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勇者と呼ばれる所以

 今日も今日とて、絶好のピクニック日和である。天気に関しては全く心配していなかったが、それにしても良い天気だ。


 オレは昨夜から張り切って仕込みをし、今朝も早起きして豪華なお弁当を作った。ピクニック弁当は食べやすさも重要だから、おにぎりやサンドイッチは一口サイズ、唐揚げやミートボールはピックに刺してと頑張ったよ。


 そんな会心の弁当を持って目指すピクニックの目的地は、郊外にあるという人参畑だ。町の人に聞けば、誰もが「ああ、伝説の人参の」と道を教えてくれた。ご町内ではとても有名らしい。

 そして、何故か皆さん含み笑いでヘリオスさんを見る。オレが道を尋ねても、見られるのは必ずヘリオスさん。そりゃーオレ達のパーティじゃ、ヘリオスさんが断トツで勇者っぽいからね、当然だよね。


「いや、勇者候補に向ける目というよりは、何かこう……」


 ヘリオスさん、しきりに首筋に手を当てて、落ち着かない様子だ。居心地悪そう。


「そうですね。悪意や害意ではないですが、視線が下品です」


 アステールさんの声は、はっきりと不愉快そう。せっかくのピクニックなのに、雲行きが怪しいぞ。


「あの、ヘリオスさん、アステールさん。人参畑に行くの止めて、他の場所にします?」


 昨日目一杯乗ってやったから、ロキも何がなんでも人参寄越せって雰囲気じゃなくなっている。大粒ブドウに心を奪われたせいもあるだろうけど、伝説の人参を断念する提案にも反抗することなく、大人しくしている。


「うーん、そうだな。人参畑は止めて、花畑でも探すか」


「そうしましょう」


 ところが、そこにセイナが異議を唱えた。


「えー! セイ、伝説の人参見たい!」


 ああ、セイナの野次馬が伝説の人参に興味津々だ。馬だから仕方ないか。オレはヘリオスさん達と視線を交わす。2人が苦笑交じりながらも頷いてくれたので、結局予定のとおりに人参畑に行くことになった。


 のどかな田舎道をそれぞれ馬に乗ってポクポク進むと、やがて行く手に見えてきた、巨大な植物。


「お兄ちゃん、見て! 大っきな人参!」


 馬上から身を乗り出すセイナ。その背中を支えるジェイドも口があんぐりだ。オレも似たような顔になっているはず。

 葉っぱしか見えないが、人参は伝説になるのも納得の大きさだった。近くにいる人の数倍大きな緑の葉っぱが、ワサワサと茂っている。だけど、あれ? 人参の葉っぱとは、ちょっと形が違うような。異世界の人参だからか?


 もっとよく見ようと近付こうとしたオレ達の前に、アステールさんがフレイを操り立ちはだかった。


「引き返しましょう。あれは人参ではありません、マンドレイクです」


「マンドレイクって、え! あの叫び声聞いたら死ぬ奴ですか?」


「そのマンドレイクです。あの大きさだと声も大きいはず。危険です」


 なるほど、確かにあれをひっこ抜けるのは勇者だけだ。野菜の収穫が死と隣り合わせじゃ、誰も挑戦しないよね。

 オレ達は揃って回れ右。その場を後にしようとしたのだが。


「待って、待ってくださーい!!」


 後ろから脅威の駿足で追いかけて来た男性達に、行く手を阻まれた。


「貴方達、人参チャレンジに来た方ですよね! どうぞ、是非とも挑戦してください!」


 厳つい男性達の中で唯一ひょろりとした、麦わら帽子を被った男が進み出て、ヘリオスさんに迫る。ヘリオスさんは迷惑そうに、


「いや、俺達は見物に来ただけだ。もう帰る」


「そんな事言わずに。話の種に、チャレンジしていきましょうよ!」


「断る。だいたい、あれは人参じゃなくてマンドレイクだろ。俺達に死ねと?」


「いえ違うんです! あれはマンドレイキャロットというマンドレイクと人参を掛け合わせた新種でして、叫び声を聞いても死にませんから!」


 この世界でも野菜の品種改良やってるんだ。あの大きさも、品種改良の成果かな。

 オレが呑気に考えている前で、唐突に麦わら帽子の男が土下座した。えっ、ちょっと何やってんですか!?

 慌てたのはオレだけじゃなかった。厳つい男達が麦わら帽子の男の土下座に慌てふためいて、口々に喚く。


「領主様、何をなさるのです!」


「領主様がその様に頭を下げるなど!」


「領主様、お願いですから頭を上げてください!」


 うん、麦わら帽子の人が領主様なのは分かった。そういえばここ、領主様の畑だって聞いたっけ。だけどこの領主様、服装だけ見るととても領主とは思えない。貴族だろうに、畑仕事用の野良着にしたってボロい、膝に継ぎ接ぎが当ててある服を着ているのだ。


 その領主様、部下らしき人達の懇願にも耳を貸さず、見事な土下座姿勢のまま。地面に額をつけ、部下達を叱責する。


「お前達も頭を下げなさい! この方なら、この方ならきっと、勇者になってくださる!」


「おい、俺は勇者にならない! 勝手に決めるな!」


「そんな事仰らずにー! 貴方はどう見ても百戦錬磨、数々の武勇伝をお持ちでしょう!」


「持ってねーよ! 俺はツガイに一途な焔猫の獣人なんだ!」


「でしたら尚ちょうど良い! さあ、貴方の愛を叫んでください! どうぞ!」


 土下座体勢から両手で何かを差し出す領主様。あれは、マイク? ちょっとこの状況が理解出来ないんだけど、分かってないのはオレだけかな?

 

 首をひねるオレに、そっと馬を寄せたアステールさんが囁いた。


「マンドレイクを安全に採取するには、男女の睦み合う様子を話して聞かせ、マンドレイクが油断したところを引っこ抜くしかないのです」


 ええと、それは……マンドレイクに下ネタを披露するとか、そういう?


「マンドレイクの採取家が、勇者と呼ばれる所以です」


 勇者って、そういう意味か!



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