37話 奏翔の断罪と決断
「珍しく出かけたと思ったら……あの女と会ってるなんて」
「だって連絡が来たからちょっと嬉しくなって……」
口を尖らせながら答える柚羽。
それを聞いて俺はため息が出てしまう。
「まあまあ、無事だったからよかったじゃないか」
俺の後ろで総一郎が言葉を挟んできた。
「よかったな柚羽、こんな奴に襲われなくて」
「…………うん」
柚羽は静かに答えていた。
「長時間羽交い締めにしたんだから、そろそろそこから離れろ! ってか和田塚さんもリアルに納得しないで! ガチでヘコむから!」
総一郎の叫びに俺と柚羽は笑う。
「ったくこれじゃ中学の時とかわらねーじゃねーかよ、何で高校生なってもいじられなきゃいけないんだよ」
「……だって総一郎だしな」
「相変わらず心を抉ってくるよな、お前といい香凜といい……」
本人も気づかないうちに出た言葉だったのか、すぐに両手で口を塞いでいた。
「……柿生くんはあれからずっと香凜ちゃんと一緒にいたの?」
「同じ高校だしね、1年の時はクラス一緒だったけど2年になってから別々になったから、そこまで会うこともなかったけど」
そう話す総一郎の声のトーンが下がっていった。
「あいつと頻繁に会うようになったのは今年に入ってからだよ、たしか香凜が奏翔とバッタリあってからだな」
虎太郎に連れられてラーメンを食いに行ったのことだろう。
今になって思えば着いてくんじゃなかったと思えてくる。
「……香凜はずっとお前のことを見ていたんだよ」
総一郎は真剣な目で俺を見ていた。
「……それに奏翔、まだ香凜にはっきり言ってないだろ?」
「何を?」
「あいつの告白に対する返答」
総一郎の言うとおり、富水には何も返していなかった。
あの時は嫌というほど、女子から告白を受けていて、返すのが面倒になっていた。
だから、富水から連絡を受けた時……俺は無視をしてしまった。
「おそらく香凜も脈がないのは重々わかっていると思うぞ……直接言われるまで」
総一郎の言葉に重みを感じ、俺はすぐに言葉にすることができなかった。
「奏翔……」
考えていると柚羽が声をかけてきた。
「香凜ちゃんに会って、奏翔の答えを伝えてあげて」
柚羽はずっと俺の顔を見ていた。
「……なぁ、柚羽」
「おまえにとって富水ってどんな存在だ?」
俺の問いに「うーん」と唸っていたが、すぐにニコッと微笑んでいた。
「香凜ちゃんは私の友達だよ」
聞くまでもなかった。
優しい柚羽ならそう言うと思っていた。
俺が総一郎とこうして会うことができたのは柚羽のおかげでもある。
……あの時、柚羽が言ってくれなければ今でもずっと。
「わかった、富水に会ってくる」
それから俺は柚羽と一緒に総一郎の家を出て、まっすぐ家に帰った。
「ただいまー!」
玄関を開けると柚羽は真っ先にダイニングへと向かっていった。
「奏翔何か飲む?」
「ペットボトルの炭酸水で」
「わかったー!」
彼女に伝えると俺はそのままリビングに行き、ソファに座った。
久々に総一郎と会えたことは良かったけど……。
「すべては俺が原因か……」
背もたれに全体重を乗せていると、横から冷たいものが当たる
「疲れた?」
あたったのは柚羽に頼んだ炭酸水のペットボトルだった。
「……それなりにな」
柚羽から受け取ると、キャップを開けて飲んでいく。
思っていた以上に喉が渇いていたらしく結構な量を飲んでいた。
「ねえ知ってる? 疲れた時は柚羽ちゃんのハグが効果的なんだよ?」
「……どうせ今考えたんだろ?」
俺の返答に柚羽は小動物のように頬を膨らませていた。
「そんなこと言わずに素直にハグされちゃいなよ! 今ならクンカクンカとペロペロもおまけでついてくるよ?」
「抱きつきたいなら素直にいえ……それとおまけは結構だ」
俺がそう告げると柚羽はサイドテーブルに持ってきたミルクティを置いて俺の膝の上にのり、そのまま抱きしめてきた。
「あぁ……やばい〜! ものすごく気持ちよくなっちゃったから、いろんなところにちゅーしていい?」
「やるな」
「むぅ……柚羽ちゃんの愛情表現を無碍にするなんて〜」
そして柚羽は毎度のように俺の胸に顔を埋めていく。
「……柚羽」
「なーにー? 奏翔も気持ちよくなってきた?」
「…………俺のせいでたくさん苦しんだのになんで俺のそばにいてくれるんだ?」
俺の問いかけに柚羽は「うーん」と唸り声を上げていた。
「奏翔と一緒にいたいからだよ」
「でも俺のせいでお前は……大切な友達を失ったんだぞ、それなのに」
「奏翔……!」
柚羽が俺の名前を叫んでいた。
「私は奏翔のせいだって思ってないし、思いたくもない……それにいなくなった友達は全員じゃないよ」
柚羽はゆっくりと顔をあげる。
「奏翔は友達のままでいてくれた、昔もあの時もそして……今現在も!」
——安心しろ……俺はずっとお前の友達だ。
ふと、頭の中であの時、柚羽に言った言葉がよぎった。
「……そうだな」
柚羽は昔から外や学校では泣き虫で、鈍臭くて……クラスの男子に揶揄われては俺のところにきていた。
俺はコイツを助けるのが当たり前だったし、ずっとそうだと思っていた。
まさかこんなことで柚羽に助けられるとは思わなかったな……。
「……ありがとな、柚羽」
俺は柚羽の体を抱きしめながら口にしていた。
「お礼は言葉じゃなくて態度で示して欲しいなぁ」
「今日の夕飯ハンバーグにでもすればいいのか?」
「うぐ……それもいいけど、それよりもっと嬉しいことがいいの!」
「例えばなんだよ、俺を自由に扱える権利はお断りするぞ」
「……なら、今日は朝まで私と一緒にいるのは?」
「それぐらいならいいけど、どうせ寝落ちするだろ?」
「今日はぐっすり寝たからしない! それに寝ちゃったら奏翔のベッドで寝かせて!」
相変わらず、とんでもないことをお願いしてくるし……。
これをファンクラブの連中が知ったらどんな反応を見せるんだろうか。
見てみたい気がするが、命がいくつあっても足りなくなるのでやめておこう。
それに、こんな柚羽を見れるのは……古い付き合い、いや……
——彼女の唯一の友達である俺だけの特権だ。
「……さてと」
気持ちが落ち着いたところで、俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。
「どうしたの?」
「……おまえと今日の夜を過ごす前にやることやらないとな」
「今のすごくえちちじゃない? 夜を過ごすって聞いただけで体が疼いてきちゃったんだけど!」
「……それは自分でどうにかしてくれ」
俺は電話帳アプリを開き、着信拒否設定を解除してから通話を開始させた。
『もしもし、奏翔くん……!?』
通話ボタンを押して数秒でスピーカーから富水香凜の声が聞こえてきた。