何かあれば力で解決
「なかなか愉快だったな!」
冒険者ギルドの応接室。盗聴覗き見防止の魔道具を起動して、開口一番、リヒトさんが言った。
「びっくりしましたよ。てか、何で居るんですか」
オレはギリギリ口の中で留めていた疑問を、やっと口に出せた。ほんと、何で居るのリヒトさん。王都に居るんじゃなかったの? 忙しいんじゃなかったの?
リヒトさんが、懐から取り出した紙を、ペラリと差し出した。
「緊急依頼だ。僕は天馬を飼っているから、最速で品を受け取って届けられるのでね、引き受けたのだ」
受け取った紙はギルドの依頼書。依頼主は……岩長さん……もう今月のおにぎり食べ尽くしたの?
冒険者ギルドを通しているとはいえ、これ、魔法契約に違反しないんだろうか。依頼先が「わたしに毎月おにぎり届けてくれる人へ」になってて、オレの名前は記入されてないからセーフなのかな。
「これ、断っても良いですか?」
「それは困る。石竜の聖女殿は東の辺境伯、いや、独立国の王妃となる予定なのだ。仲良くしておきたい」
岩長さんが王妃様? 大丈夫なの、その国?
「……わかりました。でも、品物を渡すのは明日で良いですか?」
「了解した!」
リヒトさんにはお世話になってるからね。そしてこれからもお世話になるからね。出来るだけ要望には応えたい。
だけど、この調子で岩長さんからおにぎり注文が入るのは困るな。何か対策を考えないと。
リヒトさんがソファに腰掛け、手振りでオレにも座るようにと指示を出す。
「して、書物の聖女の封じ込めは成功したのか?」
オレはリヒトさんの斜め前に腰掛けて、栞ちゃんの現状を報告した。リヒトさん、緊急依頼の件のついでに様子を見に来てくれたらしい。経過は逐一報告を入れてたけど、栞ちゃんは腐っても聖女だからね。重要人物の動向だ、一度は自分の目で確認しとこうかなと、リヒトさんは思ったのだそうだ。
「だけど、お顔を晒して良かったんですか? せっかくアステールさんの振りしてたのに」
表立って手は貸せないと、リヒトさんには言われてた。栞ちゃん自身の希望とはいえ、見方によっては聖女誘拐だもんね。だから正体を隠すために、アステールさんの鶏仮面を借りて来たんだろうに。
「先程は仮面を取る以外の選択肢が無かったからな。だが、あれで書物の聖女の信用はガタ落ちだ、結果オーライだろう!」
「それは、まあ、そうですけど」
「気にするな、僕などよくある顔だからな! 何かあれば他人の空似で押し通すさ!」
リヒトさん、アステールさんほどじゃなくとも、結構な美形なんだけど。どう見たってよくある顔なんかじゃないんだけど。
ま、リヒトさんなら黒も白で押し通せそうだから、言われた通り、気にしない事にしよう。
「それよりも書物の聖女だ。対応が生温いのではないか?」
「そうでしょうか。一生幽閉されて、魔力を搾り取られるんですよ。特に悪い事もしてないのに」
「幽閉というより保護ではないか。快適な生活環境で、ろくに働きもせず、悠々自適に暮らせるのだ。君達を脅迫したこと、反省も後悔もしないのではないか?」
「そこは一応、本を取り上げてるので」
あの後出版社の担当さんと話して、当分は物語の清書の仕事はさせないように、お願いしてある。栞ちゃんの元に持ち込まれるのは、学術的な堅苦しい原稿ばかりになる予定だ。それでも文句を言わず真面目に仕事をするようなら、ご褒美にベストセラー作家の悪筆原稿が回ってくる。文句ばかりで仕事をボイコットするようなら、自分で小説を書くよう勧めてもらう手筈だ。
活字中毒な乱読家なら、退屈で眠くなるような原稿でも、読めば症状が和らぐからお仕事頑張れるはず。好きな物しか読まない偏読家なら、自分好みの物語を自給自足すれば、物語不足は解消されるはず。偏読家で読み専だと辛いかもしれないけど、人間切羽詰まれば本の1冊や2冊書けるはず。自分で本に携わる仕事がしたいと言ったんだから、逃げずに取り組んでもらいたい。
あと、これはまだオフレコだけど。栞ちゃんの書いた小説が面白かったら出版してもらえるように、出版社にはお願いしてあったりする。この世界の本はほぼ自費出版なんだけど、売れ行きが良くて利益が見込めたら、出版社が権利を買い取ってくれるらしい。そうなれば印税生活も夢じゃないから、快適な家を捨ててまで、わざわざ逃げ出そうとはしないだろう。
ただ、出版からの印税生活ルートの提示は最終手段だ。栞ちゃんが本気で逃げようとした時の足止め用なので、使わずに済めば御の字。たぶん栞ちゃんは、自分では何もせず助けが来るのを待つタイプだと思うので、不満タラタラ溢しながらもダラダラ現状維持になるだろう。ベッドでゴロゴロ王子様を待って100年とか経つんじゃないかな、眠り姫みたいに。
「オレとしては、オレ達パーティに迷惑さえ掛けてこなければ、栞ちゃんが反省しようがすまいが、どうでも良いんです。下手に痛めつけて恨まれたりしたら、却って執着してきそうだし」
「ふむ、確かに。ユー君も死んだふりが必要になりそうだな!」
「それはちょっと……行方をくらますくらいで収めたいです」
リヒトさんが珍しく考え込んだ。リヒトさんて、打てば響くというか即断即決というか、聞けば直ぐに答えが返ってくる人なんだけど。目を閉じて黙考する姿は彫像のように美しいが、普段は隠れている鋭利さが際立って、ちょっと怖い。
やがて目を開けたリヒトさん、軽やかに笑って、いつもの人懐っこさを前面に押し出したのだが。
「ユー君が行方不明は困るな。その場合、別の者に行方不明になってもらおうか」
「えっ!?」
「冗談だ!」
権力者が言うと冗談に聞こえないんですけど!? 行方不明というより生死不明に聞こえるんですけど!?
「あの、生命を脅かすような手段は、無しの方向で!」
オレはリヒトさんにまで、栞ちゃんの助命嘆願する羽目になった。何かあれば力で解決が、冒険者の基本方針なのかな。実力主義の世界だもんね。やっぱりオレには向いていない。
「ハハハ、魔力枯渇で命を削るのと、どちらがマシかな?」
「えっ? 魔力がゼロになっても、そこから無理に魔法を使おうとしなければ死ぬことは無いんじゃ」
「無理に魔法を使う事態にならなければ良いな!」
暗殺者でも差し向ける気じゃないでしょうね……。リヒトさんの機嫌を取るために、宝石石鹸を賄賂にしても良いか皆に相談しなきゃ。




