33話 互いのために……!(SIDE KANATO → SOUICHIRO)
「奏翔、落ち着いた?」
「……たぶん落ち着いたと思う」
柚羽に抱きついてもらってから結構な時間が経っていた。
いつもなら夕飯を食べる時間だが、準備すらできていない。
「そろそろ晩飯の準備しないとな……」
「……ダメ」
柚羽から離れようとするが、逆に俺が力強く抱きしめられてしまう。
「ダメって……腹減ってるだろ?」
「……もうちょっとこうしていたいの!」
柚羽は俺の胸に顔を埋めて猫のように顔をふるふると左右に振っていた。
「別にいいけど、夜遅くに食って太っても文句言うなよ」
「……そうなったら奏翔に協力してもらうからいいもん」
「何を協力すればいいんだよ……」
「ベッドの中の運動……」
「……真面目に聞いた俺がバカだったよ」
俺の返答に柚羽は笑っていた。
「……奏翔」
「どうした?」
「柿生くんともっと一緒に遊びたかったんでしょ?」
「……そうだな」
柿生総一郎とは中学1年からの付き合いで、親友とも言えるやつだった。
卒業式の時にあんなことがなければ、今でも一緒に遊んでるかもしれない。
「……私はもう大丈夫だから、柿生くんのこと許してあげて」
柚羽は埋めていた顔をあげると、にっこりと微笑んでいた。
「だけどあいつは富水と協力したんだぞ……何でそんな相手を許せるんだよ」
「たしかにあの時は辛かったし、悲しかったけど……あの時よりも私、強くなったから平気!」
笑顔で話す柚羽の顔が眩しく見えた。
「それに奏翔、柿生くんと一緒に遊んでいる時すごく楽しそうだったもん、そんな奏翔を見ているだけで私も嬉しくなってたんだよ」
「……何だよ。お前天使かよ」
「今更知ったの? 『柚羽ちゃんマジ天使』って言葉があるんだよ?」
あぁ、知ってるよ……。
絶賛補習中の男がよく使っているからな。
絶対に意味違うが。
「でも、私が天使でいられるのは奏翔のおかげなんだよ……」
柚羽は顔を真っ赤にしながら何か呟いていた。
「なんか言ったか?」
「このまま奏翔を押し倒して1つになりたいって言ったの!」
「……今更顔真っ赤にして言うことかそれ?」
俺が言うと柚羽は「バーカ!」といった後勢いよく舌をこちらに向けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「人を呼び出すなんて、相当の暇人なのね」
夜のファミレスにて、ドリンクバー用のドリンクに継いだコーラを飲んでいると、いつものように皮肉めいたことを言いながら香凜が俺の前の席に座った。
「俺の呼び出しに応じるあたり、香凜も暇人ってことになるな」
「あんたと一緒にしないで欲しいわね」
「じゃあ、何をしてたか言ってみろ」
「奏翔くんへ愛の言葉をささやいていたのよ」
「あっそ……」
呆れた感じに反応すると、スネのあたりに衝撃が走る。
ジワジワとやってくる痛みに耐えていると目の前の女は微笑んでいた。
悪魔かこの女……。
「それで、呼び出したからには面白い話の1つや2つあるんでしょうね?」
奏翔の前では猫を被ったかのように変貌するのに、俺の前では高圧的になるのか……
ずっとこうだったので、苛立ちや惨めさはまったくないけど。
「……和田塚さんと奏翔にあった」
俺は素気なく話したが、目の前の女はものすごい勢いで食いついてきた。
「何でその時、連絡しなかったのよ……」
「できる状況ではなかったんだ」
和田塚さんはなぜか俺を見てビビってるし、奏翔にはものすごく睨まれるわキレられるわ散々な状態で連絡なんかできやしない。
そのことを思い出し、ため息をつくと再びスネに衝撃が走った。
「いってえよ! いちいちスネ蹴るな!」
「ため息ばかりついてると幸せが逃げるわよってことを教えてあげたの」
「だったら口で言え!」
そう言って俺はコップにあるコーラを飲み干す。
「何か今日は張り合いないわね……もしかして勢いで柚羽ちゃんにまた告白してフラれたのかしら?」
「さすがにフラれるのわかっていて二度も玉砕しねーし、したくねーよ」
俺の返答に香凜はふふっといつものような不適な笑みを浮かべていた。
「せっかく来てあげたんだからもったいぶらずに早くいいなさい」
香凜はワクワクと言った感じの表情をしていた。
「いや、……奏翔と昔のように戻れないのかなって」
俺が話すとさっきまで香凜が真顔になっていた。
「そうね、私と奏翔くんが付き合うようになったらあんたとも仲直りできるように——」
「……無理だよ、奏翔の意思はダイヤモンド並みに硬いぞ」
俺は奏翔からの伝言を香凜に伝える。
