理想のお婿さん
籠城生活の最初の3日間は誰も、一歩も家から出ず、窓すら開けずに過ごした。それでもオレとアステールさんはインドア派だし、セイナもインドア寄り、ジェイドはセイナさえ居れば場所は問わないようで、全く苦にしていなかった。唯一ヘリオスさんが、鍛錬が出来ないとボヤいていたくらいだ。とても平和。
しかし家の外は平和とは程遠く、昼夜なく兵士が複数見張りに立ち、騎士達が飽きずに結界突破チャレンジを繰り返している。ボヨンボヨン煩い。そして、王子とか領主様とか国王様とかがやって来ては騒いでゆく。これも煩いので、家の建物に『防音効果』を付与して聞こえないようにした。ついでに『空気清浄』と『攻撃魔法耐性』も付けておく。核シェルターかよって仕様になってゆく我が家。安心だね。
ところが防音性能が良過ぎてかえって外が気になると、ヘリオスさんが昼間は甲板で過ごすようになった。姿が見えるとなると、外から話し掛けられることが増える。有象無象はともかく国王様に声を掛けられれば無視する訳にもいかず、ヘリオスさんが甲板で雑談するようになった。
ヘリオスさんは国王様相手でも歯に衣着せず、かなり辛辣なことも言っているようだ。特に王子の育て方に関しては、あれこれ厳しく指摘しているそう。そして、ジェイドがどんなに良い子か自慢して、お宅の王子がウチのジェイドに勝てると思ってんのかとマウントを取った結果。
「すまん。ジェイドと王子とで、勝負をする事になった」
「何やってんですかヘリオスさん」
「いやな、ジェイドにコテンパンにされれば、あの王子もセイちゃんを諦めるんじゃないかと」
「ヘリオス、正直に言いなさい。立て篭もるのに飽きたんでしょう」
「あー……すまん」
室温が下がった気がする。空調の不具合かな……。アステールさん、実は氷魔法も使えるんじゃない?
「まさかセイちゃんを賞品にしてないでしょうね」
「それは無い! 俺がそんな条件飲む訳無いだろ! ……ただ、王子が勝ったらセイちゃんと話を……」
「ヘリオス、それだってセイちゃんを賞品にしていると言えるでしょう。2人を関わらせないようにしているのに、馬鹿ですか!」
アステールさんに叱られたヘリオスさん、大きな体を小さく丸め、猫耳も伏せている。デカイ猫が反省しているように見えるけど、猫って反省しない生き物だって説、あるよね。ヘリオスさんは本当に反省してると思いたいけど、如何かな。
オレは、さっきから眉間にシワを寄せて話を聞いていたジェイドを呼んだ。抱っこされたセイナがついて来る。
「ジェイド、セイちゃん、如何する? 嫌なら断って良いからね」
ジェイドはしばらく考えていたが、やがて決然と顔を上げた。
「ボク、王子様と勝負します。だけど、何で勝負するかはセイちゃんに決めて欲しいです」
「うん、良いよ!」
セイナは即答してるけど、本当にそれで良いのか?
ヘリオスさんをシメていたアステールさんが、感心したようにジェイドを褒める。
「考えましたね、ジェイド。セイちゃんが勝負内容を決めるなら、王子も文句は言えないでしょうし、ジェイドに有利な勝負に持ち込めます」
ところがジェイドの考えは違った。
「いえ、セイちゃんには、理想のお婿さんとして絶対に外せないことを、勝負内容にしてもらいたいんです。強い人が良いなら剣術で勝負とか、賢い人が良いなら計算の速さで勝負とか。ボクが苦手なことでも構わないので」
「でも、それだとジェイドが負ける可能性も出てくるよ。ジェイド、セイちゃんが王子と話して仲良くなってもいいの?」
「良くないです。でも、正々堂々と勝負して、勝ちたいです」
「だいじょーぶ、ジェイドは負けないもん!」
「よく言った、セイちゃん!」
「ヘリオスは黙って、いえ、国王陛下に今の条件を飲ませてきなさい」
こうして折衝の末、ジェイドとハルトムート王子が勝負することが決まった。勝負の内容は、「セイのために美味しいご飯作って」だ。審査をするのは当然セイナ。ジェイドが勝ったらオレ達全員を即日安全に城から出す、万が一王子が勝ったら王子とセイナを会話させるとの条件で合意。勝負は明日の午後、行われることになった。
「ジェイド、本当に料理勝負で良かったの?」
「はい。お料理は得意じゃないけど、セイちゃんのために料理が出来るようになりたいです」
「猫勝負ならジェイドが圧勝だったのに」
セイナが勝負内容として真っ先に挙げたの、「猫」だったんだよね。セイナの理想のお婿さんは猫らしい。ジェイドが完全獣化出来ないか、真剣に悩んでた。そして、同じ猫科の獣人であるヘリオスさんへの対応が、少し変わってしまった。さり気なくヘリオスさんからセイナを遠ざけるジェイドに、ヘリオスさんがションボリしてたよ。
だけど、さすがに猫勝負では勝負にならないと国王様に却下され、料理勝負に落ち着いた。セイナは料理上手なお婿さんが良いんだって。しかもその理由が、
「お兄ちゃんのご飯が大好きだから、お婿さんも美味しいご飯作れる人がいい」
だってさ! くぅーっ、お兄ちゃん冥利に尽きる!
明日の勝負に向けて、料理の練習をするジェイド。セイナの好物のオムライスを作りたいというので、手順を教え、練習に付き合う。いつもお手伝いしてくれるけど、ジェイドはほら、不器用さんだから。包丁を使う時の猫の手は完璧だけど、チキンライスを卵で包むのが出来なくて、何度も何度も練習している。
「ジェイド、そろそろ寝よう」
真夜中を過ぎ、欠伸を噛み殺しながらオレが寝室に誘っても、ジェイドは手を休めない。
「もうちょっと練習したいです。師匠は先に寝てください」
そうは言うけど、火を使うし、料理初心者のジェイドを1人にするのは心配だ。そう思って台所に残ろうとすると、窓辺にいたアステールさんが、椅子を持って移動してくる。
「私が見ていますよ。アドバイスは出来ませんが、味見なら任せなさい」
ジェイドに無理しないように釘を刺し、アステールさんに後を託す。寝室では、セイナが1人で眠っていた。久しぶりの兄妹2人きりの就寝だったのに、ジェイドが居ないと何だか物足りず、オレはなかなか寝付けなかった。




