73話 心踊る旅の準備
「なぁ、奏翔さんよぉ……」
「言いたいことはわかるからそんな気だるそうに飯を食うな」
5月の大型連休が終わった次の日の昼休み。
毎度のように俺の目の前の席に陣取った虎太郎が弁当に入っていた骨付きの鶏の唐揚げの骨の部分をかじっている。
「何で休みって終わるのがこんなにも早いんだろうな、授業がある日なんか1時間でもすげー長いって言うのによぉ」
「それだけ充実していたんじゃないのか?」
「それが全然なんだよ」
虎太郎は咥えていた唐揚げの骨を弁当箱にペッと吐き出す。
「だって、咲奈ちゃんと出かけたんじゃないのか?」
たしか連休前にあの子とゲームのコラボをやってる温泉施設にいくとか言ってたような。
「……前日にサナっちが風邪ひいて中止になった」
突っ伏しながら机をドンドンと叩く虎太郎。
クラスメイトたちが一斉にこっちを向いてるからやめてくれ……。
「ってかそういう奏翔はどうなんだよ?」
「どう……とは?」
「大型連休中、さそがし充実していたんだろうなあ!」
虎太郎は恨めしそうな顔で俺を見る。
「じゃなかったら、あの女と互いに名前で呼び合うことになってないよなあ!」
すぐに俺の席の後ろで柚羽と話しているアリアの方へと目を向けていた。
なぜ、コイツがこんなことを言ってきたかと言うと……
これまで俺に挨拶なんかしてこなかったアリアが今日になって突然俺に挨拶をしてきたからだ。
学校ではいつも通り名字で呼んだら……。
『えー! 名前で呼んでって言ったじゃん!』
と、いつものやかましい声で言ってきたため、虎太郎を含むクラスメイトたちがあらぬことを勘ぐり始めたのである。
ちなみにアリアとはあの感謝祭以降、今日の朝まで直接話すこともなければ顔を合わしていなかった。
柚羽はLIMEやLEO内でアニメについて語り合ったりしていたようだ。
ちなみに感謝祭以降の大型連休はほとんど家で家事洗濯炊事に柚羽の相手をして過ごしているうちに終わってしまっていた。
「まあ、中身は論外として見てくれと胸のデカさはピカイチだから、一線を超えてもおかしくはないけどな」
俺は虎太郎の言葉にため息で返した。というか、これ以上相手にすると卑猥な言葉まで飛んできそうなので黙ることにしていた。
「えー、おまえたちのことだからそれしか頭にないと思うが、もうじき修学旅行が待っているぞ」
昼休み後の授業は科目ではなく特別授業となっており、担任の言葉にクラスメイトたちは歓喜の声をあげていた。
「場所はどこかで言ったような気がするが、京都だ」
「えー、中学の時に行ったんだけどなあ」
「別の高校のやつなんて海外で2週間とかきいたぜ?」
「沖縄とか北海道とかのほうがいいなあ、飯が美味いって聞くし!」
場所を聞いたクラスメイトたちは各々に思っていることを口にしていた。
それに対して担任は少し呼気を強めながら「いいから聞け」と告げる。
「場所に関して言いたいことはわかるが、我が校の修学旅行は他の学校とは違うぞ」
「どーちがうんすかー!」
担任の言葉にクラスのチャラ男が声をあげる。
「修学旅行は2泊3日で行われるが、その間、終日自由行動だ」
自由行動という言葉に驚きの声をあげていくクラスメイトたち。
担任の話では俺たちの高校は生徒たちの『自主性』を重んじていということから話が始まる。
「2泊3日はお前たちの自主性を信じることにしている。 どこにいくのもお前たちが決めることができる」
「ま、マジで!? どこでも行っていいんスか!?」
表情を見ただけで、どう言った場所に行こうとしてるのかわかりそうな質問を投げかける男子生徒。
それに対して担任は怒ることなく黙って頷いていた。
「何が起きても自分たちで対処できるなら、それは構わないが、おまえが考えてそうな場所は高校生は出入り禁止の場所になっていると思うから最悪の事態が発生してそれこそ警察のご厄介になった際、学校としては即退学にするので考えて行動するようにな」
担任の言葉に質問を投げかけた男子生徒は意気消沈していた。
「大人になるための練習になると思ってよく考えて行動するようにな」
と、担任の言葉が締めくくられた。
その後は、グループを作っていくことになり、出来たところから旅行計画を立てていく。
もちろん俺のところに来たのは……
「かーなーとくーん! どこ行くよ?」
いつもなら爆睡している虎太郎が楽しみと言わんばかりの顔で俺の前の席に陣取っていた。
ちなみに本来の席主は別の席へと向かっていた。
「……伏見稲荷神社とか行ってみたいけど、虎太郎はどうなんだ?」
「京都と言ったら清水寺だっけ? 舞台から飛び降りるところで有名な」
どうやら虎太郎の中ではあの場所はバンジージャンプができる場所だと思っているのだろうか……。
そもそも清水寺だ。
「ねぇねぇ、カナトっち!」
虎太郎のくだらない話を聞いていると、横から声をかけられた。
そちらの方へと振り向くと、燃え上がるような赤い髪の持ち主である鹿島田有愛が立っていた。
その彼女の後ろにはこちらを覗き込むような姿の柚羽の姿も……。
「……なんだよ?」
「よかったら私たちもカナトっちのグループにいれてくれない?」
ちなみにアリアの後ろで柚羽が仲間になりたそうな目でこちらをみていたのだが、どうやら気づいたのは俺だけだったようだ。