36話 やっぱり俺は……(SIDE SOUIDHIRO)
「わ、和田塚さん……!? 香凜、おまえ何をしたんだよ!」
突然、スマホで香凜からの呼び出しが入り、指定のファミレスへといくと、そこには一部分が強調されたセーター姿の香凜と机に突っ伏している和田塚さんの姿があった。
「安心して、彼女のカフェオレの中に睡眠導入剤を入れただけだから」
香凜はスティックタイプの薬を俺に見せる。
よくCMで目にするやつだった。
「……こんなことしてどうするんだよ」
「もちろん奏翔くんに会う口実をつくるためよ、彼女がこんな風になれば彼だって無視するわけにはいかないでしょ?」
香凜の言うことに納得してしまう自分がいる。
それこそ奏翔の逆鱗に触れてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「……今なら彼女に好きなことできるわよ?」
「何だよ好きなことって?」
「彼女とあんたの純潔の卒業」
「おま……っ!!」
恥ずかしがる様子もなくとんでもないことを話す香凜に対して大声を上げる。
「さてと、それじゃ私は奏翔くんとの逢瀬の準備があるから行くわね」
香凜は席を立ってその場を去ろうとするが、すぐに立ち止まり、俺の方を向いた。
「……なんだよ?」
「あんたのためにこれを買っておいたわよ」
カバンから取り出し、俺に差し出したのは薄さがウリの商品の箱だった。
「ば、バカこんなとこで出すな!!!」
俺はすぐにパーカーのポケットの中にそれを押し込む。
「どうせ、店員の目が気になるとかで怖気ついて買えないと思ったから買っておいたのよ感謝しときなさい」
たしかに堂々と買いに行ける度胸もないし、そもそもそんな相手もいないから買う必要もないわけだが……
「それじゃ今度こそいくわね、お互い楽しみましょうね」
香凜は相変わらずの不適な笑みを浮かべながらその場を後にしていた。
「……どうすればいいんだよ」
俺は寝息を立てて寝ている和田塚さんの姿を見てため息が漏れていった。
「ただいま……」
和田塚さんを背負いながら何とか家に帰ることができた。
「あの店員さん絶対に納得してないよな……」
会計の際に彼女を背負っていたのだが、不審な顔をして見ていた。
「通報とかされたらどうするか……」
色々なことが頭をよぎる中、2階にある自分の部屋へと向かっていく。
運がいいのか悪いのかわからないが、決算の時期で忙しいらしく、土曜も仕事に追われていた。
そのため、家には俺1人しかいない。
部屋に入ると、和田塚さんをベッドの上に乗せる。
まだ夢の中なのか、寝息を立てていた。
目を覚ました時、どんな顔をするのだろうか……。
この前、香凜と一緒にライトアップされた駅のコンコースにいった時から考えていたことがあった。
俺は今でも和田塚さんのことを好きなのか……
彼女を背負って歩きながらもそればかり考えていた。
中学の頃の俺なら、喜びのあまり猛ダッシュで家に帰り、アニメに登場する怪盗のように彼女へダイブしているに違いない。
だけど……
「……やっぱそうだよな」
俺のベッドで無防備に眠る彼女を見て、そんな気分にはなれなかった。
家へ帰る途中、和田塚さんの家はわからないから、ボコられる覚悟で奏翔の家に行こうとも思った。
……けど、これは自分の気持ちを試すチャンスじゃないかと思っていた。
和田塚さんを家に連れていき、俺の気持ちがどう反応するのか……
もし、中学の時と変わらなかったどうしようか。
だが、そんな考えは杞憂に終わった。
「……やっぱり、あいつと一緒にいたほうがいいや」
どんなにいじられようが、皮肉を言われようが……
俺はあの女……
——富水香凜と一緒にいたいという気持ちが強くなっていた。
「……だからごめんな香凜、お前の計画ぶち壊させてもらうわ」
すぐにスマホを取り出して、通話を開始させる。
たぶんこの番号なら着信拒否はされてないだろう。
『もしもし藤野です』
「おっす、数日ぶりだな♪」
『……何でわざわざ自宅に電話なんかしたんだ?』
「だってさ、LIMEもスマホの番号も拒否されてたし」
俺が言うと奏翔は唸っていた。
『それで、何の用だ?』
奏翔は機嫌が悪そうな声だった。
その状態でこれを言ったらどうなるか、考えただけでも恐ろしくなるが……
「わ、和田塚さんは俺の家にいる」
『……は?』
「おまえの大事な和田塚柚羽さんは俺の家、ってかいま俺のベッドで寝てるんだよ」
奏翔は黙ったままだった。
そりゃそうだ……昔ならともかくあの一件以降、奏翔に取って俺は敵といっても過言ではない。
そんな相手の家、しかもベッドで寝てるなんて言われたらよほどのことが起きてると思ってしまう。
『……今からそっちに向かう、これだけは言っとくぞ』
「なんだよ?」
『……柚羽の身に何かあればただじゃおかない』
奏翔はそれだけを告げると一方的に電話を切った。
「……悪いな、香凜」
電話を終えてから30分ほど経って、家のインターホンが鳴り出した。
奏翔がきたのだろう。
ベッドに目を向けると和田塚さんはまだ寝ていた。
寝不足だったのか?
