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もっと賢い馬と遊べ

 ロキの家出は、オレのスキンシップ不足が原因だと判明した。確かに最近、馬達のお世話はジェイドとヘリオスさんに任せっきりだった。オレのやっていた事といえば、毎日の餌やりとブラッシング程度。ずっと船での移動だったので、ロキに乗ることがほとんど無かった。たまにヘリオスさんが、運動不足解消のためにと散歩に連れて行ってくれてたけど、もっとオレに構って欲しかったんだな。可愛い奴め。


 オレがニヤけながらリンゴを差し出すと、ロキは知らんぷりしながらも耳を此方に向けている。よしよし。首筋を撫でてやると、頭を擦りつけてくるロキ。乗馬服の女性が微笑ましげに見てくる。


「もっと撫でろって、ロキが言ってます」


「通訳ありがとうございます。ロキ、撫でるからリンゴ食べちゃって」


 ブルル、ブル、ヒヒン。


「ユウの手を空けるために、仕方なく食べるけど、まだ許してない、だそうです」


 パクリ、シャクシャクシャクシャク。


「もっとお詫びの品を寄越せってこと? 伝統の人参だっけ」


 ヒヒン、ブルブル。


「伝統の人参じゃなくて伝説の人参。ユウは記憶力を鍛えたほうがいい、スライムなんかと仲良くするから脳みそがスライム並みになるんだ、もっと賢い馬と遊べ、だそうです」


「さっきの短い鳴き声に、そんなに長い意味が込められてるのか?」


「ボディランゲージも読み取ってるので」


 胡乱げなヘリオスさんが女性と遣り取りするのを聞きながら、オレはピンときた。


「ロキ、もしかして、今朝スーちゃんを連れて出掛けたこと、怒ってる?」


 ……キュウゥーン。


「新入りはお散歩に連れてってもらえたのに、ぼくは置いてかれた、ってロキが言ってます」


 ああ、なるほど。それが引き金になって、家出しちゃったのか。オレはロキの首に抱き着いて、さっきみたいなおざなりな謝罪ではなく、心から謝った。


「ごめんな、ロキ。もっとロキと過ごす時間作るから。帰っておいで」


 ブルルッ。


「改善案は具体的じゃないと意味が無いって、ロキが言ってます」


「具体的……ええと、なら、毎日夕方、少しの時間でもロキと散歩に行く。これでどう?」


 頷くロキ。ヒヒーン。


「それで許してあげるけど、伝説の人参は絶対に食べたい、とロキが言ってます」


 そこは譲れないんだね。


 伝説の人参については、女性が教えてくれた。この町一帯を治める領主様の畑に生えている、巨大な人参のことらしい。大き過ぎて誰にも抜けず、いつからか「この人参を引っこ抜けるのは伝説の勇者だけ」なんて言われるようになったそうだ。何処かで聞いた話に似てるけど、人参抜くのに勇者は要らんだろ。伝説の農夫さんとかにしとこうよ。

 ロキは今朝、船で留守番している時に伝説の人参の噂を聞いたらしい。そして、如何しても食べたい、食べなきゃやってられないと、思ったらしいんだけど。


「ロキ、オレ勇者の知り合いは居ないから、伝説の人参は諦めないか?」


 女性にお礼のリンゴを渡して厩舎を辞去し、ロキに乗っての帰宅途中。オレは、何度もロキの説得を試みた。だけどロキは頑なで、毎回首を横に振る。

 うーん、困ったな。オレはロキの(くつわ)を取るヘリオスさんに尋ねる。


「ヘリオスさん、農作業の経験は?」


「俺は勇者なんて便利屋になるつもりは無いからな」


 ですよねー。伝説の勇者再来なんて、オレ達パーティの「なるべく目立たない」って基本方針に、真っ向から逆らうイベントだ。うーむ。人参抜かずに一口分だけ削り取るとかは有りかな?


「そもそも伝説の人参なんて話、10年前には聞かなかったぞ」


「そうなんですか?」


「ああ。サウスモアを拠点にしていた時に、この辺りにも何度か来たけどな。人参の話も、勇者にまつわる話も無かったはずだ」


「だとしたら、伝説の、なんて大袈裟に言っていても、長くても10年物の人参って事ですよね。高麗人参なら高級品だけど、普通の人参って、ずっと畑に植えとくと花が咲いて固くなるんじゃなかったかな。ロキ、伝説の人参、美味しくないかもしれないけど、良いの?」


 あ、ちょっと迷ってるな。だけどやっぱり諦め切れないようで、首を横に振るロキ。


「だったら、ピクニックがてら見に行って、オレが引っ張っても抜けなければ諦める。その時は、今日買って来た大粒のブドウ、オレのぶんをロキにあげるからさ」


 ブドウと聞いて目を輝かせたロキが脚を止め、後ろを向いて何度も頷いた。ブドウはリンゴよりも高級品なので、馬達には滅多に食べさせていないのだ。


「よし、じゃあ、それで決まり。ヘリオスさんが証人だからな、後から文句言うなよ」


 ヒヒンと一声いなないて、足取り軽く駆け出すロキ。待って速い、オレまだそこまで馬術が上達してないから!


「ヘリオスさん止めて止めて!」


「この速度なら大丈夫だ、慣れろ。危なくなったら止めてやる」


「ヒイイイイ、怖い怖い怖い!」


「ユウ、これから毎日ロキと散歩するんだろ? もう少し乗りこなせるようになれ。いい機会だから、町の外周一回りするぞ」


 意外とスパルタなヘリオスさん。ロキの轡から手を離し、並走している。馬と並んで走れる脚力と体力は尊敬するけど、運動が得意な人には運動音痴の気持ちは理解出来ないのだ。町を一周するなんて軽く言うけどさ、オレには結構な苦行だからね!


 だけどロキはそれを聞いて上機嫌。オレ達の船の横を通る時も、全く速度を落とさず駆け抜けた。ヘリオスさんが甲板のアステールさんに「修行してくる!」って叫んでたから、帰ってこないなーって心配させることは無くなったけど。今からでも引き返したら駄目?


 当然オレの希望は却下された。町を一周して戻った時には、足はガクガク、肩から腕にかけてもバキバキ。明日は確実に筋肉痛だ。

 そんな状態なのに、夕方オレを呼びに来たヘリオスさんが、ロキに乗ってもう一周してこようと言う。鬼畜。


「ロキと約束したんだろ? 初日から約束破るのか?」


「いや行きますけど。今日はもう乗るのは無理なんで、散歩だけにします」


 ヘリオスさんの誘いを固辞しつつ、体力お化けの基準で考えないでと切に願うオレだった。

 


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