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こんなに手間が掛かるとは

 背の高いヘリオスさんが見上げるほど、立派に成長した稲。藤棚のように頭上に垂れた稲穂はほぼ黄金色に色付いて、僅かに残った黄緑色もゆっくりと黄色に転じている。それに気づいたオレは、ヘリオスさんの腕を急いで引っ張った。


「稲刈り! ヘリオスさん、早く稲刈りして! 枯れる!」


「えっ! ユウ、如何すれば良いんだ?」


「根元から斬ってください! これ以上成長しないように!」


「分かった、皆離れろ!」


 腰の剣を抜いて稲をザクザク刈り取るヘリオスさん。オレはホッと息をつき、元凶である領主様に目を向けた。


「で? 成長促進剤が何ですって?」


 オレは努めて冷静に、事情を聞こうとしただけだ。なのに領主様、甲板に出て正座した。アステールさんまで、その隣で同じく正座。別に怒ってませんけどぉ?


「その、初めて見る植物だったので、成長過程をつぶさに観察したくなって。ですが今日1日しか時間が無いので、成長促進剤を使いました。少々薬剤が濃かったようで、みるみる成長してしまって、観察する間も無かったですけど」


 事情聴取の最中も、オレの背後をチラチラ気にする領主様。この人、植物学者になるだけあって、植物が大好きなんだろうな。使用した薬剤も、領主様が自分で調合したものなのだそう。そして、成長に必要だからと特殊な肥料も一緒に使ったらしく、巨大化はそちらが原因なのだとか。


「マンドレイキャロットを育てた時よりも控えめに与えたのですが、それでも多かったようですね」


「なんでそんな物、持ち歩いてるんですか」


「ああ、これは説明のためです。献上するマンドレイキャロットを如何やって育てたか、尋ねられるかもしれないので」


「なるほど。この船では二度と使わないでください。次は下手したら、バランス崩して船が転覆するかもしれないので」


 巨大マンドレイキャロットほど稲が巨大化しなくて良かったよ。ただでさえ重量オーバー気味なのに、これ以上重くなったら、スーちゃんが支えきれなくなって沈没するよ。セイナはまだ泳げないんだから、危険に晒すような真似はしないでくださいよね!


 やんわりと注意したオレに、領主様は神妙な顔で頷いた。けれど視線はオレから逸れて、ヘリオスさんが刈り取った稲穂に吸い寄せられている。アステールさんも、仮面被ってるからバレないと思ってるんだろうけど、余所見してるよね。2人共反省してないな。


「領主様。そんなに米に興味がおありなら、アステールさんと一緒に、この先の作業もお願い出来ますか」


「是非! 食卓に並ぶところまで見たいです!」


 見るだけでなく、脱穀も籾摺りも精米も経験してもらいますとも。手作業でやると、滅茶苦茶、滅茶苦茶大変なんだぞ?


 ──夕方、テント内にはくたびれ果てて横たわる領主様と、壁に凭れて項垂れるアステールさんがいた。


「米……こんなに手間が掛かるとは……」


「これでもまだ完成ではないのですか?」


「まだですねー」


 風魔法で乾燥させたり籾殻を吹き飛ばしたりと、時短や簡略化も駆使したんだけど、それでも白米までは辿り着けなかった。五分づきの米が一掴みと、あとは玄米。


「これでも食べられますし、栄養はこっちの方があるんですけど。この茶色い部分が無くなるまで精米した物を、オレの故郷では主食として食べてました。白米っていうんですけど……」


 とうとう、目を逸らしていた事実に向き合わなければならない時が来た。


「これは白米にはならないでしょうね」


「ですよね? どう見ても、ショッキングピンクですよね?」


 たまに紛れている糠のほとんど取れた米だとか、割れてる米の断面だとかの色が、ショッキングピンク。

 黒米、赤米、緑米はあったけどさ。ピンクも薄桃色くらいなら、却って美味しそうに見えるかもしれないけどさ。この鮮やかに濃いピンク色は、米としては受け入れ難い。青よりはましだけど……。


「与えた肥料の影響ですね。マンドレイキャロットも、本来は赤に近いオレンジ色ですから」


「ああ、献上するマンドレイキャロット、ピンク色してましたね。食べても問題ないんですか?」


「成分は変わりませんので」


 そうですか、でも味見は領主様とアステールさんに任せますね!


 オレは力尽きた2人からピンク米を受け取って、台所に立った。たった一掴みの五分づき米、しかも稲が巨大化したのに伴って、米粒も大きい。浸水時間とか水加減とかが分からないし、少ないので幾つかに分けて実験も出来ない。ぶっつけ本番か……ま、失敗しても、それはそれで。炭にさえならなきゃ食べられる!


 米粒が大きいので浸水時間を長めに、水も気持ち多めに、沸騰時間も長めにする。鍋の中の水分が無くなって、パチパチ音がしはじめたら火からおろして蒸し時間を取る。ご飯の良い匂いがする。ちゃんと炊けてますように!


 恐る恐る、ひと粒だけ口に入れて噛んでみる。ほんのり甘くて、もっちり美味しく炊けている。粒が大きいので食感は違うけど、美味いぞこれ。色さえ気にしなければ、有りだな。


 炊き上がった米を4つに分けて、2つをそのまま味付け無し、2つを塩味のおにぎりにする。テントに運ぶと、匂いに反応して起き上がる領主様。まずは味付け無しで、米本来の味をご賞味ください。


「おお……噛むと仄かに甘味がありますね。美味しいです」


 続けて、塩少々で味付けした物を、どうぞ。


「美味しい! 塩味が効いているのに、さっきよりも甘味を強く感じます。不思議です」


 小さなおにぎりを2つ、ペロリと平らげた領主様。気に入ってもらえて良かった。ここぞとばかりに、オレは領主様を勧誘する。


「どうですか、領主様。米、領地で育ててみませんか?」


「やりましょう、と言いたいところですが。少し考えさせてください。わたし個人としては、もっと研究してみたいのですが、実際に育てるのは領民達になりますから。領民の意見も聞いてみたいのです」


「では、領民を代表して、味見をどうぞ」


 オレは控えていた騎士さんに、領主様の評価の高かった塩おにぎりを差し出した。パクリと一口で食べ、咀嚼しながら険しい表情になってゆく護衛の騎士さん。あれ? 米作りの後押しして欲しかったのに、人選間違えたか?


「これは駄目です。本気で駄目です」


 そこまで駄目って言わなくても。


「たったこれだけに、あんなに手間が掛かったのに。お腹いっぱい食べるには、どれだけ頑張らないといけないんですか。もっと肥料をガンガン与えて大きく育てましょう!」


 ええと……味は気に入ってくれたのかな?

 領主様に、とにかく大きく育てようと迫る騎士さんの勢いたるや。思わず壁まで下がったオレの肩に、アステールさんが、ポンと手を乗せた。


「ところでユウ君、その1つだけ残ったおにぎりは、も、ち、ろ、ん、私のぶんですよね?」


「もちろんです、どうぞ!」


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