32話 総一郎と奏翔(SIDE YUZUHA → KANATO)
「柿生くん……?」
「そうそう、よかった覚えてたか〜」
目の前に現れた茶髪のチャラ男は中学の時のクラスメイトの男の子だった。
それにしても随分雰囲気が変わったような気がする。中学の時は黒髪で普通な感じの男の子だったのに。
すごく怖い感じがする。柿生くんだと分かっていても、逃げ出したい気分になる。
——奏翔、早く戻ってきて。
「結構買い込んでるなあ、もしかして夕飯の支度とか? 一度でいいから和田塚さんの手料理とか食べてみたいな」
柿生くんはカゴに入った食材を見ながらそう話していた。
レジの方を見ると、商品のスキャンに時間がかかっているのか、自分の番が来るのはまだ先のようだ。
「そうだ、久々にあったんだし、ファミレスで駄弁らない?」
「あ……でも、荷物あるから」
「へーきへーき、それじゃ俺が家まで持っていくから、その後でも」
何度も断るが、柿生くんは引き下がろうとはしなかった。
「それに、帰ったら夕飯の準備もしなきゃいけないし……」
もちろん作るのは私ではなく奏翔のため、この場を切り抜けるための嘘。
知っている人に嘘をつくのは気が引けるけど……今の柿生くんに着いていくのは何だか怖かった。
「じゃあ一緒に言って俺が味見を——」
柿生くんが嬉しそうに話していると、その後ろに1人の姿が立っていた。
「奏翔……!」
「へ……?」
私が声をかけると柿生くんが素っ頓狂な声を上げながら後ろを振り向く。
「か、奏翔……!?」
奏翔は柿生くんを睨みつけていた。
「な、何だ奏翔もいたのか、ひ、久しぶりだな元気してたか?」
声を震わせながら柿生くんは奏翔に声をかけていく。
だが、奏翔は相手にすることなく私の元へ来た。
「もしかしてわからなかったりする? 俺だよかき——」
「——わかってる、総一郎だろ」
奏翔は持ってきたワサビをカゴの中に入れながら答える。
「よかった、覚えててくれたか!」
「覚えてるよ……あの時に富水に協力した連中は特にな」
淡々と答える奏翔の言葉に柿生くんは目を大きく開けていた。
「後ろにお並びの方こちらへどうぞ!」
隣のレジが空き、店員さんが私たちへ向けて手をあげる。
それに気づいた奏翔はショッピングカートを移動させていった。
柿生くんはその場に立ち尽くしていた。
「柚羽……」
「うん?」
会計と袋詰めを終えてから店を出て、帰り道を歩いていると奏翔が小声で私を呼んだ。
「あそこのミラー見てみろ」
奏翔は荷物で両手が塞がっていたので、首をクイっと近くにあった丸い大きなミラーへと向けていた。
「柿生くん……!?」
「あまり大声を出すな……」
ミラーには柿生くんの姿が映っていた。
こちらに気づかれないように、かなりの距離を空けていた。
「……スマホを見て誤魔化しているけど、バレバレだ」
奏翔はため息混じりに呟いていた。
「どうする? 声かける?」
「……しなくていいだろ」
そう言って奏翔は荷物があまり入っていないビニール袋を私に渡す。
「これだけ持って先に家帰っててくれ」
「なんで?」
「……あいつに今の状況を知られたくないんだよ」
「柿生くん、私と奏翔が幼馴染ってことは知ってるよ?」
「……今一緒に住んでることは知らないだろ」
「うん、そうだけど……別に学校の人たちじゃないから平気だと思うけど」
「……俺が嫌なんだよ」
奏翔は嫌そうな顔を前面に出して私を見ていた。
「……とりあえずあそこの曲がったところで俺は総一郎を待ち伏せるから柚羽は先に帰ってくれ」
「う、うん……」
そして私たちは家へと向かって歩きはじめた。
奏翔が言っていた箇所を曲がったところで、奏翔は壁に張り付いて止まった。
「総一郎が来る前に行ってくれ」
柿生くんの方に目を向けながらそう告げる奏翔。
「奏翔、暴力はダメだからね!」
「別に総一郎だからいいだろ?」
「誰でもダメ! 約束守らないと一緒に寝てあげないよ!」
「……それして欲しいのはおまえの方だろ?」