「奏翔はあの卒業式のこといまだに引っ張ってたよ」
「そう……」
いつもなら、俺を嘲笑うかのような対応をしてくるのに、珍しく沈んでいた。
どうせ話の話題が奏翔だからだと思うが。
「……まさか、それで落ち込んだから私を呼び出したと」
「その通りだ」
「何で私なのよ……」
「こういうこと言えるのが香凜ぐらいしかいなかった」
事情というか当事者だから話が早いし、中学からの付き合いということもある。
——いや、もしかしたら別の感情もあるのかもしれない。
「よく軽々しくそんなことが言えるわね……私じゃなかったら勘違いされるわよ」
香凜は若干顔を赤らめていた。
「……お前は勘違いしてくれないのか?」
咄嗟にでた言葉がこれだった。
言った後にとんでもないことを口にしていたことに気づくが、時すでに遅し。
「……勘違いされたいなら分相応な顔に生まれ変わってから言うことね」
「デスヨネー」
俺はそのまま机に顔を突っ伏していた。
いつも通りの返答が返ってきてちょっと一安心。
——それと同時に若干の虚しさを感じていた。
「……何か張り合いなくてつまらないわね」
今の俺を見て香凜はため息混じりに話していた。
「仕方ないわね……ちょっと付き合いなさい」
そう言って立ち上がる香凜。
「付き合うってどこだよ?」
「あんたは黙ってついてくればいいのよ」
俺は仕方なく、会計を済ませてから香凜と一緒に外へとでた。
もうすぐ3月だというのに肌寒く感じる。春はまだ遠いようだ。
「で、どこに行くんだ?」
「どこでもいいでしょ、何となく歩きたい気分なのよ」
香凜はそう告げると、俺の腕にしがみついてきた。
そのおかげなのか、腕から柔らかい感触が……。
「……鼻の下伸びてるわよ」
「男の性だよほっとけ」
「まさかとは思うけど、余計なところまで伸びてないわよね?」
「……さあな、自分で確かめてみたらどうだ?」
「奏翔くんのならともかく、汚らしいあんたのなんか見たくも触りたくもないわ」
相変わらずひどい言い方だ。
こう見えても毎日ちゃんと洗っているんだぞ。
「ほら、さっさと歩きなさい」
「わかったよ……」
相変わらず扱いが酷いものだが……慣れてきてしまっているのか
嫌だという感情はほとんどなかった。
——むしろ、このままこれが続けばとも思ってしまっていた。
香凜と一緒に向かった先は駅のコンコースだった。
ライトアップされており、この部分だけ華やかに彩られている。
周りを見ると、カップルだらけ。どう見ても俺たちには場違いだった。
「……やっぱり、あんた相手じゃときめかないわね」
コンコースを抜けて、駅のホームにある自動販売機で買ったジュースを飲んでいると香凜はふと呟いていた。
「……そっすか」
「やっぱ奏翔くんじゃないと無理みたいね、少しでも期待した私が愚かだったわ」
「……嘘でもいいからと、そこはときめいたとか楽しかったって言って欲しいもんだな」
「胸に触れただけで鼻と汚い棒を伸ばしてる人に言う価値はないわよ」
「純粋だから仕方ない」
実際に純粋なんだし。
「……だから、もう一度奏翔くんに自分の思いをぶつけるわ」
香凜は真顔でそう言い始めた。
「おまえさっきの話、忘れたのかよ……奏翔はもう——」
「——それぐらいで怖気付くようなら最初から言わないわよ」
香凜の言葉に俺は言葉が出なかった。
「それに私が奏翔くんと付き合えば、柚羽ちゃんは1人になって狙いやすくなるでしょ?」
ふふっと不適な笑みを浮かべる香凜。
正直俺にはわからなかった。
今でも和田塚さんを自分のものにしたいのか……
まかり間違って香凜が奏翔と付き合ってしまったら……こいつと今みたいな関係ではいられなくなる。
やっぱり俺は——
「そう……だな」
俺は考えをまとめることができず、適当に返事をしてしまう。
「その時は、あんたにもまた協力してもらうわ……触わらせてあげたんだから等価交換としては充分でしょ?」
自信たっぷりにそう話す香凜に対して俺は……
「それじゃ成功したら、最後にその爆乳をたっぷりと堪能させろよ」
両手で何かを掴むような動作をしながら話す。
「……発言が下品極まりないわね」
「男の子だから仕方ない」
俺の返答に香凜はわざとらしいため息をついていた。
——このままこいつとずっとこんな感じでいたいと心の中で思いながら。
お読みいただきありがとうございました!
「面白い」「続きが読みたい」と思った方は、
その際にこのページの下(広告の下)にある、
「☆☆☆☆☆」を押して評価をしてくださると泣いて喜びますので
ぜひページを閉じる前に評価いただけたら嬉しいです!
感想もぜひよろしくお願いします!