29話 アイツとの出会い(SIDE SOUICHIRO)
「まあそうだな……」
「それなら人のこととやかく言えた義理ではないわね」
そう言って香凜は俺にむけてマグカップを差し出す。
「何だよこれ?」
「どうせコーラ取りに行くんでしょ? それならカフェオレお願い」
香凜はにっこりと微笑んでいた。
その裏ではえげつない顔が潜んでいるのは知っている。
だが、俺はマグカップを受け取り、自分のコップを持って立ち上がった。
夜も近いせいか、客が増えていた。
ドリンクバーコーナーには列ができており、最後尾に並ぶ。
「和田塚柚羽さんか……」
その名前に呼び寄せられるように俺の脳内はあの時のことを映し出していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『その気持ちは嬉しいけど……ごめんなさい!』
長かった高校受験も終わり、中学とおさらばするまで1ヶ月が切ったある日の放課後。
俺、柿生総一郎はずっと思いを寄せていた相手に告白をした。
もちろん、成功するとは微塵も思っておらず、中学最後の思い出になればとか玉砕覚悟で行ったが、見事に俺の気持ちが彼女に届くことはなかった。
——あの子が思いを寄せる相手は知っていた。
その相手とはこのクラスで一番仲がいいといえる藤野奏翔だ。
その日は俺の心情を現しているかのような大雨だった。
この雨が俺の心を癒してくれるだろうと、今に思えば厨二くさいことを口にしながら傘をさして家に帰ろうとしていると、校門の前でずぶ濡れの女が立っていた。
「香凜!? どうしたんだよ……!」
クラスメイトの富水香凜だった。
1年の時に一緒のクラスになり、席替えで隣同士になってから話すようになった相手だ。
運が良いのか悪いのかわからないが、クラス替えが行われても同じクラスになるほどの腐れ縁となっている。
長い時間この場にいたのか、制服の袖からポタポタと水が垂れていた。
2月も終わりを迎えて徐々に暖かくなっているとはいえ、これだけずぶ濡れになれば寒いに決まっていた。
「……何よ、私のこと笑いにきたの?」
彼女を傘の中に入れると、下を向いたままそう呟いていた。
「理由もしらねーのに笑えるかよ、それよりもこのままじゃ風邪ひいちまうぞ!」
俺はすぐに香凜の手をとり、自分の家に向かって歩き出した。
「ほら、バスタオルとジャージ持ってきたから着替えろ」
向かった先は俺の家。学校からも近く、両親は共働きで夜遅くまで帰ってこないのでちょうど良かったとも言える。
洗面所へ香凜を連れていくとバスタオルと、俺が寝巻き用に使っているジャージを渡して着替えるように伝える。
「制服はハンガーにかけて風呂場のポールにかけてくれれば乾燥機かけるから」
そう言って俺は洗面所から出ようとするが……
「……いたければそこにいればいいじゃない。 それともこんな女の着替えなんて見る価値もないかしら」
香凜はずっとしたを向いたまま呟いていた。
頭の悪い俺でもわかるぐらい、彼女は自暴自棄になっていた。
香凜はクラスの中でも女子たちが羨ましがるほど、スタイルが良いと言われていた。
制服姿でもその部分は誰もがみてわかる。一度は拝みたいと思っていたから普段なら喜んでその場にいるところだが、今の彼女をみたらそんな気分にはなれなかった。
「俺は紳士だからそういうことはしねーんだよ、くだらないこと言ってないで、さっさと済ませろ」
俺は洗面所のドアを勢いよく閉めた。
それから20分ほどして、香凜が終わったと言ってきたので、ゆっくとドアを開ける。
いつものツインテールになっている髪は水で濡れたのもあるが、後ろへと垂れ下がっていた。
「……まさか、あんたのジャージに袖を通す日が来るなんてね」
香凜はため息をつきながら、手がスッポリと隠れた袖口をブラブラと揺らしていた。
その動きにグッときていたことはここだけの話だ。
「……随分と汚い部屋ね」
香凜を俺の部屋に連れてきた。
やましい気持ちはないかと言われたら嘘になるが、着替えている間に部屋のエアコンをつけたので冷えた体を温めるにはちょうど良いと思ったためだ。
彼女の言う通り、部屋にはマンガやゲーム機、ゲームソフトが散乱していた。
「悪かったな」
不貞腐れ気味に答えると香凜は不適な笑い方をしながらベッドの上に腰掛けていった。
俺は座布団の上に胡座をかく。
部屋に連れてきたのはいいが、話すことなど一切なかった。
いつも教室ではくだらないことを言って、呆れられるのが日常茶飯事だが、今日に限ってはそんなことができる雰囲気じゃなさそうだった。
「……理由を聞きたそうな顔をしてるわよ」
香凜に言われ、俺の心臓が跳ね上がっていた。
そんなつもりはなかったが、自分も知らないうちに表情にでてしまっていたのだろうか。
「下品なあんたのことだから、今の私なら慰めついでに純潔も卒業できそうと思っているのかしら?」
「ばっ……んなこと考えるわけ——」
「ないの?」
「——さーせん、少しは考えてました」
俺の返答に香凜は笑っていた。
いつものように皮肉を口にしたってことは少しは元気になったってことだろうか。
「さすがに私の貞操をアンタに捧げるのは分不相応ね、私が捧げる相手は1人しかいないわよ」
「……奏翔か」
俺の呟きに香凜は「そうよ」と答える。
「……まあ、それは叶いそうもないけど、見事にフラれちゃったし」
香凜は悲しそうな表情で天井を見上げていた。
その姿を見て俺は言葉が出なくなってしまう。
「……奇遇だな、俺も今日見事に玉砕してきたぜ」
重苦しくなった雰囲気に耐えきれず、笑いをとるために自分のことを話した。
「柚羽ちゃん?」
「そうだよ……玉砕覚悟で行って見事に飛び散ったぜ!」
俺は理由もなく変顔しながら親指を立てた。
これでこの雰囲気が明るくなるなら……そんな気持ちでやっていた。
だが、香凜は笑うことなく真剣そのものな表情で自身の顔をこっちに近づけていた。
あまりの近さに俺の心臓がドクドクと音を立て始める。
このまま押し倒されたりするのだろうかと、男なら乱れたシチュエーションに期待してしまうが……。
「総一郎くん、まだ柚羽ちゃんのこと、忘れらないわよね?」
香凜から放たれたのはこの言葉。
そりゃ告白するぐらいだから、すぐに忘れることは無理に決まっていた。
「まあ……そりゃな。 でも高校も違うし、気がつけばいい思い出になってると思うけどな、俺って単純だし」
笑いながら答える。香凜も一緒に笑ってくれると思ったが……先ほどよりも顔が険しくなっていた。
「……私はまだ、諦めてないわよ」
そして、俺は香凜からお互いの相手を獲得するためにある提案をされるのだが。
——この行動がきっかけであのようなことが起きるなど、この時の俺が知る由もなかった。
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