40話 夢であるように夢の中で会えたら
「……何でそんなムスッとした顔で俺を見るんだよ」
「……奏翔が普通に起こしたから」
現時刻は数分で昼を迎えようとしていた。
長かったテスト休みも終わりを迎えようとしていたが、柚羽の体内時計は狂いまくっていた。
「どんな起し方ならよかったんだよ?」
「私の布団の中に潜り込んで、私の体を弄りながら耳元で優しく——」
「……俺がそんなことやると思ってるのか?」
「夢の中ではやってたよ!」
「……夢と現実の区別をつけろ」
どうやら俺が起こすまでの夢の中では俺と柚羽が乱れに乱れていたようだ。
それを嬉々として話すのだから聞いてるこっちは気まずくなってしまう。
そもそも何で俺は夢の中で……いや、考えるのはやめておこう。
「夢ってさ、自分が満足したい願望を表現したものらしいじゃん?」
「……あくまで一説だけどな」
「つまりは私の願望っていうのは——」
「——いいから早く飯食え」
「むぅ……最後まで聞いてくれたっていいじゃん」
柚羽はブツブツと文句を言いながら、用意したホットサンドを食べていった。
『明晰夢というものがありまして……』
昼食に使用したホットプレートと皿やコップを洗っていると、リビングからテレビの音が聞こえていた。
どうやら、柚羽がアニメを見るためにテレビをつけたようだ。
ふと、そちらに目をむけると、昼の情報番組が放映されており、『睡眠』をテーマに番組が進行していた。
『見たい夢を見るには内容のキーワードを書いたり、紙に書いたりしてイメージを膨らませます』
番組には睡眠を研究しているある大学の教授が解説をしている。
柚羽はアニメを見ずにその番組の釘付けになっていた。
「なるほど……まずはキーワードを書いてみよう」
スマホを取り出して、ぶつぶつと言いながら素早く指を動かして入力していった。
俺がテレビの方を向いていることに気づいた柚羽はニヤリと笑いながらこちらを見ていた。
「もしかして気になっちゃった?」
「……全然、というか、色んな意味で見るのが怖い」
「まあまあ、そんなこと言わずにユーもみちゃいなよ?」
柚羽はこちらにやってくると、スマホの画面を見せつけてきた。
画面にはメモ帳アプリが写っており、そこには箇条書きでいろんなキーワードが書かれていた。
「かわいい柚羽ちゃん、かっこいい奏翔、キス、だいしゅき、ホールド、ベッド、夜な夜な——」
その後もたくさんのキーワードが書かれていたが、口に出せるものではなかった。
「それであとは、絵を描いてイメージを具体的にすると……」
1人でつぶやいた柚羽はスマホを置いてそのまま2階へと上がっていくと、すぐにドタドタと音を立てて降りてくると、そのままの勢いでダイニングのドアを開けた。
「頼むから階段はゆっくり降りてくれ……」
ため息混じりに伝えるが、彼女の耳に入ることはなかった。
柚羽の手には元々は父親の洋介さんが使っていたタブレット端末とペンが握られていた。
「えっと、部屋は奏翔の部屋のベッドで……」
柚羽はスマホに入力していったキーワードと記憶を頼りにタブレットに絵を描いていく。
「たしか奏翔の顔はこんな感じで……やばい、思い出しただけで体が疼き出しそう」
ペンを動かしながら独り言を言い始めていた。
「せめて夢の中では理想の大きさにはしときたいからここは修正!」
色んなことを独りごちながら描いていた。
「うん、完成! みてみて!すごい出来でしょ?」
柚羽はタブレットを持ってこっちに見せてきたのはいいが……
どう見ても春画だった。
「……わざわざ俺に見せるな、俺までそんな夢をみたらどうしてくれるんだ」
「そうなった時は、迷わず私のところに来て続き、もしくは再現をお願いします!」
「誰がやるか!」
その後も柚羽はテレビで言われた通りのことをやっていった。
『イメージを膨らませたらあとは『素材』を集めます。例えば夢の中でBGMを流したい場合は寝る直前までその曲をリピート再生するとかして脳裏に焼き付ける。登場させたい人物がいれば一緒に過ごすとか……』
「一緒に過ごすか……」
そう言って柚羽は俺の方を見て、こちらに狙いを定めたかの如く目を光らせていた。
「じゃ、俺は洗濯物を干してくるから、あとはごゆっくり」
すぐにダイニングを出ようとするが、廊下に出る扉の前に先回りされてしまった。
そしてすぐに俺の手を掴んで行った。
「ふっふっふ、知らないのかい? 柚羽ちゃんからは逃げれないんだよ?」
おまえはいつからラスボスになったんだ。
「ってことで奏翔の部屋に行くよ! 善は急げ!」
そう言い出し、柚羽は俺の腕を掴んだままダイニングの扉を開け、2階へと向かっていった。
もちろん俺はそのまま抵抗できず引っ張られる形で……。
俺の部屋に来ると、柚羽は俺のベッドにダイブすると、そのまま布団の中に入っていった。
「奏翔のベッドは最高だぜ!」
「せっかく直したのにクシャクシャにするなよ……」
「まあ、そんなことより早く布団の中に入りたまえ!」
布団を捲りあげた柚羽はマットをポンポンと叩いていた。
この歳だからさっさと寝かせた方がこれからやることに集中ができるかもしれない。
そう思い、布団の中に入っていく。
「本来なら2人とも生まれたままの姿にならなきゃいけないけど、イメージを膨らませるだけだからそのままでいいよね……奏翔が望むならいつでも服を脱げるけど、どうする?」
「脱がなくて結構だ!」
「むぅ……この場に流されて了承してくれると思ったのに」
安心しろ、俺がそんなことにOKを出すことは絶対にない。
「えっと、このまま奏翔に抱きついて……」
色々と思い出しながら、柚羽は準備を行なっていった。
そして10分ほどが経った頃……
「……やっと寝たか」
俺の体に抱きついたまま心地よい寝息をたてていた。
「それじゃ、今のうちに……」
彼女を起こさないようにゆっくりと布団から出ていった。
「ふぅ……今日も色々と終わった」
あれから急いで掃除や洗濯などをやっていき、終わる頃には夕方近くになっていた。
その間、柚羽が起きることはなかった。
「流石にこれ以上は夜寝れなくなるから起こすか……」
自分の部屋に入ると、柚羽は眠たそうな表情のまま目を擦っていた。
「起きてたのか、もうすぐ夕方になるぞ」
柚羽は黙ったまま、布団からでるとそのまま俺に抱きついてきた。
「……どうした?」
「…………柚羽ちゃんはにゃんこになりました、あまえさせてにゃん」
「夢の中で一体何があったんだよ……」
その後、夕飯ができるまで、柚羽は俺から離れることはなかった。
中途半端な時間に寝てしまったのが原因で夜に寝付くことができず、次の日も昼前に起きていた。
ちなみに起きた時の言い訳が……
「……リアルで奏翔が何もしてくれないのが悪い!」
と、理不尽な文句を言っていた。
いったい俺にどうしろというんだ……考えただけで頭痛がしてきそうだ。