41話 お互いの趣味
「うーん、どれがいいんだろう?」
ショッピングモールにある家電量販店にて、柚羽は液タブコーナーで唸り声をあげていた。
柚羽は昔から絵を描くことが好きでよく教科書やノートの端に落書きをしていた。
俺らの両親が一緒に海外へ出張が決まった時、ほぼ使うことがない大型サイズのタブレットと専用のペンを貰い、描いていたのだが本格的に描きたくなったとかで付き添いとしてここにきていた。
「PCのパーツならそれなりに調べたからわかるけど、この辺はまったくわかんないな……」
柚羽と違って俺は絵心が全くないことがわかったので、この手の機器には関心が持てなかった。
「うーん、とりあえずお父さんのお勧めにしとこうかな」
そう呟いた柚羽は商品のカードを手にしていた。
かれこれ1時間近くこうして悩んでいたので、ようやく解放される……。
「おまたせー! えへへ、ついに買っちゃった」
会計を済ませた柚羽は嬉しそうな顔でこちらへと戻ってきた。
「洋介さんに前借りまでして買ったんだから、3日坊主になるなよ」
「私、そんなに飽きっぽくないし!」
「……ダウンロードコンテンツまで買ったウイッチボクササイズってのがあるんだが?」
こいつの推しの声優が声を務めているキャラ、結構な価格がしたんだが3日もしないうちにやらなくなっていた。
「私、過去のことは振り返らないようにしているの!」
そう言って柚羽は唇を尖らせていた。
「さてと買い物は終わったし、さっさと帰るか……飯の準備もしたいし」
「うん、私も早く液タブ使って絵を描きたい!」
そこは夕飯の準備を手伝うとか言ってくれたら、好きなハンバーグにしてやろうと思えるのに……
叶わぬことを思いながら俺は1人大きく息を吐き出していった。
「……悪い、次の階、見ていっていいか?」
家電量販店のエスカレーターを降りていく途中にある店内案内を見た俺は前に立っている柚羽に声をかけた。
「いいよー! 何を見るの?」
「カメラ」
俺たちはカメラのコーナーあがる階へと降りていった。
「あのカメラ、たしかユウさんがもってなかった?」
柚羽が指さしたのは、展示されていた一眼レフのカメラだった。
ちなみに彼女の言う『ユウさん』と言うのは俺の父親のことだ。
展示されているカメラに貼られた値段表を見ると、こちらは型式が新しいものになっていた。
「親父が持っているのはこれの前のモデルだな」
「そうなんだ、って何でわかるの?」
「俺が品行方正だからだ、いつもいかがわしいことを考えてる柚羽にはわからないだろうな」
「柚羽ちゃんは清楚系美少女だよ?」
「……ちょうどいい、録画機能のついてるカメラみつけて検証してやるよ」
「ってことはずっと録画されてるってこと!? もしかして録画したもので夜な夜な……!?」
「…………検証する必要なくなったな」
俺はため息をつきながら、フロアの奥へと進んでいった。
「あ、なにこれかわいいカメラがある!」
俺たちがやってきたのはカメラのフロアでも数多くの商品が展示されている、コンパクトデジタルカメラ、通称コンデジのコーナーだ。
父親が昔からカメラで撮影するのが好きなこともあり、俺もその影響を受けていた。
前に何度か父親の一眼レフカメラを借りていくつか写真を撮ったこともあり、そろそろ自分専用のカメラが欲しくなってきたが、一眼レフやミラーレスといったカメラは一介の高校生が出せる金額ではないので、まずはコンデジと思っていた。
それでも欲しくなったらバイトとかして金を貯めようかと……。そんなこと言ったら隣が何を言い出すかわからないが。
柚羽は手のひらサイズのカメラを見てはしゃいでいた。
その間に俺は目的のデジカメを探していく。
「おっ、あったあった……」
すぐに目的の商品を手に取って色々と見ていく。
ここへ来る前にネットでセールをやっているのを確認していた。
実際に触ってみて、気に入ったら買おうと思っている。
電源スイッチを押すと、レンズがゆっくりと出てきた。
「何か被写体になりそうなものは……」
真っ先に目についたのは小さなコンデジを見ている柚羽の姿。
背面の液晶で映っているのを確認してシャッターボタンを押していく。
ガチャっとカメラが発した音に驚いた柚羽はゆっくりとこっちを見ていた。
液晶画面には先ほどの柚羽の顔が表示されている。
「うわー! 盗撮だ! かなとのえっち! 撮影した私でひどいことするんでしょ!」
普通に撮影しただけなのに、ひどい言われようだな。
「……それなりに上手く撮れたと思うんだけど、どうだ?」
そう言って俺は液晶を柚羽に見せる。
「すごい美少女が写ってるね! いやあこれはスマホに保存して毎日、朝昼晩と3回以上拝む必要があるね」
「……自分で言ってて悲しくなってこないかそれ?」
ツッコミを入れつつも、店内の風景や、撮影用のパネルなどを様々な機能を使いながら撮っていく。
「これにしとくか」
もう一度値札を見てから財布の中身を確認すると、商品カードを取ってレジへと向かっていった。
「……柚羽」
「うん?」
「何で俺の部屋で、しかも俺の背中に寄りかかっているんだ……」
買い物を済ませた後、すぐに家へと帰り、夕飯や風呂などを済ませてから買ってきたものを見ていこうとしていた。
柚羽も同じでてっきり部屋で液タブを使って絵を描くものだと思っていたが、なぜか、前まで使っていたタブレットを持って俺の部屋にいた。
「そこに奏翔の背中があるからだよ?」
「俺の背中はいつから山と同じになったんだ……ってか液タブのセットアップ終わってないだろ?」
「そうだけど、セットアップに時間がかかるみたいだから今日はやめといた」
「今からやっとけば明日の朝からできるんじゃないか?」
俺の質問に対して、柚羽は俺の方を向く。
「……今日は全然奏翔にベッタリしてなかったから、今やってるんだよ、そうじゃないと『柚羽ちゃん欲求不満メーター』が暴走して奏翔のこと襲っちゃうかもしれないよ?」
「……初めて聞いたぞ、そんなメーター」
「とか言って、奏翔もこうしているのが落ち着くんじゃないの? いつもならすぐに移動しちゃうのに」
そう言って柚羽はニヤニヤと笑っていた。
「あぁそうだな……柚羽は被写体になりそうだしな!」
そう言って俺はセットアップを終えたコンデジのカメラを柚羽に向けるとすぐにシャッターボタンを押していった。
液晶画面には「それどういう意味!」と言いたそうに小動物の様に頬を膨らませた柚羽の顔が映ったのだった。
——記念の1枚として保存しておこう。
俺は液晶画面の保存ボタンをタップしたのだった。