カボチャパンツの王子様
「流石だな、マルコ! ここまで立派なマンドレイキャロット、育てるには大変な苦労があっただろう! 本当に全て献上してもらって良いのか?」
上等な敷物の上に置かれたマンドレイキャロットの顔を左手でベシベシ叩きながら、右手で領主様の肩をバシバシ叩く金髪の男性。この国の国王様である。
「可愛らしいお嬢さん、こちらのフィナンシェもお食べなさい。飲み物のお代わりも如何かしら?」
セイナがお菓子を頬張るのをニコニコと眺め、追加の焼き菓子を自らセイナの皿に取り分ける、緑髪の女性。この国の王妃様である。
やんごとなき方々とのお茶会の席に座らされ、オレは如何してこうなったと、ダラダラ冷や汗をかいていた。
怪しげな集団の訪問を受けて、急いで城へとやって来たオレ達。城門でマンドレイキャロットを引き渡して、護衛依頼は完了する予定だった。なのに領主様が名乗ると、見るからに偉そうな人が飛んで来て、有無を言わせずオレ達まで城内に招き入れられた。案内されたのは、たぶん王族のプライベートスペース。だって壁に家族の肖像画とか飾ってあるんだよ。
それでもまだ、オレ達パーティと領主様達だけの時は、周囲を観察したり、仲間内でひそひそ話したりする余裕があった。パーティ全員仮面を付けっぱなしだけど、外した方が良いんだろうかとか。領主様と一緒とはいえ、こんな怪しい集団にも丁寧に接するお城の人達凄いなとか。オレの腰の瓶に入ってるスーちゃん如何しようとか。話したところで如何しようもないんだけど、無言だとロイヤルな空気に耐えられなくて。
だけど、国王様と王妃様が入室されてからは、一言も話せなくなった。だって、何言っても不敬になりそうでさ。王族に対する礼儀作法なんて知らないし。
なのに、王妃様がわざわざ椅子を移動させて、オレとセイナの間に席を作り、御自らお座りあそばした。何故ここに座る。丸テーブルでも上座とか有るんじゃないの?
緊張で胃がキリキリするオレ。けれど、オレと違って強心臓のセイナは、王妃様にも物怖じしない。
「お嬢さん、お名前を教えてくれるかしら」
「セイです!」
「そう、セイちゃんね。セイちゃんは何が好きなの?」
「チョコレートが好きです!」
「ふふっ、チョコレート、美味しいわよね。わたくしも大好きなの。一緒ね」
「うんっ!」
セイちゃん、せめて「はい」って答えて! ハラハラするオレの気も知らず、セイナは王妃様と、どーれーにーしーよーうーかーなー、なんてやってチョコレートを選んでいる。そっと胃に手を当てるオレ。
「ユウ君、飲んでおきなさい」
王妃様とは反対隣のアステールさんが、紅茶にミルクをたっぷり入れてくれる。アステールさんもストローでジュースを一口飲んで、いまだマンドレイキャロットの傍にいる国王様に鳥頭を向ける。
「そこまで緊張せずとも大丈夫なようですよ。領主様は国王陛下と懇意にされているようですから」
そうなんだよね。国王様と領主様、ずっと2人で話してるんだけど、何となく親しげなのだ。国王様は明らかにはしゃいでるし、領主様も敬語ではあるけれど、表情が穏やかだ。仲良しなのかな。
「あの2人は幼馴染みなのです」
「へえー、え?」
オレの背後から会話に加わったのは王妃様。ヤベッ、気の抜けた返事しちゃったよ。仮面の下で、オレの顔が引きつる。だけど王妃様は気にした風もなく、コロコロと笑った。
「気を楽になさい。貴方達はリヒト様の庇護下にあるのです、我が王家にとっては身内のようなものですわ」
リヒトさんの御威光、隣国でも通じるのか。オレ達が仮面付けっぱなしでも何も言われないの、リヒトさんのお陰なんだろうな。
アステールさんが教えてくれる。
「リヒト様の御母君は、この国の姫君だったのです」
「そうなんですか?」
王妃様が頷いて、
「ええ、ですから今でも親戚付き合いがありますのよ。先日は、とても香りの良い石鹸をお持ちくださって。その時に、貴方がたのお話も聞きましたの。可愛らしい子達と仲良くなったと聞いて、わたくし、羨ましくって。ぜひご紹介くださいと、お願いしましたのよ。ですから今日は、とても楽しいのです」
笑顔でそう話してくださるので、オレの緊張は少しだけ解けた。
こうしてオレが、お城のパティシエが作った本格スイーツを味わえるようになり、王妃様とも辛うじて会話のキャッチボールが続くようになった頃。お茶会会場に、新たなゲストが登場した。
「あら、ハルトムート。遅かったわね。こちらにいらっしゃい」
王妃様に呼ばれてテーブルの近くに来たのは、5、6歳くらいの男の子。短い緑髪にヘーゼルの瞳、そしてカボチャパンツの王子様だ。
「ハルトムート、皆様にご挨拶なさい」
「王子のハルトムートだ」
素っ気ない挨拶に、王妃様は苦笑しながら席を立ち、空いた席にハルトムート王子を座らせる。王妃様が本来のお席に移動されたのでお話し相手の役目を解かれ、オレは密かにホッと息を吐き出した。
ハルトムート王子が、隣でキョトンと王子を見つめるセイナに尋ねる。
「其方の名は何と言う」
首を傾げるセイナ。言い回しが堅苦しくて、理解出来なかったんだな。オレは助け船を出した。
「セイちゃん、王子様が、お名前何て言うのって」
「セイのお名前? セイだよ」
「ふむ。セイとやら、何故面を付けている。外して顔を見せよ」
オレに「お面取ってもいい?」と、目で問うセイナ。オレが頷くのを見て、セイナが猫のお面を外す。
カランと軽い音を立て、ハルトムート王子の手からスプーンが滑り落ちた。あ、嫌な予感。
たっぷり10数えるくらい、ハルトムート王子はフリーズしていた。動かなくなった王子にセイナが再び首を傾げ、王子の顔の前で手を振っている。
「どうしたの? だいじょーぶ?」
セイナの声に、ビクッと体を震わせた王子様。椅子から飛び降りると、セイナの両手をガッシと掴み、宣った。
「セイ、おれ様の妃になれ!」
「お断りします!!」
セイナの向こう隣の席から、ジェイドが悲鳴のような声を上げた。