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敬称とかホント要らない

 早めの夕食をとり、オレ達は早々に宿屋の部屋に引っ込んだ。まだ日が落ちたばかりだし、表通りには灯りが煌々と輝いていて明るかったが、ここは異世界。子どもを連れて夜歩き出来る安全性なんて無いだろう。

 それにオレはやる事があって忙しい。セイナからの「ネコさん(ポシェットのこと)まだ?」との催促に、超特急で応えなきゃならないから。


 ボールペンの下書きに沿って、布地にジョキ、ジョキとはさみをいれる。海賊コスプレのためのベストを材料に、リメイク中だ。デニム地のベストはオレの膝までの長さがあるが、ポシェット以外にも作りたい物があるので慎重に、失敗しないように丁寧に裁ちばさみを動かす。裁縫道具は宿屋の女将さんにお借りした。


 セイナは始めのうちこそ作業をじーっと見詰めてきたが、すぐに飽きて、今は折り紙をしている。折り紙初体験のジェイドに、お姉さんぶって鶴の折り方を教えているので、今のうちにはさみを使う工程を終えてしまいたい。


「えっとね、そこは山折りでー」


「ヤマオリって何ですか」


「こう!」


「ああ、こうですね。ありがとうございます、セイさま」


「違うよ、セイだよ」


「セイ、さま」


「そーじゃなくてー」


 セイナは呼び捨てにして欲しいようたが、ジェイドは発音が違うと指摘されたと受け取ったようだ。何度もセイ様セイ様と繰り返してはセイナに違うと言われ、首を傾げている。人間の名前を呼び捨てにすること自体、ジェイドには考えもつかないことなのかも。言葉遣いも丁寧なままだし、オレにもセイナにも様付けしてくる。


「あのねジェイド、セイちゃんはセイって呼んでって。で、オレはユウね、様とか要らない」


「え、ですが、お名前を呼ばせていただくだけでも畏れ多いのに」


 やめて、そんな御大層な人間じゃないから。だけどこれまでの環境じゃ、名前呼ぶだけで暴力振るわれたりしてたのかもなぁ。


「うーん、名前呼びが難しかったら、オレのことはお兄さんとかでも良いや。でもセイちゃんのことは、呼び捨ては無理でも、せめてセイちゃんって呼んでやって。セイちゃんもそれで良い?」


「うん、それなら良いよ!」


「ですが……」


 余計な敬称とかホント要らないから。むしろ必要以上に(へりくだ)られると関係性とか人間性とか疑われるから。そこからジェイドが獣人だってバレるとお互いに困った事になるよね。え、獣人が名前を呼ぶと穢れる? そんな事言う人は元から心が汚れてるんだよ。なんて。

 

 グダグダとした論争の末にやっと妥協点を見出し、オレは『師匠』、セイナは『セイちゃん』と呼ぶとジェイドに了承させた。ジェイドは細工職人としてのオレの弟子って設定だからな。言葉遣いについてはジェイドが頑として譲らず、丁寧語のまま。まぁそれは敬語キャラだと思えば流せる。そのうち慣れてくれば口調も砕けるかもしれないし。


 ジェイドが意外と頑固だったため、論争の間に作業が捗り、ポシェットは既に猫の顔の刺繍が済んでいる。猫の頭部分だけの簡単なポシェットなので、あとは縫い合わせて、裏地をつけて、スナップで開口部を留められるようにして、紐をつけて……完成はまだまだ先だな……。

 そもそもオレの裁縫スキルはあまり高くない。セイナの保育園の上履き袋や絵本袋は縫ったので、袋物なら作れるのだが。ポシェットの余り布でジェイドのシャツかズボンを作ってやりたいけど、技術力が足りなさそう。リュックにするかな、荷物入れる袋が必要だもんな。


「えーっ、ジェイドずるーい、セイもー」


 おっと、考えていた事が口から出ていたようだ。昼間学習したばかりなのに、気が緩んでた。


「ズルくないよ。セイちゃんにはポシェット作ってるでしょ」


「それはお靴の代わりだもん」


 誤魔化されなかったか。日々賢くなってるね、さすが我が妹。

 如何しよっかなー、布はポシェットとリュック作ったら余らないだろうし、新しい物を買うにはお金が無いし。手持ちで材料に使えそうな物ってあるかな。タオルで人形でも作るか? でもタオルは使うしな……。


「セイちゃん、これじゃ駄目?」


 差し出したのは、折り紙で作った指輪。あれこれ考えながら作っていた。折り紙セットに1枚しか入っていない銀色の折り紙でリングを、セイナが好きなオレンジ色の折り紙で宝石を作っている。金銀の折り紙を使った指輪は、特別な時に作るやつ。ご機嫌取り用とも言う。


「どうぞお姫様、こちら魔法の指輪でございます」


 セイナの気分を上げるため、オレは膝を付いてセイナの手を取り、恭しく指輪を嵌める。折り紙の指輪は飽きるほど作ってきたから、セイナの指のサイズなら完璧に把握している。うん、ピッタリ。我ながら素晴らしい出来映えだ。

 自分の職人技に酔いしれていると。


 ピカッ!


 あれ、セイちゃん、何か魔法使った? いつもより光量が控えめだね、その調子で光らないように出来るかな?


 セイナは左手の中指の指輪を暫し見つめていたが、丸い目を更にまん丸にして、それから満面の笑顔になってオレに抱き着いた。


「お兄ちゃん、ありがとう! 大好き!」


「お、おぉう」


 セイナを抱き返してはみたものの、え、どうした? いつも作ってる折り紙指輪だよ? そんな物で可愛い妹に大好きなんて言ってもらえるなら、兄ちゃん幾らでも量産するけど?


 セイナはひとしきりオレの胸に頭をグリグリして、喜びを発散させた。それはもう嬉しげで、表現方法の方向性は違えども、靴をあげた時のジェイドといい勝負だ。


「お兄ちゃん凄い! 魔法の指輪作れるの凄い!」


 セイナが突き出した左手には、銀色に光る金属製の指輪。ん? オレそんな物作った覚えはないんですけど……。

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