たまにはこんな日もある
「ほほーっ、これは麦の近縁種でしょうか。見た事がない穀物ですね。コメ、ライス、ゴハン……聞き覚えもありません」
テントで栽培している米を前に、領主様は興味津々だ。本職の植物学者としての血が騒ぐようで、アステールさんが記録したデータを嬉々として閲覧し始めた。
お祭りの翌日。オレ達の船に領主様と若い騎士が乗り込んで、王都へ向けて出発した。早朝出発で早起きだったにも関わらず、領主様は超元気。農作業のために毎日早起きしているらしい。そして、船に乗ってすぐに、米の苗に目を留めた。風を通すためにテントの入口を細く開けてあったから、中の緑に気が付いたようだ。まだ苗は2、3センチメートルほどで色も黄緑に近いのに、目敏い。
アステールさんの方も、植物の専門家からの意見は欲しいようで、メモを片手に領主様を質問攻めにしている。これは米作りが劇的に進む予感。領主様を巻き込んで、共同でお米の栽培研究するのも良いかもしれない。
領主様がアステールさんとテントに篭ってしまったので、護衛の騎士さんはテントの入口前で歩哨、ヘリオスさんも周囲の警戒のために甲板に出ている。現在テントが常設されてただでさえ甲板が手狭なところに、大柄な大人の男性が2人と、ウチの馬4頭プラス領主様達の馬2頭。ギチギチ。そのためオレは、子ども達と家の中で過ごすことにした。
石鹸の在庫を増やしたいけど、今日はお客様がいるから『ごっこ遊び』は封印。丸台を使った組紐づくりをジェイドに伝授する。ジェイドはもうヘリオスさんの弟子オンリーでいいんじゃね? とも思うけど、こういった知識もいつか役に立つかもしれないし。ジェイドには色々経験させてやりたいからね。
と、思ってたんだけど。
「今日は基本の四つ組からやろう」
「ハイッ! 宜しくお願いします!」
ジェイドは良いお返事で、やる気は十分だったんだけどさ。やる気だけでは如何にもならない事も、世の中にはあるよね。
なんとジェイド、組紐を組む前の、準備の段階で躓いた。糸を結んで組玉に巻き付け固定するのが、何度やっても出来なかったんだよ。ジェイドのぶきっちょが炸裂して、糸が絡まるこんがらがる。泣きそうになりながらもジェイドは頑張ったんだけど、小一時間掛けても準備が終わらず、とうとう断念した。
「……師匠、ごめんなさい……ボク、弟子失格です……」
「大丈夫! オレのほうこそゴメン、教え方下手で! もっと簡単に出来る方法考えるから、今日はセッティングはオレがやろうな!」
最初の元気は何処へやら、しおしおになったジェイドを励ましつつ、オレは素早く準備を整えた。丸台に十字に糸を掛け、再スタート。
「こことここの糸を同時にこっちへ動かして、うん、次はこれとこれを同時にこっちへ──」
頭の良いジェイド、糸の動かし方はすぐに理解して、気持ちも若干持ち直したようだ。地道な作業も厭わないので、糸を組むのは向いていそう。
順調に組紐の長さを伸ばしてゆくジェイドの横で、オレは冬に備えてマフラーを編む。木を削って自作したカギ針で、太めの毛糸をひたすら長編み。これ、ジェイドのマフラーなんだけど、予定を変更しようかな。
ちょこちょこジェイドの様子を見ながら、マフラーを編む。セイナは1人で折り紙をしていて、たまに出来上がった作品を見せに来る。足の生えた折り鶴なんて、何処で覚えたのやら。それぞれが集中していて、家の中はとても静かだ。いつもは賑やかだけど、たまにはこんな日もある。
「師匠、ここから如何すれば良いですか?」
「ああ、もう終わりだね。結ぶから待ってて」
組み上がったので端を始末して、ジェイドの初めての組紐が完成した。ブレスレットにしたいと言うので、そのままジェイドの手首に巻き付ける。
「おお、良いじゃんジェイド! 綺麗に出来てるよ」
「ありがとうございます。でも、最初が上手く出来なかったから……」
「初めから全部完璧だったら、オレが教える事が無くなるから。組むのは凄く上手だよ」
口元を緩めてブレスレットを見ているジェイドに、今度はマフラーを巻き付ける。次いでセイナを手招き。
「セイちゃん、ちょっと来てー」
「なーにー?」
やって来たセイナにもマフラーを巻き巻き。ジェイドとセイナがマフラーで繋がった。
「うーん、まだ短いな」
「あ、あの、師匠っ、これって」
「ん? これ、ジェイドとセイちゃんが、2人で一緒に巻くマフラーだから」
長いマフラーを2人で巻くカップル巻き(?)、ジェイドが喜ぶと思って。だいぶ長めに編んだんだけど、まだ長さが足りなかった。ジェイド、自分の不器用さに落ち込んでたからね。元気づけるのと、あと単純に、寒さを防ぐためのマフラーだ。くっついてれば暖かいから。
「ただし! これを使って良いのは、乗馬の時だけ! いいな?」
「ッハイッ!」
よし、完全復活したな。ジェイドはセイナとくっつけとけば大丈夫、と。
「じゃ、組紐作り、もう1回最初からやってみようか」
「ハイッ、頑張ります!」
また糸を結ぶところから始めるジェイド。真剣な表情で糸を結ぶジェイドを見て、セイナに蝶結びを教えた時の事を思い出していると。
「ウワアアアッ!」
外から悲鳴が聞こえた。この声はアステールさん?
窓の外に目をやると、ヘリオスさんと騎士さんがテントをのぞき込んでいる。襲撃ではないようなので外に出て、オレもテントの中へ。
「……アステールさん、何やってるんです?」
「私ではありません、領主様です」
「すみません。成長促進剤の希釈倍率を間違えました」
テントの中にあったのは、天井まで届くほどに成長した稲だった。黄金色に輝く稲穂が、テントの天井一面から垂れていた。




