お餅、食べたくない?
即日の約束が翌日になったが、オレ達は無事に城から出してもらえた。城下町では「冒険者がハルトムート王子を毒殺し、さらに幼い少女を人質に取って立て篭っている」という噂がまことしやかに流れていたらしい。噂には尾ひれがつくものだけど、これだけ聞くとオレ達は凶悪犯だな。
しかし、城門まで王子が見送りに出てくれたので、噂は噂でしかなく冤罪だったとの話が広がるだろう。広がってほしい。ジェイドが冒険者見習い制度を利用するためにも、オレ達が前科者になるのは避けなければ。
無罪放免となったオレ達だが、実は用事を済ませたら城へとんぼ返りの予定である。王子に種籾を渡さなきゃいけないからね。前回同様、大麦を素材にして種籾を錬成するつもりなので、毎度おなじみ東レヌス商会を訪ねる。驚いたことに、リヒトさん家でお会いした商会長さんが出迎えてくれた。
「碌でもない噂を耳にしましたので、様子を見に来たのですよ。いやいや、ご無事で何よりです」
商会長さん、明日にも城へ偵察を出すところだったとか。東レヌス商会には情報収集担当の商人さんがいるらしい。話のついでに紹介されたんだけど、ヘリオスさんが「気配を感じなかった」って言ってた。まさか諜報部隊じゃないよな?
「ご心配をお掛けしたみたいで。わざわざありがとうございます」
東レヌス商会での取引はオレが担当なので、諜報員疑惑のある商人さんにビビりつつも、オレが対応しなければならない。感謝を述べつつ、オレはアイテムボックスからグリセリンソープを取り出した。お礼の品である。東レヌス商会には、おにぎり定期便や栞ちゃんのことで、大変お世話になっているのでね。商会長さんにはなかなか会うことがないから、丁度いい機会だと差し出した。
「これは! ユウ様、こちらのお品は先日リヒト様に渡されたものと、同じ石鹸でしょうか」
「はい。中のドライフラワーが違うだけです」
栞ちゃん事件の時に、リヒトさんにハーバリウム石鹸をお礼に渡したんだよね。余所に配られないよう、数が無いからって言って3つだけ。商会長さんには伝わっていたみたいだ。
「話は聞いていましたが、本当に透明な石鹸なのですね。美しい。ユウ様、こちらを販売されるご予定は?」
「今の所、ありません。売るほど数が揃わないので」
嘘です。スーちゃんが毎日のようにスライムの欠片を生み出してくれるから、大量にストックされてます。宝石石鹸も控えてます。だけど、ヘリオスさんとアステールさんから販売許可が下りないんだよ。なのに、楽しいからついつい作っちゃって、溜まっていく一方なんだよね。
「そうですか、残念です。ですが、今後売りに出される時には、是非とも当商会で」
商会長さん、ハーバリウム石鹸を気に入ってくれたようで、大麦を買いに来たって話すと大量に持たせてくれた。お礼にお礼を貰っちゃったよ。
素材の大麦が手に入ったので、家に帰って早速『種籾』を錬成する。いつものお米の種籾を錬成しようとして、ふと思いついた。
「セイちゃん、お餅、食べたくない?」
「食べたい! セイね、きな粉のお餅がいい!」
「きな粉……大豆って存在するのかな。セイちゃん、きな粉は探さなきゃいけないから、また今度ね。今はお餅のお米の種を作るの、手伝って」
「わかった! あんこでも良いよ!」
あんこも小豆を探さないと……。取り敢えず今は、もち米を錬成させて。
出来たもち米の種籾は、うるち米の種籾と見分けがつかない。ちゃんともち米になっているんだろうか。普通の米でも五平餅とかトッポギは作れるし、まあ良いか、育てば判るよね。
続けてうるち米の種籾を錬成する時も、今回は「コ○ヒカリの種籾」とか「あき○こまちの種籾」とか指定して錬成してみた。前回は単に種籾って思い浮かべただけだったけど、ハルトムート王子が品種改良したいって言ってたからね。色んな品種があった方が良いかと思って。
思いつく限りの品種を錬成し、出来た種籾を品種毎に袋に入れると、10袋以上になった。オレが知っている品種だけでこの数だ、改めてお米の品種、たくさんあるよなと実感する。もち米の品種は知らないので1袋のみだ。
「ふー、もう思い出せないや。セイちゃん、ありがとう」
スタンプ帳に判を捺すと、セイナがトテテと走って行って、お皿を手に戻って来る。
「お兄ちゃん、お餅は?」
「え。あー、お餅は今日じゃなくて……」
「えー? 今食べたいなー」
ダメ? と可愛く小首を傾げて見上げてくるセイナ。了解、お兄ちゃんに任せとけ!
と言っても、餅そのものは用意出来ないから、餅擬きになるんだけど。片栗粉があれば、ご飯と混ぜて餅っぽくできるんだけどなー。
まずは、おにぎりを滑らかに潰してみたんだけど、うん、団子だコレ。知ってた。昨夜ハルトムート王子には食べさせたけど、セイナはその場に居なかったから、ひとまず与えてみる。味付けは砂糖醤油。お醤油っぽい調味料はあるんだから、大豆は探せば見つかりそうだな。
「お兄ちゃん、美味しいけど、これお団子だよね。お餅じゃないよね」
「だよねー」
何だ何だと集まって来た仲間達にも団子を振る舞い、如何すっかなーと考える。餅は蒸したもち米をついた物だ。おこわももち米を蒸して作るから、おこわのおにぎりをつけば餅になるかな。じいちゃん家で餅つきした時の、蒸したもち米を思い浮かべながら、具材も味付けもない、もち米のみのおにぎりを錬成してみる。
「ヘリオスさん、出番です!」
「ん? 何すれば良いんだ?」
お団子に、ほぼ砂糖の砂糖醤油をべっとり付けて食べていたヘリオスさんに、もち米のおにぎりをついてもらう。少量だから、あまり力は要らないけど、オレもお団子食べたいし。オレとアステールさんとでボウルを動かないよう固定して、ヘリオスさんが擂粉木でつく。皆片手に団子を持ったまま、食べながら餅つき。
「ユウ、これ大丈夫なのか? ネバネバしてるが」
「大成功です、そのまま続けてください」
こうして出来上がったお餅をセイナに献上し、オレは兄としての面目を保った。今度はきな粉のお餅ね、と強請ってくるセイナに、オレは言葉を濁したのだった。




