21話 奏翔の静かな怒りと献身的な彼女
「ねぇねぇ! 無視しないでよ、奏翔くん!」
俺があからさまな態度で相手にしていないのにも関わらず富水香凜は俺に声をかけていた。
ここまでされたら普通、その場から去ると思うんだけどな。
「あ、もしかして柚羽ちゃんと一緒だから誰とも話したくないとか?」
香凜はわざとらしい表情で同居人の名前を出していた。
「そうだよね〜、あの子、独占欲が強いもんね〜、そんな彼女のためなら何でも聞いちゃうのは仕方ないよね〜」
こちらを揶揄うかのように1人で喋り続けていた。
「……うるせぇよ」
「うん? 何か言った?」
「うるせぇって言ったんだ、それにお前の顔なんか二度と見たくないんだよ……」
「えぇ〜! 私はあれからもずっと奏翔くんに会いたいと思っていたんだよ?」
「……悪いが俺は会いたくもないし、おまえのことも思い出したくないんだ、それじゃあな」
この女と話しているだけで腹の中が煮え繰り返りそうになるほどイライラしていた。
これ以上ここにいると、この女を殴りたくなりそうなので、さっさと店の中に戻ることにした。
「お、奏翔こんなところにいたのかよ、それにしても長い電話だな!」
店のドアを開けようとした途端、反対側から開き、奥から虎太郎が姿を見せていた。
「……って、奏翔の知り合い?」
虎太郎の視線は香凜の方へと向いていた。
「なーんだ、お友達と一緒だったんだ、言ってくれればよかったのに〜」
香凜は不適な笑みを浮かべながら話すと俺の横を通り過ぎていくが……。
「今度は彼女さんにはナイショでゆっくり会おうね、奏翔くん……」
香凜は俺の耳元で囁く。俺はすぐに右手で振り払うが、空を切っていた。
「って奏翔! 今の可愛い子誰だよ!?」
「……さあな」
それはそう答えると不機嫌な顔のまま駅へと向かって歩いて行った。
「……今日は最悪な日だな」
虎太郎と別れ、家へと向かう電車の中でもイライラは止まらなかった。
電車を降りて、家まで歩いてればイライラも解消するかと思ったが、思い通りにならず帰宅してもダメだった。
「ただいま……」
家の中に入ると、ダイニングからはテレビの音が漏れていた。
聞き覚えのある声がするから、撮り溜めていたアニメの消化中なんだろう。
今の状態では柚羽に心配をかけるだけので、黙ったまま階段を上がって部屋に向かおうとするが……
「あれ、奏翔帰ってたの?」
タイミング悪くダイニングへ続くドアが開き、柚羽がこちらへと顔を覗かせていた。
「……悪い、ちょっと部屋に行ってる、飯は少しだけ待っててくれ」
そう言い残し、俺は早々に階段を上がって行った。
「どうしたんだろ奏翔……」
部屋に入り、鞄を椅子の上に置くとそのままベッドに倒れ込んだ。
ずっとイライラしていた影響で疲れがでたのかもしれない。
それに寝れば少しはこのイライラも……
布団に包み込まれながら、眠りにつこうと思っていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「かなとー、入るよー!」
声がすると同時に部屋のドアが開き、柚羽が入ってきた。
「寝るのは別にいいけど、着替えないと制服がクシャクシャになっちゃうよ?」
「……別にクシャクシャでいい」
俺の返答に柚羽は無言で俺のベッドに腰掛ける。
「奏翔……何かあったの?」
柚羽は俺の顔を覗き込むように見る。
「ちょっと疲れただけだ、少し寝れば……」
目を瞑り無理矢理にでも寝ようと思ったが、柚羽が俺の体を揺さぶるため、寝付くことができなかった。
「奏翔起きてよ!」
柚羽は俺の背中に手を入れて、精一杯の力を入れて起こそうとする。
「……わかった、起きるから体を揺するな」
これ以上寝るのは不可能だと判断し、ゆっくりと体を起こすと柚羽はベッドから立ち上がる。
