小さな猫の顔型
ジェイドが泣いている。オレが贈った新しい靴が嬉しくて泣いている。喜んでもらえて良かったとは思うけど、ちょっと大袈裟だと思う。だって、『このブーツに誓って裏切りません!』みたいな事を呟いてるんだよ。重いよ!
オレとしては、ジェイドの靴があまりにボロボロだったから、それで長旅は無理だろって思っただけなんだ。つま先に穴が開いてたし、靴底も薄っぺらくなってたし、サイズも小さかったし。そんな靴じゃかえって危ないから、必要だから用意した。それだけなんだ。ちょうど靴職人さんと知り合えて、交渉次第で安く譲ってもらえそうだったし。そんな軽い気持ちだったんだ。
喜んでくれるだろうなとは思ってたけど、それだって、「わーい嬉しいありがとー!」みたいな予想であって、「……一生大事に……ウグッ……家宝にします…」なんてのは想定外。子どもなんてすぐ大きくなるんだから、靴だって1年もせず足に合わなくなるよ。我が家にはセイナが赤ちゃんの時の靴が保管してあったけど、今は家も無いし、小さくなった靴や服を取っておくのは──いや、オレのアイテムボックスに入れとけば可能か?容量どの位あるんだろ。
「ええと……とりあえず、履いちゃって」
なかなか泣き止まないジェイドの足から古い靴を脱がし、抱えていたブーツを強引に引き剥がしてジェイドの足元に置く。そうでもしないと、もったいなくて使えないとか言い出しかねないからね。仕舞い込んだままサイズが小さくなって使えないとか、子供服あるあるだから。お財布に無理を言って買ったんだから、ぜひ履き潰してもらいたい。
ジェイドが恐る恐る足を入れたショートブーツ。ご夫婦のお孫さんへのお土産のうち、男の子が履いてもおかしくない物を譲ってもらった。茶色い本体に、履き口の折り返しがキャメル色。付いていたリボンを外し、代わりに小さな猫の顔型を型押ししてもらった。獣人じゃない、ただの猫なら可愛がられてるんだよね。理不尽。
「うん、靴下履けばいけるかな。大丈夫そうです」
「そうですか、良かったです。それだけ喜んでもらえたら、職人冥利に尽きるってもんです」
靴職人の旦那さんもニコニコ。嬉しげに何度も踵を上げ下げしているジェイドを見て、奥さんもニコニコ。御者台からも、良かったななんて声を掛けられる。
そんな中、オレの隣で大人しく座っていたセイナから、あどけない質問が投げ掛けられた。
「お兄ちゃん、セイのは?」
「えっ? セイちゃんの靴はまだ履けるよね」
「でもセイも新しいお靴欲しい。ネコさんの」
「それはちょっと難しいなー」
ジェイドがブーツを脱いで、そっと差し出してきた。それはキミのだから、ちゃんと履いときなさい。
ジェイドの片足をブーツに突っ込みながら、セイナに妥協案を提示する。
「セイちゃん、今セイちゃんが履いてる靴に、ネコさんの印付けてもらおう。で、新しい靴じゃなくて、新しいポシェットを兄ちゃんが作ってあげるから。それなら新しいのと、ネコさんの靴と、両方叶うだろ?」
「ポシェットもネコさんにしてくれる?」
「もちろん」
納得してくれて助かった。ここで大泣きされたら、泣き声を聞きつけて魔物が寄って来るかもしれない。聖王都周辺の街道は比較的安全らしいけど、魔物がいない訳じゃないと聞いたし。今のところ野ウサギや野鳥しか見掛けてないけどね。
乗り合い馬車の旅はのんびりと進み、予定通り夕刻には目的地が見えてきた。靴にネコの型押しをしてもらったセイナはご満悦。オレも組紐ブレスレットを完成させられて、ホッと胸を撫で下ろす。
「これまた可愛らしい。これなら孫も喜んでくれますよ」
ストラップの代金は、ジェイドのブーツ代と相殺って事で話がついていた。セイナの靴の加工はサービスだって引き受けてもらえたが、それではさすがに釣り合わないと思うので。
「これ、お孫さんの誕生祝いに」
取り出したのは、喫茶店で貰った木製の積み木。赤青黄とはっきりした色なので、赤ちゃんの興味を引きやすい。塗料も安全なものだから、ちょっとくらい舐めても平気。ビニール袋に入っていたが、説明書を外してハンカチで包み直した。
「ありがとうございます、でも、こちらがもらい過ぎでは?」
「いえいえ、お祝いですから」
そんなやり取りをしている間に目的地に到着する。ご夫婦には大変感謝され、安くて安全だという宿屋を紹介していただけた。お子様連れだから、こういう情報は本当に貴重。
娘さんの家へと急ぐご夫婦を見送って、オレ達も宿屋へと向かう。初めての馬車旅は、なかなか有意義だった。オレの手仕事が充分職業として成り立つと確認できたし。セイナとジェイドには平等にとの学びも得たし。
それに今日は、乗り合わせた人達も良い人達だった。日本じゃ子ども連れってだけで迷惑がられることもあったけど、皆さんセイナにもジェイドにも優しかったし。ジェイドが外套のフードを被りっぱなしでも、何も言われなかったし。色々と秘密の多い身としては、適度な距離感が有り難かった。
この調子でサフィリアまで辿り着ければいいな、なんてのは高望みだろうか。