台所にあるドアホンを起動させると画面には黒いパーカー姿の奏翔が映っていた。
ここからでもわかるぐらい、機嫌が悪そうな顔をしている。
すぐに玄関にいき、ドアを開ける。
「いらっしゃい、家に来るのも久々だろ?」
と、わざとらしくフレンドリーに接するが……
「柚羽はどこだ……ッ!!!」
奏翔は俺を見るや否や、胸ぐらを掴んできた。
「う、うえに……ぐ、ぐるじい……!!!!」
思っていた以上に腕に力が入っており、声を出すのも苦しかった。
奏翔は胸ぐらを掴んでいた腕を離すと、2階へと上がっていった。
「柚羽……!」
ゆっくりと部屋に入ると、奏翔はベッドで寝ている和田塚さんの体をゆすっていた。
「和田塚さん寝不足だったのか? 全然起きる気配がないぞ」
後ろから俺が声をかけるが、奏翔はずっと彼女を見ていた。
「……おまえ、柚羽に何かしたのか?」
奏翔は鋭い目つきで俺を睨んでいた。
「してたらわざわざお前に連絡なんかするわけないだろ……」
奏翔は何も答えなかった。
「……中学の時ならわかんなかったけど、自分でも知らないうちに成長したのかもしれないな」
俺がつぶやくと奏翔は俺の顔をもう一度見ていた。
「どういうことだよ?」
「過去のことをいい思い出として残したってことだ」
「……わかるように言えよ」
奏翔はため息をついていた。
しばらくして、ずっと寝ていた和田塚さんがゆっくりと体を起こした。
「おはよう……あれ? ここどこ? あれ……奏翔に柿生くん??」
眠たそうに目をこすりながら俺と奏翔を交互に見ていた。
「柚羽……」
奏翔は和田塚さんに抱きついた。
「え……? か、奏翔……ど、どうしたの? ちょっと痛いー!」
和田塚さんが奏翔の背中をバシバシと叩くが奏翔は彼女を離すことはなかった。
「……ったく俺の家で見せつけてくれるな」
そう言いつつも微笑ましく見ていた。
「そういや客が来たのに何もだしてなかったな、適当に何かもってくるわ」
立ちあがろうとした時、ポトっと足元に何か落ちる。
「え……!?」
真っ先に反応をしめしたのは和田塚さんだった。
「柚羽、どうしたんだ……?」
「え……え……あ、あれ……」
和田塚さんは震えながら俺の足元を指さしていた。
それを追うように奏翔の視線も彼女の指先と同じ方向へ……。
「……総一郎、おまえまさか……!?」
俺も同じように足元へと視線を向けると……。
「げっ!?」
足元にはファミレスで香凜から受け取ったアレが落ちていた。
そういやずっとパーカーのポケットに入れっぱなしだったことを忘れていた。
「ち、ちがう……これはそうじゃなくて!」
「じゃあ、どういうことでそんなものを持っているんだよ……」
奏翔は和田塚さんから離れると、恐ろしい形相でこちらに近づいてきた。
両手の指をバキバキと鳴らしながら……
「そ、そんな顔するなってイケメンが台無しだぞ、ねえ和田塚さん?」
和田塚さんに話を振るが、彼女は反応することがなかった。
恥ずかしさや気まずさが出てきたのか、彼女の顔は真っ赤になっている。
「覚悟はできてるよな……総一郎?」
「せ、せめて言い訳だけさせてくれ!!」
「言い訳なんかいってんじゃねえええええ!!!!」
俺は奏翔に羽交い締めに合い、部屋中に俺の悶絶が響き渡っていった。
でも、昔に戻ったようでなんか楽しいと思えた。