聖女召喚に巻き込まれ
パルテノン神殿に似てるな。
縋りついてくる妹を抱きかかえ、ここは何処だと周囲を見回したオレは思った。
膝をついた床面は石造りで硬く、白地に雲母のような煌めきが混ざっている。屋根は高く陰になっているが、床と同じ材質だろう。視界の奥に等間隔で並ぶ円柱も白い。そして白柱の間から見える新緑と、澄んだ青空。
天気予報でも、今日は1日中よく晴れると言っていた。だから約束していた通り、妹のセイナを連れて遊びに出掛けた。近所の商店街でハロウィンイベントに参加してお菓子をもらい、保護猫カフェで仔猫と戯れるセイナを連写し、喫茶店でオムライスとナポリタンを注文してセイナと半分こにした。それから、セイナが食べ切れなかったパフェの残りを片付けていたはずだった。
なのに、気づいたらパルテノン神殿。しかも、周りをぐるりと大勢の大人達に取り囲まれている。彼等の衣服が中世ヨーロッパ風な為、ハロウィンイベントの一環かとも思ったが、それにしては物々しい雰囲気だ。
「お兄ちゃん……」
腕の中で、セイナが不安げにオレを呼ぶ。訳解かんないし怖いよな、兄ちゃんも怖い。向こうで怒鳴ってる奴いるし。
だけど兄としては、妹の前でビビってる訳にはいかないのだ。
「大丈夫だからなー、兄ちゃんがついてるから。ちょっとだけ静かにしてようなー」
こくりと頷いたセイナの頭を撫でながら、耳をそばだてる。どう見ても西洋人な外見なのに、偉そうに怒鳴っている男が使っているのは日本語だった。男に怒鳴られている老人が話しているのも日本語だ。
良かった、オレの英語力じゃあネイティブなイングリッシュは聞き取れない。ギリシャ語はもっと無理。でも日本語ならば、妹をヨシヨシしながらでも聞き取れる。大声でお話し合いされている事だしと、遠慮なく聞かせてもらったところ。
どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。更に、本来なら聖女1人だけが召喚されるはずなのに7人も現れたもんだから、誰が聖女か判らないらしい。
「仕方がない。お前とお前とお前、一緒に来い!」
偉そうな男が示したのは、中学生くらいの女の子と、リクルートスーツの女性、カフェエプロン姿の女の子だった。カフェエプロンの子は昼食をとった喫茶店の店員だ。他の2人も見覚えがある。どうも喫茶店にいた人達が、一緒に召喚されてきたようだ。
「彼女に乱暴するな!」
もう1人の店員らしい男性が、兵士に腕を掴まれた女性店員を庇う。
「うちの娘を何処に連れて行くんですか!」
中学生の母親らしき女性が、連れ去られそうになっている娘の後を追う。
「この3人は聖女の可能性がある。よって王城で保護することとなった。あとは好きにするが良い」
老人の言葉で、この世界での聖女のイメージに見当がつく。指名された3人とも若くて見た目が良いのだ。
なのになんでウチの妹が外されてんの? そりゃあ4歳児だと幼すぎて聖女っていうより天使とか妖精って感じだけど。可愛らしさなら断トツぶっち切りだと思うんだけど。10年後には可愛さに加えて可憐さとか美しさとかも天元突破してるはずなんだけど。決して身内びいきじゃなく!
いやもしかして、服装だけで男の子だと判断されたのか?セイナは黒猫の仮装のために、黒のカットソーに黒ジーンズという出で立ちだ。ここが女性はスカート一択な世界なら、ズボン姿ってだけで男の子認定されたのかも。だとしたらこの世界の人達は気の毒に。ウチのセイナはボーイッシュな格好もよく似合う、この良さが解らないとは人生損してるな。
なんて事を考えていたら出遅れた。一緒に召喚された人達の姿はすでに無く、現地人もほぼ撤収して、パルテノン神殿もどきに残っているのは片手で足りる下っ端兵士達。そいつ等も、オレ達を置いて立ち去ろうとしている。
「あの!オレ達もお城で保護してもらいたいんですが」
呼び止めると、兵士の1人が面倒くさそうに手招いた。慌ててセイナを抱っこしたまま立ち上がり、円柱の間から外に出る。屋根に遮られていた陽光と、空の青さが目に沁みるほどに眩しい。一瞬目が眩み、危ないからとセイナを地面におろす。
何故か兵士達の視線が険しくなった。
「おい、貴様らジュウジンか?」
ジュウジン? ジュウ人……獣人か? なんでいきなり。ああ、セイナがハロウィンコスプレのネコ耳カチューシャを付けっぱなしだった。今までずっと、オレがセイナを抱え込んでたから見えなかったのか。
「いえ、オレ達は」
「黙れ!貴様らなんぞを城に入らせられるか!その上保護しろだと?獣人の分際で思い上がるな!」
「いやあの」
「汚らわしい獣人め、とっとと失せろ!」
兵士達は腰の剣を抜き、その剣先をなんとセイナに突き付けてきた! 何すんだこのヤロウ!! 危ないだろうが‼
オレはすぐさま前に飛び出して、セイナを背に庇う。オレはネコ耳もイヌ耳もつけていない、どう見ても人間だ。なのに兵士達はこちらに刃を向けたまま、切っ先を揺らして威嚇してくる。話し合いの余地は無さそうだ。
仕方がない、城で保護してもらうのは諦めよう。というか、こんな奴等に保護されたくない。人間相手だって、どんな風に扱われるか分かったもんじゃない。
オレは後ろ手にセイナと手を繋ぐと、兵士達を睨みつけながらジリジリと後ずさった。充分距離をとったところでセイナを抱き上げ、後方に走り出す。神殿は丘の上にあり、裏手は下り坂になっていた。緩くカーブを描く坂道を、妹を抱えて駆け下りる。
「お兄ちゃん、ケガワラシイって何ー?」
「えーっと……毛皮がモコモコしてることかな。ほら、お隣の猫みたいに」
「ふーん、あのおじさん達、猫さん嫌いなのかなぁ」
「たぶんね。だからセイちゃん、ネコ耳カチューシャは外しとこうな」
「ぶうう」
妹は猫が好きだ。家では飼えないからと保護猫カフェに通い詰め、年間パスを発行してもらう程には大好きだ。たぶん猫獣人さんも大好きになるだろう。でもこの国では、獣人は嫌われ者らしい。
よし、獣人が普通に暮らしている国に行こう。オレは可愛い妹のために、そう決意した。