60話 変わらぬ日常に吹き抜ける新たな風
「学校なんていきたくなーい! 奏翔と一緒にベッドの中でイチャコラしたいー!」
「それだけ元気あれば大丈夫だろ……」
新学期の初日。
身支度と朝食を済ませた柚羽は玄関の前で叫んでいた。
「今日は初日だし、校長の話が終われば帰れるから耐えろ」
「……帰ってきたらずっと一緒にいてくれる?」
柚羽は上目遣いに俺を見ていた。
「……虎太郎に捕まらなければな」
これまでなら学校帰りに昼飯とかファミレスに連れ去られそうな気がするが、今は咲奈ちゃんがいるからそれはないだろうと見ている。
「……わかった、それじゃ行ってきますー」
腑に落ちないと言った感じのまま柚羽は外へと出ていった。
さてと、俺も行く準備をしないと……。
「行ってきます」
いつも通りではあるが誰もいない空間に向けて言葉を投げかけると玄関を閉めて、しっかりと鍵をかけると駅へと向かって歩き出していった。
「……別々にいくのも、3年目になるのか」
ふと、そんなことを思ってしまう。
俺と柚羽は学校の時は知らない人と接していくために登校時間をずらしている。
小中学校とほぼ毎日一緒に登校していたので、高校でこの形をとった時、最初は慣れなかったのものの、続けていくうちに自然と慣れてしまっていた。
こうなったのは俺のせいでもあるし、今のこの状態は柚羽が望んでいることだ。
でも、ふとしたことで、柚羽と一緒に朝、学校に行ったり帰ったりできたらと思ってしまうことがある。
あいつのことだから、昔の感覚のまま俺の手を繋いで歩くに違いない。
そして、学校についたら何故か俺がクラスメイトから揶揄われるハメになるかもしれない。
それでも俺はいつも通り、呆れながら柚羽の顔を見るのだろう。
「……まったく、朝から何を考えているんだ俺は」
考えているうちに、気がつけば駅へと着いていた。
そしていつものる時間の電車に乗っていく。
学校に到着すると、校庭ではたくさんの生徒たちでごった返していた。
「そっか、2年生向けのクラス発表か」
生徒たちの前には横長の掲示板が設置されており、クラスと名前が書かれていた。
そう言えば去年の今頃、あの中に自分や柚羽がいたことを思い出していた。
「なんかクラス替えがないってのは寂しい感じがするな……」
そんなことを思いながら俺は校舎の中に入っていき、教室に向かおうとするが途中でクラスメイトに会い、教室が違うぞと声をかけられた。そう言えば今日から3年になるんだった。
教室の場所を聞き、教室の中に入っていくと見知った顔が何人かいて安心感があった。
クラスメイトたちに挨拶をしながら黒板に目を向けると、席の場所が書かれていた。
どうやら1学期なのでまずは名前順にしていくらしい。
「で、俺の席は……」
黒板に『藤野』と書かれた場所を見つけ、実際の席と照らし合わせていく。
前から3列目の窓側の場所が俺の席だった。
机にカバンを置くと、後ろから視線を感じて振り向くと窓側の一番後ろの席に柚羽が座って俺を見ていた。
そう言えば、小中学校、2年になったばかりの時は『わだづか』だからほぼ一番後ろだったことを思い出す。
柚羽は『えへへ』と言わんばかりの顔をして俺を見ていた。どうせ『奏翔の背中をじっくりみれる〜』とか思っているに違いない。
ブレザーの内ポケットに押し込んだスマホが揺れていたので、取り出して画面を見ると柚羽からのLIMEメッセージが届いていた。
Yuzuha.Wadaduka
『うへへ、奏翔の席が近いってサイコーじゃん!』
思っていたよりまともなことを考えていたようだ。
メッセージを送るのが面倒だったので、ため息をつくウシのスタンプで返した。
「あっぶねー! 新学期早々遅刻するかと思ったぜ」
大声を上げながら虎太郎が教室の中に入ってきて、俺の姿を見かけるとこちらへとやってきた。
「おっす奏翔、もしかして席って名前順に戻ったのか?」
「みたいだな、黒板に書いてあるぞ」
そう伝えると虎太郎は黒板を見ていく。
「げ、一番前かよ授業中寝れないだろ!?」
虎太郎の苗字が『おんだ』なので人数次第では後ろになることもあれば、前になることもある。
「もしかしたら3年の1学期は赤点取らずに済むかもしれないぞ」
「むしろ睡眠不足でこれまで以上に赤点が増えるかもしれない」
「……どっちにしろダメか」
俺はいつも通りため息をついていた。
「そういやさ、さっきセンセーたちが話してるのを聞いたんだけどさ」
「実は虎太郎は進級できないとか?」
「それなら補修の休みを返せって言いたくなるが……じゃなくて、このクラスに転入生がくるみたいだぜ?」
「……ホントかそれ?」
「しかも帰国子女って話だ、ってことは女ってことだよな?」
「……夏休みも補修受けた方がいいかもしれないな」
虎太郎は俺の言うことが理解できなかったのか、首を傾げていた。
ちなみに帰国子女の『子女』は息子や娘を指すので、女限定はない。
「マジかよ、楽しみにしてたのにガッカリした。帰っていいか?」
「わかった、担任にはサボったって伝えとく」
「何でそこまで俺を陥れようとするんだ!? 俺のこと嫌いなのか!?」
虎太郎の声にクラスの女子たちが一斉にこっちを向いていた。
それと同時にブレザーの内ポケットにあるスマホが揺れた。送ったのは俺の後ろのやつだろう。
取り出して、画面を見ると『好きなの?w』と書いてあった。
柚羽、家に帰ったら覚えてろ……。
そんなくだらないやり取りをしているうちにチャイムが鳴りだし、終わると同時に担任が教室の中に入ってきた。
2年時と変わらない先生で、相変わらず気だるさが表立っていた。これでも学年主任だというのだから人間、見かけで判断してはいけないと言うのは本当らしい。
「おー、みんな春休みは何事もなかったようだな。で、もうすでに出回ってると思うがこのクラスに転入生がくる」
担任が告げると、クラスメイトの男子がそわそわしながら大きく手を挙げていた。
「せんせー! 帰国子女って聞いたんスけど、女子ですよね!」
「あー、お前は帰国子女の意味を調べてくるように、まあ女子だな」
担任が告げると、クラスの男子は大声をあげていた。
もちろんその中には虎太郎も。
「時間もないし、早速入ってきてもらうか」
担任の声に応える様に教室のドアが開き、転入生らしき人物が入ってきた。
ショートボブの髪型はいいとして、その髪色を見てクラスメイトのほとんどが同じ声をあげていた。
——髪、赤すぎじゃないか……と。
そんな声を気にすることなく転入生の女子生徒はこちらを見て微笑んでいた。
お読みいただきありがとうございました!
3章に突入です!
そして、この作品が「面白かった」「ドキドキした」「2人のどうなるのか気になる!」と思った方は、
その際にこのページの下(広告の下)にある、
「☆☆☆☆☆」を押して評価をしてくださると作者はモチベーション爆上がりします!
ぜひページを閉じる前に評価いただけたら嬉しいです!
感想もぜひよろしくお願いします!