「うぐ……」
図星をつかれて何も言えなかった。
「と、とりあえず! 暴力はダメだからね!」
「はいはい、わかったよ……」
奏翔は面倒くさそうに返事をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う、うわっ!!!」
暫くして総一郎が俺が待ち伏せている曲がり角を曲ると俺の姿に驚いていた。
「な、何だ奏翔じゃんか……また会うなんて奇遇だな」
驚いた表情で白々しく俺に話しかけてきた。
「……で、何のようだ?」
「な、何の用ってお、俺の家こっちのほうだけど?」
本人が気づいてるのかどうかわかならないが、完全に目が泳いでいた。
相変わらずバカ真面目っぷりだ。
「おまえの家は駅の反対側だろ……」
こいつの家は通っていた中学校から5分のところにあり、何度も学校帰り、よく遊びに行っていたのでよく覚えていた。
「そうなんだけどさあ、たまには違う道を通って帰ろうかなって!」
言葉で余裕がありそうに見せているが、顔中が汗でいっぱいになっている。
これが夏場なら誤魔化せたのかもしれないが。
「……何で柚羽に付き纏うんだ」
「付き纏うって、すごい悪意のある言い方してないか?」
「悪意がないと思っているのか? あの女に協力しといてよくそんなことが言えたもんだな」
「……ッ!」
総一郎は何かを言おうとしたが、口にださず唇を噛んでいた。
柚羽も待っていることだし、そのまま去ろうと思っていた。
「な、なあ奏翔!」
家へ向かおうと思っていると総一郎が俺の名前を呼んだ。
「……勘違いしないで欲しいんだ、香凜はお前のことが好きで……それが強すぎて——」
「——だからってあんなことをしていい理由にはならねーだろ!!!」
総一郎の言葉に腹が煮え繰り返るような気持ちになり、怒りをぶつける。
言われた方は驚いたのか、俺を見ながらガタガタと震えていた。
「……あの女にあってるのかどうか知らないが、会ったらこれだけは言っておいてくれ」
「……な、何をだよ」
「何度俺のところに来ようとも、あいつ(おまえ)の気持ちに応えるつもりはない……ってな」
そう言って俺は家へと向かって歩き出した。
「ま、待ってくれ奏翔!」
「……あと、俺の後をつけてきたら通報するんで」
それ以上総一郎は近づくことも話しかけることもなかった。
「……ただいま」
家に帰ると、2階からドタドタと音を立てて柚羽が降りてきた。
「おかえりー! 大丈夫だった?」
「……俺は至って平気だ」
俺は玄関で靴を脱ぐとすぐにダイニングに向かい、買ってきた食材を冷蔵庫の中にしまっていった。
今日は買ってきた刺身のパックだけだから、いつもより遅めに準備をしてもいいかもな。
冷蔵庫を閉めて、リビングに行くと柚羽がソファに座って録画したアニメを見ていた。柚羽の隣に座ってテレビの方へと視線を向けると、画面には2人の男キャラが肩を組んで喜びを分かち合っている場面が映っていた。
そう言えば中学の時はゲームでボスに勝ったりした時は2人で喜んでいたな。
あんなことが起きなければ、今もやっていたかもしれないな……
「奏翔……どうしたの?」
目の前に柚羽の姿があった。
と、いうかいつの間にか俺の膝の上に座っていた。
「どうしたって……いつも通りだろ?」
「ううん、涙出てるよ」
柚羽に言われてから頬に熱いものが伝っているのに気づく。
隠そうと思ったが、下手に隠せばまた怒られるかもしれない。
「柚羽、1つお願いしてもいいか?」
「いいよ! 奏翔が私にお願いって珍しいね!」
柚羽は嬉しそうな顔で俺の顔を見ていた。
「理由は後で話すから……抱きしめてくれないか?」
俺のお願いに柚羽は驚きの表情を見せるがすぐに笑顔に戻る。
「うん、いいよ♪」
そう言って俺に抱きついてきた。
俺も柚羽の背中に手をまわして力強く抱きしめる。
「……何で、こう……なっちまった……んだろうな」
俺は嗚咽を漏らしながら一人呟く。
それに応えるように柚羽は俺の頭を優しく撫でていった。