16話 新春、2人の思いは……?(SIDE YUZUHA)
「柚羽、そろそろ起きないと初日の出見れなくなるぞ」
「ふわ……!?」
とても気持ちいい夢を見ていた気がするけど、奏翔の声で現実に戻る。
体を彼のいる方へ向けると、奏翔が窓を少し開けて外の様子を見ていた。
日が昇る前のため、外は夜かと思えるぐらい真っ暗だった。
「日の出まで1時間以上あるってさ」
「そうなんだ〜」
部屋にある時計を見ると、いつもならまだまだ夢の中にいる時間だった。
ゆっくりと体を起こすけど、フラフラするし、ものすごく気持ち悪い。
口元を抑えると、奏翔が心配そうにこちらへ顔を近づけてきた。
「大丈夫か……?」
「おめでとう奏翔、パパになれたよ」
自分のお腹を両手でさすりながら奏翔の顔を見ると、毎度のように呆れた顔で私を見ていた。
もちろん冗談。そもそもあの行為をしたことがないのに、できたら喜ばしい話ではなくもはやそれは怪談話だ。
「……心配して損した」
「でも、気持ち悪いのはたしかだよ。 なんか頭もクラクラするし」
「そりゃそうだ、おまえ、昨日の夜に飲んでたのお酒だったぞ」
奏翔はため息混じりにテーブルの上に置いてあった空き缶を指差していた。
缶の表面にはりんごの絵が描かれており、その下に『これはアルコール飲料です』との表記もあった。
「間違えちゃった……てへ」
ウインクをしながら舌を出す……俗にいうぶりっ子ポーズで誤魔化すと、奏翔は大きく息を吐き出していた。
「二日酔いにはお茶がいいって前に聞いたことあるから、飲んどけよ……」
そう言って奏翔はテーブルの上に置いてあった急須の中にポットのお茶を淹れていく。
緑茶独特の匂いが鼻の中に入っていく。それだけでも胃の中がスッキリする気分になっていた。
「ほら、淹れたぞ」
「ありがと〜」
受け取った湯呑みの中には濃い緑色の緑茶が入っていた。
誰が見ても苦いと思えるほどの濃さだ。
いつもなら口をつけないけど、今日に限っては美味しそうに見えていた。
ゆっくりとお茶を飲んでいくと、熱いお茶が喉の中を通り過ぎていき、胃の中にある気持ち悪い成分を全て流しているような感覚になっていった。
「どうだ?」
奏翔も淹れたお茶を飲んでいた。
「うん、奏翔の熱くてとても濃くておいしいよ……」
その直後、奏翔はむせていた。
「あれ〜どうしたの? もしかして変な風な意味に聞こえちゃった? もう新年早々何を想像しちゃってるのかな〜?」
もちろん狙って言ったことだ。
彼の前でしかこんなことは言わない。言うつもりもない。
「それは俺のセリフだ!! いきなり変なこと言い出すな!」
咳がおさまった奏翔はすごい形相で私を見ていた。
「さてと、日の出まで30分前になったし、そろそろ着替えてとかしないとな」
淹れた緑茶を飲み終わると、奏翔はキャリバッグの整理をしていた。
私も自分のバッグを開けて、着替えをとると、奏翔の名前を呼ぶ。
「……どうしたんだ?」
「奏翔、着替えさせてー!」
子供のように手を彼の方に向けるが、奏翔は無言で右手の中指を弾く仕草を見せていた。
彼がデコピンをするときの事前動作だ。犬や猫でいうところの威嚇みたいなもの。
それをされるたびに、小学校に受けたときの記憶が蘇ってくる。
「もうー! 冗談を本気で受け取らないでよー!」
私は着替えを抱えながら急いで洗面所まで走っていった。
「……まったく」
微かに奏翔のぼやきが聞こえていた。
「……結局失敗に終わっちゃったか」
浴衣を脱ぎ、目の前の鏡に映った黒い下着姿の自分が映っていた。
上下の下着を外した記憶もなければ外された形跡が一切なく、昨日、お風呂に入った後から何も変わっていなかった。
「……私ってそんなに魅力ないのかなぁ」
大して膨らみのない一部の箇所のせいか、自分では子供だと思えてしまうこの不憫な体型。
体育の授業とかの着替えとかで同年代の子をみると、理想の体型をした子ばかりなのに……。
「どうしたら奏翔がその気になってくれるんだろう」
一緒に暮らし始めてから、あらゆる手法を使って奏翔をその気にさせようとしてきた。
彼の前でなら、えちちな単語を口にすることに対する恥ずかしさはない。
けれど、実際に行動に移すのは未経験といこともありってか抵抗はある。
だから、よくアニメやラノベにありそうな様々な理由からヒロインがお酒を飲み、酔った勢いで主人公に迫るというシチュエーションをやってみた。
ちなみに小学校の時、私と奏翔のお父さんが晩酌をしている時、奏翔と一緒に炭酸飲料を飲んで顔を真っ赤にしたことがあった。その時に私はノンアルコールの炭酸でも酔ってしまう体質であることを知った。
おかげでその次の日は頭痛や気持ち悪くなるなど散々な思いをしたのだけれども。
だけど、その体質を活かせるならここしかない!
と、一念発起して炭酸飲料を買ったつもりが、まさか本当のお酒を買ってしまい、酔いの許容量を超えてしまい、結果的に記憶がふっとぶまで寝てしまったようだ。
……なんたる不覚!って前にプレイしていた時に聞いたキャラのセリフが頭をよぎる。
「……めげても仕方ない、次の方法を考えよう」
両頬をパチンと手で挟むように軽く叩き、持ってきた服に着替える。
ちなみに今日のパーカーは奏翔のものを拝借している。
着替えてから、色々と準備をしてから洗面所を出ると、奏翔が窓側に立っていた。
外はそれがうっすらと明るくなっている。
「やっと出てきたか、もうすぐ日が昇ってくるぞ」
すぐに私も窓側に行き、彼の隣に立つ。
そして数分が経ち、ゆっくりと太陽が昇りだしていった。
「「うわ、まぶしっ!?」」
太陽が完全に昇りきり、日差しがこちらへと突き刺さり、2人揃って同じ言葉を口にして、思わず笑い出してしまう。
「……柚羽」
笑い終わった奏翔は私の顔を見ていた。
も、もしかして外国映画みたいなことをしたりしちゃうの!?
もちろん私は彼の気持ちを無碍にするわけにはいかない!
ここは彼の気持ちを汲んで受け入れるほかない!
私はゆっくりと目を瞑り、彼の方へ唇を寄せていくが……
「あけましておめでとう、今年も宜しくな」
彼から出てきたのは新年の挨拶だけだった。
拍子抜けしてしまいそうになるが、すぐにいつも通りの私に戻り——
「あけましておめでとう! 今年も一緒にいようね!」
と、返した。
どうやら私の願いが成就はまだまだ前途多難のようだ。
でも、彼と一緒にいられるだけで幸せ。
——それが、私と他の子との違いなのだから。