そう言うと、ヘリオスさんがボソリ。
「そうか、まだそんなもんか。もう長いこと一緒に居るような気がしてたが」
「まだ季節ひとつぶんですよ。これからも、末永く宜しくお願いしますね、ヘリオスさん」
「結婚の挨拶かよ」
「これからも、末永く宜しくお願いします……師匠」
ジェイドにお義兄さまと呼ばれるのは何だかくすぐったくて、オレはニヤけた顔を隠すように、ガブリと桃に噛りついた。