屋台を満喫しているね
マンドレイキャロットの収穫が終わり、イベントの優勝者がほぼ確定した後も、祭りは続いていた。オレはキャロットケーキをひたすら配り、アステールさんは審査員席で置物になっている。仕事を終えたヘリオスさんは、セイナとジェイドを屋台巡りに連れて行ってくれた。セイナを抱え、ジェイドと手を繋ぐヘリオスさん、父親役が板についている。
ホリーさんへの公開プロポーズが火をつけたのか、参加者が叫ぶ内容も変化していた。「家族愛」や「ペット愛」だけでなく、「好きです、付き合ってください!」ってのが増えてきた。成功率100パーセントとはいかないけど、まあまあの確率でカップルが成立している。羨ましくなんかない。告白が成功した参加者に渡すキャロットケーキが、少し小さめになるだけだ。手作りケーキだからね、多少の大きさの違いはあるよね!
公開プロポーズには敵わないと、賞金目当ての参加者が減ったのもあり、会場の雰囲気がフワフワしている。決してカップルが増えたせいではない……幸せオーラに当てられて目が死んでいる寂しい独り身はコチラです、セイちゃんジェイド早く帰って来て!
「ほにいひゃん、ははいあ」
「うあぁぁーセイちゃんお帰りぃー!」
タイミング良く戻って来たセイナ。右手に焼き栗、左手にじゃがバター、口にはフライっぽい物が入っていて、モグモグしている。屋台を満喫しているね。そしてフライをゴクンと飲み込んで空いたセイナのお口に、すかさずジェイドが次のフライを入れている。すっかり餌付けされてるね。
「ジェイド、ヘリオスさんもお帰りなさい」
「ただいま戻りました! 師匠、これお土産です!」
「おー、ありがとう! お腹減ってたんだよ」
「ユウ、交代してやるから食べてこい」
ということで、お言葉に甘えて休憩がてら屋台飯をつまむ。ジェイドがくれたお土産は、川エビたっぷりのかき揚げだった。まだ温かくてサクサク。旨っ! お祭り屋台の食べ物って、何割増しかで美味しく感じるよね。
「ジェイド、これ、何処で買った?」
「あ、まだあります、どうぞ!」
「それはジェイドのだろ? アステールさんに買ってこようと思って」
「それなら俺が買った。ユウのぶんもあるから、好きなの食べろ」
横からヘリオスさんが袋を渡してくる。中には今食べたかき揚げをはじめ、串肉とか揚げ芋とかベビーカステラっぽいのとか、みっちり詰まってる。皆で食べていると、離れた場所からの恨みがましい視線を感じた。
「……ヘリオスさん、アステールさんにこれ、持って行ってあげてください」
「ユウ、頼む。冷気が漂ってる気がする。俺が寒さに弱いの知ってるだろ?」
「ヘリオスさんは寒さより、アステールさんに弱いんでしょ」
「そりゃー、惚れた弱みとは言うけどな?」
「早めにご機嫌取っとかないと、イベントに強制参加させられますよ?」
ダッシュでアステールさんの元に駆け付けるヘリオスさん。屋台飯忘れてる。だけど、アステールさんのご機嫌は治ったようだから良し!
こうしてオレ達が祭りを楽しんでいる所に、事件は起こった。
「……離せっ、この馬鹿馬、離せっつってんだろ!」
大声で喚くガラの悪い男を咥えたトールが、オレ達目指して歩いてきた。暴れる男を物ともせず、威風堂々、ゆうゆうと進むトールの横には、何故か得意げな表情のロキ。その後ろにフレイとフレイヤも続いている。ウチの馬達が勢揃いだ。君達の役目はもう済んだはずだけど、如何した?
トールは会場中の注目を一身に集めながらお立ち台の前まで来ると、勢いをつけて口に咥えていた男をポイッ。領主様の前に放り出した。男はドスンと尻餅をつき、フギャッとカエルが潰れたような声を出す。扱いが雑。しかもトールは男の服の端を踏んで、動けなくしている。
周囲がザワザワするなか、ロキがヒヒンと一声鳴いた。
「その人、マンドレイキャロットを盗もうとしてたって、ロキが言ってます!」
ホリーさんが通訳してくれる。コイツ泥棒なのか! 更にフレイが重ねていななく。
ヒヒーン! ブルルルッ!
「しかも、マンドレイキャロットが大き過ぎて運べなかったから、フレイヤを盗もうとしたって、その馬が言ってます!」
「はあ? ウチの子を盗もうとしたのか?」
ヘリオスさんが泥棒の胸ぐらを掴み、ドスの効いた声で尋ねた。迫力満点のヘリオスさんに恐れをなして、泥棒は必死で首を横に振る。
「ち、違う! 良い馬だなって見てただけで」
ブルルッ、ヒヒーン!
「嫌がるフレイヤに乗ろうとして振り落とされた、ザマァって、ロキが言ってます!」
「適当言ってんじゃねえ! 馬の言う事なんて分かるわけねえだろ!」
ホリーさんに凄む泥棒から守るように、プロポーズした男性が前に出る。ホリーさんを背中に隠して、
「彼女は馬の言葉が理解出来る! 子どもの頃からだ、皆知ってる!」
そうだそうだと味方する周囲の人達に気圧されて、泥棒が逃げ出そうとするが、ヘリオスさんにガッチリ掴まれて逃げられない。
泥棒は何とか言い逃れようと辺りを見回し、審査員席の「領主様」とのプレートに目を付けた。
「領主様! おれは何もしてねえ! あんな、馬の言葉が分かるなんて嘘つき女が言う事、信用しないでくれ!」
情けない声を出す泥棒に、領主様は憐れみの目を向けた。
「ホリーさんが馬語を理解出来るのは、この町では常識ですよ。それよりも、マンドレイキャロットを素手で触ると危険なのですが。薬効成分が強くて、皮膚が炎症を起こします」
「えっ?」
「適切な処置をせず放置すると、取り返しのつかない事になりますが。貴方は触れていないんですよね?」
「え、ええーっとー、そう、あんまり立派なもんだから、少しだけ触った気がしないでもないような……」
「そうですか。でしたら手当てしなければ。屋敷に連れて行きましょう」
泥棒はあっという間に領主様に言いくるめられて、部下に連行されていった。何事も無かったかのように、司会進行役の人が次の参加者を呼んでいる。
ブルル!
不満そうに鼻を鳴らすロキに、領主様がにっこり笑って話し掛けた。
「大丈夫です。あの男は屋敷の牢に収監しますから。お手柄の貴方達には、畑の人参を食べ放題にしましょう」
ヒヒーン!
「それよりもマンドレイキャロットを一口齧らせてって、ロキが言ってます」
ロキ、まだ諦めてなかったのか?