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リクエストする権利が欲しい

 リヒトさんと心臓が痛くなる話をしているところに、アステールさんが迎えに来てくれた。アステールさんの顔には鶏仮面が被さっていて、リヒトさんの鶏仮面が借り物ではなく、自前であると判明した。あの仮面、そっくり同じに見えたけど、わざわざリヒトさんが作らせたんだろうか。


 そんな疑問は脇に置き、仕事の話を終わらせる。明日の朝には依頼ぶんのおにぎりを渡す約束をすると、リヒトさんに、そいうえば、と尋ねられた。


「その、おにぎり、というのを僕も食べてみたいのだが。幾つか融通して貰うことは可能かな?」


「どうぞ」


 アイテムボックスにあった物を、皿に入れて手渡す。中身はたぶん、ツナマヨ擬きと、肉味噌だったと思うんだけど。だいぶアイテムボックス内がごちゃごちゃしてきてるから、整理整頓しなければ。


「すまないな。この所食事の時間が取れなくて、似たような軽食ばかりで飽き飽きしていたのだ」


 お忙しいんですね、リヒトさん。オレは皿に肉巻きおにぎりを追加した。野菜が足りないな。キノコたっぷり炊き込みご飯おにぎりと、炒飯おにぎりも追加。あとは……。


「ユウ君、リヒト様にまで世話焼きを発揮するのは止めましょう」


「あ……失礼しました」


 つい、オカンを発動してしまっていた。ええと、追加したおにぎりは回収すべきだろうか……。

 オレがそろりと手を出すと、リヒトさんはサッとおにぎりの乗った皿を遠ざける。そのままご自身のアイテムボックスに仕舞って、愉快そうに笑うリヒトさん。


「有り難く頂戴する。では明日の朝、また会おう!」


 パチンとウインクを1つ残して、リヒトさんは去って行った。


 さて、オレはアステールさんと冒険者ギルドを出て、4日振りの我が家に戻った。栞ちゃんが来てからずっと、崖の上の屋敷で寝泊まりしていたのだ。魔力吸収機能の最終調整のためである。その間はセイナと離れ離れだったので、妹不足が深刻だ。


「お兄ちゃーん、おかえりー!」


 町の外、林の中に隠した家では、セイちゃんが甲板に出て待ってくれていた。もちろんジェイドも一緒。声を聞いて、ヘリオスさんも家から出て来て迎えてくれる。


「セイちゃーん、ジェイドー、会いたかったよー」


 オレは2人まとめて抱き締めて、妹成分とニャンコ成分を補充。この2つの成分が不足すると、禁断症状を引き起こすので。隙あらば補充を試みたい。


「セイちゃん、兄ちゃんがいない間、良い子にしてた?」


「うん! セイ、いつも良い子だもん!」


「だよね! じゃあ、良い子だったセイちゃんに、お土産」


 両手を揃え、「ちょうだい!」のポーズをするセイナ。その小さな手のひらに、オレは1冊の冊子をポンと乗せた。表紙にはセイナの大好きな猫のイラストが描かれている。


「おいユウ、念の為に当分の間、本は封印するんじゃなかったのか?」


「あ、これ、本じゃなくて。セイちゃん、開いてみて」


 セイナがパラパラとページを繰る。


「まっ白!」


「ああ、日記帳ですか」


「はい。だけど日記はまだセイちゃんには早いんで。セイちゃん、このまま開いててね」


 最初のページを開いた状態で、セイナに日記帳を持たせたまま、オレはポケットを探った。上着の右ポケットから判子を、左ポケットからスタンプ台を出し、日記帳の1ページ目にポンと押す。ページの左上に、上品に座る猫の姿が描かれた。


「これ、セイちゃんのスタンプ帳ね。セイちゃんが何か頑張った時にスタンプ押して、10個溜まったら、ご飯かおやつのリクエストが出来ます。今日はお留守番を良い子で頑張ったから、1スタンプね。で、これはジェイドの。ジェイドもセイちゃんと仲良くお留守番してくれたから、スタンプ押すね」


「ボクのもあるんですか?」


 あるに決まっている。ジェイドのスタンプ帳は魚の絵の表紙。判子を変えて、丸まって眠る猫のものを押す。ジェイドがそっと眠る猫を撫で、指先にインクが付いたのを見て慌てている。うーむ、やっぱりシールが良かったな。


 ホントはシール帳にしたかったんだけど、シールが存在していなかったんだよね。だからスタンプ帳にしたんだけど、この世界の判子って、子どもが喜ぶような可愛いのが無くて。さっき押した判子は、崖の上の屋敷で過ごしている時にオレが木片を彫って作った物だ。にゃんこシリーズ全7種である。

 ちなみに下絵は出版社のお抱え絵師さんにお願いして描いてもらった。オレが描くと、可愛いはずのにゃんこも、不気味な未確認生物になるからね。彫刻はまともに熟せるオレ。ソープカービングは幾何学模様でやってるよ。


 判子を押したページに薄紙を挟んでやっていると、ヘリオスさんにつつかれる。


「ユウ、俺のは無いのか?」


「はい、子ども達のだけですけど」


「日記帳を用意すれば、俺も判子を押してもらえるか?」


「え? ヘリオスさんとアステールさんには、判子を押すほうをやってもらいたいんですけど」


「押すのもやる。だけど俺も、おやつをリクエストする権利が欲しい!」


「ええぇ?」


 おやつリクエストはあくまでもご褒美であって、主目的じゃないんだけど。


「私も参加したいです。ご飯をリクエストする権利が欲しいですね」


「アステールさんまで? こういうのって、子どものためのシステムだと思うんですけど」


「大人が駄目だという理由を、私が納得出来るよう述べなさい」


「何言っても納得しませんよね?」


 結局ヘリオスさんとアステールさんも、「スタンプ集めて好きな物をリクエストしよう!」祭りに参加する事になった。それに伴い、判子を押すのも誰でも可という、想定よりもゆるーいシステムに変更になる。ただし自分で自分のスタンプ帳に押すのは無し。そして、ヘリオスさんとアステールさんは大人なので、スタンプ20個で1回リクエスト。


「ここは全員平等にすべきじゃないか?」


「そうです、ユウ君は子どもを優遇し過ぎです」


「大人より子どもに甘くなるのは当然では? だいたいヘリオスさんもアステールさんも、如何しても食べたい物があったら自分で作れば良いでしょ」


「いや、そこはほら、ユウが作ったののほうが美味いから」


 皆食べ物が絡むと必死だね。ともあれ、この和気あいあいとした空気に、ああ、家に帰って来たなと実感するオレだった。

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