監禁ではない、禁錮である
栞ちゃんが本を手にして呪文らしき言葉を唱えた。しかし、何も起こらなかった。良し、成功だ!
栞ちゃんが新居に越してきてから4日、思ったよりも早く片がついた。聖女の魔力量は膨大だと聞いていたのでもっと時間が掛かると思っていたけれど、栞ちゃんの魔力量、聖女としてはほどほどで助かった。
栞ちゃんを無力化するために、最初はとにかく書物を排除していこうしていたオレ。だけど、書物って何処まで含まれるんだと考え出すとね。分からなくなってきて。だって、巻物とか木簡とか粘土板とか、さすがに電子書籍はここには存在しないと思うけど、キリがない。しかも紙を束ねて一辺を綴じれば書物だというのなら、自作出来てしまう。
だから途中から考え方を変えてみた。要は栞ちゃんが魔法を使えなければいいんだから、魔力を空にすれば良いんじゃね? オレの『ごっこ遊び』、魔力不足でよく不発に終わるし。どんなに厄介な魔法も、発動しなければ意味無いよね。
ということで、屋敷に魔力吸収機能を付けてみた。吸収した魔力は、屋敷に溢れる魔道具や結界の維持に使われ、それでも余った魔力は魔石に蓄積されるようになっている。そして、魔力が満タンになった魔石は回収し、東レヌス商会に買い取ってもらう。そのお金で栞ちゃんと同居する3人の衣食住や、屋敷の維持管理費を賄う。
この辺りの説明は、栞ちゃんと交わした魔法契約の契約書にも書いていた。家主のオレから屋敷を借りるための、賃貸契約書である。栞ちゃん、最後まで目を通してはいたけど、途中から目が滑っていた。まあ、何枚にも渡って細々と、解りにくい言葉で書かれていたら読むだけでも大変だからね。だから、わざと契約書に記載されていないことがあっても、気付かなかったのは仕方のないことなんだけど。
賃料は魔力で支払いとしか書いていなかったのに、魔法契約書にサインしてしまった栞ちゃん。栞ちゃんだって、支払うのがお金だったら、毎月支払う金額をきちんと確認したはずだ。だけど、支払いを魔力にしただけで、支払う魔力量について質問すらされなかった。膨大な魔力量を誇る聖女だから、少々魔力を吸われたところで問題無いとでも思ったんだろうけど。
賃料として支払ってもらう魔力、栞ちゃんの全魔力なんだよね。この屋敷、常に栞ちゃんの魔力を吸収して安全性と快適さを保つ、考えようによってはちょっと怖い家なのだ。
いやー、吸収元の人間の魔力が常時ほぼゼロになるように調整するの、大変だった。吸い過ぎたら魔力枯渇で死にそうになるし、かといってある程度の魔力が残っていると、栞ちゃんが魔法を使えてしまうし。寝てる時とか少しずつ魔力が回復してるので、回復する傍ら即吸収されないといけないし。オレ自身を実験台にして、微調整を重ねたよ。そのかいあって、今では体が重い程度の、魔力枯渇一歩手前の状態を維持出来るようになった。今朝の栞ちゃんの体のだるさは、これが原因だ。
そして、栞ちゃんが魔法を使えなくなったタイミングで、屋敷に閉じ込めることにも成功した。特定の人しか家に入れなくするのが可能なんだから、逆に特定の人を家から出られなくするのも可能だと思った。監禁ではない、禁錮である。
あとは万が一魔力吸収機能に不具合が起こった時のために、栞ちゃんの周りから本を排除する。図書室に並べられた本は、既に本型小物入れに差し替え済だ。オレは栞ちゃんに歩み寄り、手に持っている本を取り上げた。
「これは没収」
「な、なんで」
「これ、お城から盗んできたんでしょ。盗品はオレの家に置いておけない」
アイテムボックスにも隠し持っているかもしれないけど、本好きなら読まずにはいられないだろうから。いずれ取り出したら、同居する3人が、善意から取り上げてくれるはず。
それに、嬉々として図書室の書架を本で埋めていたから、栞ちゃんのアイテムボックスにもう本は無いか、あっても少ないんじゃないかな。本棚の隙間って埋めたくなるよね。オレだけかな?
回収した本を自分のアイテムボックスに入れ、オレは栞ちゃんに別れを告げる。
「さよなら。オレ、もうここには来ないから」
「え? ユウ先輩、一緒にここに住んで、あたしの面倒見てくれるんじゃ」
「そんな約束、してないよね」
栞ちゃん、やっぱり諸々オレに丸投げする気だったんだな。だけど、ここまでお膳立てしてあげたのだ。ここからは自力で頑張れ。
オレが立ち去ろうとすると、栞ちゃんが低い声で言う。
「良いんですか? あたしの口が滑っても」
「良いんじゃない? だいたい栞ちゃんの言葉、誰が聞いてくれるんだろうな」
屋敷から出られない栞ちゃんが接触出来る相手は少ない。そして、その少ない人達は、栞ちゃんは夢と現実の区別がつかない子だと思っている。栞ちゃんが何か言ったところで、聞き流されるか、可哀想な子だと憐れみの目で見られるのがオチだ。
オレが階段を降りると、栞ちゃんが必死に追い掛けてくる。玄関の外に鶏の仮面が見え、オレは足を早めた。玄関前には天使な双子や出版社の担当者の姿もあった。オレが玄関扉を潜って外に出た直後、栞ちゃんが外界から弾かれる。
「助けて! そいつに監禁されてるの!」
オレを指差して訴える栞ちゃんの言葉に、双子ちゃんが眉をひそめた。
「お嬢様、今日は調子が悪いの?」
「悪いんじゃない? 朝ご飯も部屋で食べてたし」
「は? 今の見たでしょ? あたし、この家から出られないの、閉じ込められたのよ!」
栞ちゃんを屋敷に閉じ込める事は、事前に説明してある。なにせ断崖絶壁の上なのだ、夢と現実の区別がつかない子がフラフラしてたら、落ちて死ぬ危険性がある。
誰も自分が閉じ込められていることに疑問を持たないので、栞ちゃんが青褪める。
「な、なんで……全員グルなの? そんな……酷い……」
「今朝からこの状態なんで、仕事はしばらく休ませてください。せっかくここまで来てもらったのに、申し訳ありません」
悲劇のヒロイン気取ってる栞ちゃんを無視し、オレは出版社の担当さんに詫びた。
「いいえ、ウチの原稿が原因かもしれませんし、こちらこそ申し訳ありません。急ぎだからって小説の清書をお願いしたのは失敗でした」
栞ちゃん、大人しくしてないと、小説のお仕事回してもらえなくなるよ? 数少ない読書の機会なのに。
チラッと栞ちゃんに視線をやると、栞ちゃんは悲劇のヒロインごっこを止めて憤怒の表情。オレに攻撃を加えるために、鶏の仮面を指差して叫んだ。
「あの仮面の下には絶世の美女の顔があるのよ! 興味あるでしょ、見て!」
鶏の仮面に手が掛かる。ズポッと引っこ抜かれた仮面の下から現れたのは、リヒトさん。
「え、誰」
「美形だけど、美女には見えませんね」
「そうか? 残念だな!」
リヒトさん、何やってんですか……。




