勝負の行方
ジェイドとハルトムート王子との料理勝負は、午後の小腹がすく時間、つまりはおやつの時間に始まったんだけど……。
「これ、王子との勝負って言えるのか?」
意気揚々とやって来た王子に、オレは呆れ果てていた。だって王子、料理人を引き連れて来たんだよ。王子の後ろにはコックコート姿の男性を先頭に大勢の使用人達が続き、クローシュを被せた皿が乗ったワゴンを押している。既に料理が出来上がっているようだけど、王子が自分で作ったとは思えない。
対してジェイドは仮眠を取ってスッキリとした顔で、甲板に設置した簡易キッチンに立っている。ご飯だけはオレが錬成したおにぎりだけど、他の材料は素材のまま、これからジェイドが1人で料理するのだ。
「国王陛下、セイちゃんのお話相手は、そちらのシェフ殿か?」
ヘリオスさんが国王様に皮肉ってる。国王様は困り顔で、隣の王妃様に横目で助けを求めているが、王妃様は知らん顔。そこに王子の小馬鹿にした声が割り込んだ。
「何を言う、セイと話をするのはおれ様に決まっているだろう!」
「そうか、じゃあそっちの料理は全部、王子様が作ったんだな?」
「バカめ、王族が料理などすると思うのか」
「あのな。王子様が自分で料理しないと、勝負にならないだろーが」
「ハハハ、愚か者め。決闘には代理人を立てられるのだ、知らぬのか?」
無駄に口の回る王子に、ヘリオスさんがお手上げ。如何いう教育してんだと、オレ達の視線が国王様に集まった。国王様はわざとらしく、ゴホンと咳払いする。
「あー、とにかく食べてみてくれぬか?」
「そうだ、セイ、最高級の料理を持って来てやったのだ、出て来い!」
うわぁ、王子が国王様より偉そうだ。セイちゃんを連れて来たくないなー、もうジェイドが不戦勝で良いだろと思ったが、約束は約束だ。オレは渋々、アステールさんと家の中で待機していたセイナを連れ出した。
「おお、セイ! 待っていたぞ、こっちだ!」
「待て、お触り禁止だ」
いや王子はポヨンと弾かれるから、セイナに指一本触れられないけどね。セイナは甲板に出したテーブルにつき、シェフが取り分けた料理の皿をヘリオスさんが受け取る。次々と並べられる皿の料理は、どれも綺麗に盛り付けられて、とてもお上品。高級フレンチのコース料理って、こんな感じなんじゃないかな。
念の為にアステールさんが鑑定し、可怪しな物が混入されていないか確認してから、セイナが口にする。フォークを突き刺し、薄黄色の何かを食べたセイナ、表情があまり変わらない。ゴクンと飲み込んで、セイナは次の緑色の何かを口に入れたが、小首を傾げている。
「どうだ、美味であろう!」
ハルトムート王子の言葉にも、セイナの首は傾いたままだ。
「セイちゃん、美味しい?」
「うーん、よく分かんない。これ何?」
「何だろうねー?」
シェフが長ったらしい料理名を教えてくれたけど、「ソテー」しか理解出来なかったよ。
その後もセイナは頑張って料理を食べてたんだけど、とうとう手が止まって、フォークを置いてしまった。そして、後ろで見守っていたジェイドを振り返ったセイナ。椅子の背に顎をのせて言う。
「ジェイド、オムライスまだ?」
「えっ、あ、まだ作ってなくて」
「すぐ作って! 早く食べたい!」
「はあ? おれ様の料理がまだ残っているだろう、それを食べればいいではないか!」
「これはもう、いいかなー。お兄ちゃん食べて」
セイナはもう、高級料理に欠片も興味が無いようだ。椅子を引きずって簡易キッチンの向かいに移動させると、座面に膝立ちで椅子の背に掴まって、ジェイドが料理するのを楽しそうに眺めている。呆気に取られる王子を無視し、オレはセイナが残した料理を食べてみた。うん、見た目通りの上品なお味だ。美味しいけど、セイナの好みとは違うな。
ヘリオスさんも加わって、テーブルに残った料理を平らげていると、王子がシェフに文句をつけだした。それが聞き苦しいのか王妃様がシェフ達を下がらせようとするのをヘリオスさんが引き止め、いや、ワゴンだけ置いてってとお願いしている。ああ、今日はおやつ食べてないからお腹空いてるんだね、ヘリオスさん。アステールさんまで席について、デザート食べ始めたよ。自由だな。
そんな、グダグダになった勝負の行方は、もう決まったようなものだけど。
「お待たせしました!」
ジェイドがオムライスを完成させて、テーブルに運んできた。卵の破れていない、完璧なオムライスだ。小さめなのも、セイナのお腹具合を見越しての気配りだろう。しかも、付け合わせのソーセージを斜めに切って組み合わせ、ハート形にして置いてある!
「ハートかわいい! ジェイド、ありがと! 食べていい?」
「はいっ、どうぞ! ボクの気持ちです!」
真っ先にハートのソーセージを口に入れ、更にオムライスを頬張るセイナはとても幸せそうだ。それを見つめるジェイドもとびきり幸せそう。見ろ王子、このセイナの笑顔を! 王子が持って来た料理を食べてた時とは雲泥の差だろう!
「セイちゃん、ハルトムートの料理と、どちらが美味しいかしら」
勝敗は明らかだけど、王妃様が王子にとどめを刺す。
「ジェイドのオムライスが美味しいです!」
「そんなはずはない! おれ様の持って来た料理は、最高の食材を使って作らせたんだぞ!」
「王子様、ズルしたの?」
「は? 何だと?」
「セイはお料理作ってって言ったのに、他の人に作ってもらったの? ジェイドはいっぱい練習して、オムライス作ってくれたのに。ズルしちゃダメなんだよ!」
「うっ、うるさい! ズルじゃない!」
ハルトムート王子、顔を真っ赤にして涙目だ。この王子、偉そうだけど打たれ弱いよね。ちょっと強く言われると、すぐに泣きそうになる。
王妃様が王子の肩に手を置いて、静かに諭す。
「ハルト、確かに決闘には代理人を立てられます。ですが、それは正当な理由があり、相手方も了承した場合のみ許されるのです。此度の勝負には当て嵌まりません」
「ですが母上」
「それに、セイちゃんは彼を選んだのです。これ以上は見苦しいですよ」
「だけど、あんなみすぼらしい料理が美味しいわけない!」
「美味しいもん!!」
セイナが椅子から立ち上がり、オムライスを1匙掬って歩き出す。甲板の端っこで立ち止まって王子を睨むと、オムライスの乗ったスプーンを突き出した。
「食べて! 美味しいから!」
セイナの気迫に押され、恐る恐る口を開けた王子。その口にスプーンが触れる直前、ジェイドが違うスプーンを王子の口に突っ込んだ。間接キスとアーンを阻止し、宙に浮いたセイナのスプーンを、自分の口に入れるジェイド。積極的だね!
ライバルが居ると行動が大胆になるんだなーと、仲間達がジェイドをニマニマ見守っていると。
「ウッ!」
オムライスを食べたハルトムート王子が、その場に倒れた。