置き手紙する馬
東西に長いサウスモアの西の端にやっと着き、国境を越えてアサド国内に入った。といってもサウスモアに入った時とは違い、川を流れているうちに国境を過ぎていたので、違う国に来たって実感はない。ただ、川を下るうちに森が増えたなと感じていた通り、アサド国は森深い土地らしい。林業が盛んだそうで、伐採した木材を川で運んでいるのを度々見掛けた。
この国はサウスモアとは逆に、南北に縦長いそうで、数日で横断出来るとか。素通りも可能だが、せっかくだから一度くらいは町に立ち寄ろうかと、最寄りの町に来たのだが。
「ユウ君。ロキが家出しました」
オレが買い物してる間に、何があったの?
いつものように真っ先に東レヌス商会に行って、皆と屋台で買い食いし、お土産を手に戻って来ると。留守番していたアステールさんに、困り果てた顔で告げられた。
「え? 家出? ロキが?」
「はい。書き置きが残されていましたから、たぶん」
「書き置きって、ロキが人化して手紙を書いたと?」
「それが、私にもよく分からないのです」
オレに手紙を渡して、アステールさんが説明してくれた。
ここ数日、テントに籠りきりで米作りプロジェクトに取り組んでくれているアステールさん。今日も町に出るオレ達を見送って、1人で留守番していた。ジェイドが吸水させた種籾が数個発芽しているのに気付き、スケッチしているうちに用紙がきれたので、部屋から取ってこようとテントを出たのだそうだ。すると、既にロキの姿は無く、代わりに手紙が残されていた。
「馬泥棒じゃないのか?」
「ロキが大人しく盗まれると思いますか? テント内で集中していても、さすがにロキが暴れれば気付きます」
「それよりも、ロキ、甲板に居ましたよね。泥棒は入って来れないはずですけど」
もしも他人がオレの付けたセキュリティを突破出来るなら、安全対策を根本から考え直さないといけなくなる。
「侵入者はいないと思います。手紙は外にありましたから」
アステールさんがすらりと指差したのは、川岸に打たれた杭。金属製の杭は係留ロープを繋ぐためのもので、オレ達の船のロープが括られている。その、括ったロープと杭の隙間に、手紙が捩じ込まれていたのだそうだ。手紙にはこう記されていた。
“ぼくは家出する 戻って来て欲しかったら 伝説の人参を持って ユウが謝りに来て ロキ”
「……オレ、何かしたかな……」
名指しでオレに謝りに来いってことは、ロキが家出した原因はオレってことだよな。心当たりが無い。
「でんせつの、にんじん?」
セイナが手紙の文字を指でなぞって読み、首を傾げた。それも知らないし、謝りに来いと言われても、何処に行けば良いのか。だいたいこの置き手紙、ロキが書いたのか? 口でペンでも咥えて? ロキは賢い馬だけど、字は書けない、よな?
オレが手紙を見つめていると、他の3頭の馬達の近くにいたジェイドが、革紐を手に戻って来る。
「師匠、この革紐、ロキを繋いでいたのなんですけど。たぶん、ロキが自分で噛み切ってます」
「そうなの? だったらロキ、本当に家出したんだ。オレの何が悪かったんだろ……」
「ロキに聞いてみろ」
「だけどヘリオスさん、ロキが何処に居るかも分からないのに」
「大丈夫だ、探してやる。俺の鼻の良さ、忘れたのか?」
ヘリオスさん、まさか匂いを辿ってロキを探すつもり? そんな警察犬みたいな事が出来るの?
半信半疑のオレの前で、ヘリオスさんはジェイドから革紐を受け取ると、クンクンと匂いを嗅いだ。え、ホントに犬みたいじゃん。というより匂いフェチの残念イケメンにしか見えないよ。見ようによっては変態にも──
「ユウ、行くぞ」
「あ、はい」
ヘリオスさんは迷いの無い、しっかりとした足取りで歩いてゆく。その後ろについて、オレは町の外周をぐるりと回り込む。やがて現れたのは、柵に囲まれた広い馬場。見事な馬術を横目に通り過ぎようとしたところを、乗馬服に身を包んだ女性に呼び止められた。
「ここは関係者以外の立ち入りは、ご遠慮頂いてまして」
「うちの馬を探している。鹿毛の牡馬なんだが、書き置き残して家出しちまって。見なかったか?」
ヘリオスさん、本当の事だけど、置き手紙する馬って怪しいだけだから。不審に思われるよ。
だけど、乗馬服の女性はハッと顔色を変え、ヘリオスさんに詰め寄った。
「もしかして、ロキの飼い主さんですか?」
「あ、あー、飼い主はこっちだ」
ヘリオスさんに引っ張られ、女性との間に立たされたオレ。女性はオレの腕をガッシリ掴んで確保すると、早足で歩き出す。
「良かった、引き取りに来てくれて。困ってたんです。あの子、全っ然言う事聞いてくれなくて」
「申し訳ありません、ご迷惑お掛けしてるみたいで。でも、そもそもロキは如何して此方に?」
女性の話では、彼女がロキに会った時には、既にロキは家出を決行中だったらしい。船から降りてウロウロしていたロキに女性が声を掛けると、取引を持ちかけられたそうだ。
「わたし、馬の言葉がわかるんです。わたしの愛馬がロキに一目惚れして、動かなくなっちゃって。困ってたら、ロキが、送ってやるから自分の頼みも聞いてくれって」
「もしかして、この手紙を書いたのって」
「わたしです」
歩きながら話しているうちに厩舎に到着した。中に入ると、奥の方に並んで立つ2頭の馬。ロキと、ロキに寄り添う白馬である。ロキは不機嫌そうに鼻をブルルと鳴らしたが、無事を確認出来てほっとする。
「ロキ、帰るよ」
ブルルルル。ロキがそっぽを向く。
「あの、ロキが謝ってって言ってます」
女性が通訳してくれる。
「ええと、ごめんなさい」
「とりあえず謝っとけって態度が気に入らないって、ロキが言ってます」
如何すれば?
「おいロキ、何を謝って欲しいのか、ちゃんと話せ。馬の気持ちを察するのは、人間には無理だ」
「わたしには出来ますよ?」
「そうですか。ならロキは貴女に預けますので、そこの白馬とでも娶せてやってください。ユウ、帰るぞ。ロキは嫁さん見つけたから、ここに住むそうだ」
慌てたロキが、オレの服を咥えて引き留める。そのまま小さくいなないた、ロキの言い分を通訳してもらうと。
「ええと、最近ぼくと全然遊んでくれない。なのに新入りとは仲良く遊んでてズルい。謝って。慰謝料に伝説の人参も持って来て。だそうです」