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そこに、勇者が現れた

「おい。皆なに飯食う態勢になってんだ」


 オレがいそいそとピクニックランチの準備をしていると、ヘリオスさんの憮然とした声が背後から聞こえた。オレは敷物に座るアステールさんに取り皿を渡してから、振り返って返事をした。


「セイちゃんがお腹減ったって言うんで。ヘリオスさんが勇者になるかは一旦保留して、ご飯にしませんか?」


「俺は勇者なんかにならないって、何度も言ってるだろ」


「そこを何とか! お願いします!」


「しつこい!!」


「まあまあ、お二人共、このままじゃ埒が明かないですから。ひとまず食べましょう」


 お腹減ってると怒りっぽくなるし、頭も回らないからね。話し合いは昼食後で良いと思うんだよ。さっきからヘリオスさんと領主様は互いに譲らず、全く進展が無かったし。ブレイクタイムってことで。


 近くにデザートの入ったランチボックスを置くと、渋々腰を下ろすヘリオスさん。流れで領主様達もお誘いし、車座になってランチタイムと相成った。


「ジャーン!」


 ランチボックスの蓋を取ると、セイナがキャアッと歓声を上げる。お兄ちゃん凄いと手を叩いてくれるので、頑張ったかいがあるというものだ。見た目にも拘って、玉子焼きをハートにしたり、ハムをお花みたいに巻いたりしたからね。全体的に可愛らしい仕上がりだ。


「おおっ、凄いな!」


 不機嫌だったヘリオスさんも感心してくれている。領主様達もお目々キラキラ。貴族様に庶民飯は如何かなと思ったけど、大丈夫そうだ。部下の人が取り分けたのを、領主様は毒見もせずにパクリ。ゆっくりと咀嚼しながら、涙を流し始めた。


「あの、お口に合いませんでしたか?」


「違うんです、あまりに美味しくて。肉なんて食べるのは久しぶりで」


「えっ! 失礼ですけど、領主様ってことは貴族様ですよね?」


「はい。若輩ながら、この地を治める子爵家の、当主をしております。ですがなにぶん、貧乏貴族でして」


 ハハハと力無く笑った領主様、哀愁が漂っている。いくら貧乏といったって、貴族ですよね? 町は廃れているようでも無し、税収があるはずなのに困窮しているのは何故?

 オレの疑問は口に出すのは憚られたが、顔には出ていたのだろう。領主様が畑に視線を転じる。


「わたしは元々分家の三男で、植物学者だったんです。なのに本家一族が流行り病で絶えてしまい、突然爵位を継ぐことになってしまって。更に爵位を継いでから、うちが借金まみれだと知らされまして」


 頭を掻く領主様、苦労性というか、貧乏くじを引かされる人のようだ。たぶん借金のせいで誰も子爵になりたがらず、押し付けられたのだろう。


「わたしは領地経営は素人なので、本職の植物栽培で借金を返済しているんですが。あのマンドレイキャロットは、町の名物になるかと育てたものの、育ち過ぎてしまい」


 話しながらチラチラとヘリオスさんに目をやる領主様。ヘリオスさんは素知らぬ顔でイチゴジャムのサンドイッチを食べている。絶対勇者になるもんかという、強い意志を感じる。肩を落とす領主様が、なんだかお気の毒だ。

 オレは妥協案を提示した。


「あの人参、話すのは他の人にお願いして、引っこ抜くのだけ手伝うってのは駄目なんですか?」


「おい、ユウ」


「ヘリオスさんが嫌がってるの、話を聞かせる部分でしょ? 愛の勇者とか呼ばれるのが恥ずかしいんでしょ?」


「当然だろ。そんな二つ名、絶対に御免だ。ユウは呼ばれたいのか?」


「まさか。オレだって嫌ですよ。だから、話すのは領主様達にお願いして、オレ達は力仕事だけお手伝いすれば良いかなと」


 あくまでもオレ達はお手伝いで、勇者と呼ばれるのは領主様達にお願いしたい。だけど領主様は首を横に振る。


「駄目なんです。わたし達の話には、マンドレイキャロットは興味無しで。町の者達も、初めは面白半分で挑戦してくれたのですが、有名になったことで却って挑戦し辛くなったようでして。最近では誰も、見物にすら来てくれなくなったのです」


 ああ、下手に関わって自分が「勇者様(笑)」なんて呼ばれたくないから、避けられてるんだな。君子危うきに近寄らずだ。そこにノコノコ現れたオレ達、領主様も逃すまいと必死で追いかけて来るか。


「だったら力ずくで引っこ抜くしか無いんじゃ」


「それだと叫び声で被害が出ます。死にはしませんが、麻痺で半日動けなくなりますね」


「耳栓すれば防げませんか?」


「完全には防げません。マンドレイクの叫びはある種の魔法攻撃ですので」


 オレの提案はことごとく却下された。むう。ならもうオレ達に出来ることは無い。帰るか。いつの間にかランチボックスも空になってるし。お力になれず申し訳ない、撤収!


 しかしそこに、勇者が現れた。


「あの、ボクがお話ししましょうか?」


 遠慮がちに手を挙げたのは、まさかのジェイド。えっ、ジェイド?

 オレがびっくりし過ぎて何も言えずにいると、ヘリオスさんが驚きつつも確認してくれる。


「ジェイド、何を話すか理解してるのか?」


「はい。ボクだってセイちゃんの、旦那さん……なので」


 ちょっぴり赤くなるジェイド。待って待ってオレの情緒が追いつかないんだけど!?

 内心パニックのオレを置いて、話はどんどん進んでゆく。


「良いのかジェイド? 将来後悔するかもしれないぞ」


「後悔なんてしません」


「ええと、きみ、ジェイド君? 本当に話してくれるんですか?」


「はい」


 領主様からマイクを渡されるジェイド。オレが止める間もなく、タタッと巨大マンドレイキャロットに駆け寄った。そして、コホンとひとつ咳払いして。


「ボクのセイちゃんは、とっても可愛いんです! 例えばさっき、ボクが──」

 

 とても微笑ましいエピソードを語り始めた。オレはホッと胸を撫で下ろす。ジェイドがエグい下ネタ話し出さなくて良かった! この路線なら、安心して聞いていられるよ。

 領主様達も、安堵と落胆の混じったような、複雑な表情でジェイドの話を聞いていたが。


「あっ!」


 領主様の目線の先、マンドレイキャロットの葉っぱから、キラキラのエフェクトみたいなのが出ている。何あれ?


「マンドレイキャロットが、話に興味を持っています!」


「えっ、あんな話で良かったのか?」


「……そのようです。何というか……己の心の汚さを、突き付けられますね……」


 ジェイドの話にマンドレイキャロットがキラキラする度に、地味に大人達の精神にダメージが入っていったのだった。



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