「で、何があったの?」
「……本当に疲れただけなのに、何かあること前提かよ」
「だって奏翔、すぐに顔に出るし」
それは俺自身も知っている。だからこそ誰にも見つからず部屋に篭りたかった。
ましてや、柚羽に顔を見られれば何かあったのかすぐにバレるし、必要以上に心配させてしまうからだ。
「……大丈夫だ、大したことは——」
ないと言おうとすると、柚羽が俺の体を抱きしめていた。
彼女の胸元に俺の顔が当たり窮屈に感じる。
「何だよいきなり……」
「私のバインバインのお胸に包まれれば奏翔も素直になるかなと思って」
「……俺は子供か、それに——」
ないだろと言いかけて咳払いをして誤魔化す。
「……学校の方のショッピングモールで富水にバッタリ会った」
香凜の名前を出すと柚羽の体がビクッとしていた。
「香凜ちゃんか、懐かしいね〜! それでどうしたの?」
懐かしい感じを言葉にするが、柚羽の声は若干震えていた。
それに俺を抱きしめる力も強くなっている。
「……無視してたら、1人で勝手に喋ってた」
「なんか、香凜ちゃんらしいね」
柚羽は笑いながら答えていた。
本来なら笑っていられることではないのに……。
「あの女の顔を見たらイライラしてきて……下手すれば殴ってたかもしれない」
「……いくらなんでもそんなことしてないよね?」
「……我慢したよ」
「うん、そっか! 奏翔くんエライエライ!」
柚羽はいつぞやみたいに俺の髪の毛をワシャワシャと掻き乱していた。
「茶化すな……」
いつもなら柚羽の腕を振り払うところだが、そんな気分になれずコイツの好きなようにさせていた。
「いくら嫌いな相手でも女の子は殴っちゃダメだからね!」
またもや俺を抱きしめる力が強くなっていく。
「……でも、あの女はおまえのことを——」
「——それでもダメ!」
柚羽は大きな声で叫び出していた。
「奏翔は私のことを思ってくれてるのはわかるけど……私は人に手を挙げてる奏翔なんてみたくない!」
気がつけば柚羽の声は涙声になっていた。
「……わかったよ、そんなことしないから泣くなよ」
「…………うん」
柚羽は頷きながら俺の髪の毛をもう一度かき乱していた。
「……それとね奏翔」
「どうした?」
「外で色々なことがあったりするかもしれないけど……私にだけは隠しごとはしないでほしいの」
「って言われてもな……」
「もし、今日みたいなことがあったら、今みたいに抱きしめてあげるから……朝でも昼でも夜だっていい……それこそ毎日でもしてあげるから」
そう告げた柚羽は今まで抱きしめていた手を離す。
「それでいつものように優しい奏翔でいてくれるなら私は喜んでするから……」
まだ泣き止んでなかったのか、目尻に涙を溜めつつも笑顔で答えていた。
その顔を見て、俺は胸の辺りがズキンとしていた。
「……それじゃお前が疲れるだろ」
「私が困ったときは奏翔に言うよ」
「で、俺はどうすればいいんだ?」
「ぎゅっと抱きしめた後、ちゅーをしながら欲望のままに私の体を——」
「……すまん、真面目に聞いた俺が愚かだった」
真面目に聞いた俺が阿呆だったかもしれない。
俺の言葉に柚羽は毎度のようにニヤニヤとした顔になっていた。
「あ、そういえば……!」
「今度はどうした?」
「……頼んだアイスミルクティ買ってきてないでしょ?」
そういえばイライラですっかり忘れていた。
「悪い、今から買ってくる……」
「それじゃ私も行く! 夕飯前に運動すればご飯も美味しくなるし!」
「数日前までダイエットをしてたやつのセリフとは思えないな……」
制服から私服に着替えてから、2人で買い物へ出かけることに。
玄関から外へ出ると、柚羽は俺の手を力強く掴んでいた。
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