遥かなる道
「………」
ライラにとてつもない真実を突き付けられた俺はライラに用意された家のベッドで寝込んでいた。
神界製のベッドの寝心地は最高ではあったが、それよりも100億円が請求されている事実にただただ苦しむ。
脳裏に思い浮かぶのは与えられた力を乱用する自分自身の姿。
もしもあの頃に戻れるのならば…
ちゃんと話を聞いていたら…
神の力に頼らずにしっかりと努力をしていれば…
そもそもニートという楽な環境に逃げずにしっかりと就職をしていれば…
「父ちゃん、母ちゃん、ごめん…ごめん…」
両親に対する謝罪の言葉を力なく呟き続ける。
ニート暮らしで散々迷惑をかけた上に異世界で100億円、召喚先の世界のレートで1兆ゴルドの借金を抱えた。
一億ゴルドあれば召喚先の世界なら大きな城が10城は買える金額だ。
それの一万倍という請求にあらゆる気力が失われている。
しかしその一方で請求に納得している自分がいる。
たしかに百億円というのは高額だ。
しかし、裏を返せば100億円で神の力を行使する体験が出来たというでもある。
世界の金の半分を手中に収めたとされるマリの国王であるマンサ・ムーサを始め、ローマ皇帝カエサルや始皇帝など歴史において莫大な財産を築き上げた人物は数あれど、神の力を行使できたものは唯の一人もいなかった。
そんな中、一介のニートに過ぎなかった俺は借り物とはいえ神の力を行使して世界を救うという空前絶後の経験を得た。
元の世界において誰も成しえなかったこの体験には100億円を遥かに超える価値があった、と無理やり前向きに考える。
「失礼します。食事をお持ちいたしました」
不意に扉が開き、ライラの眷属である龍の少女ハルカが食事を乗せた盆を持って入室する。
「ああ、ありがとうございます」
力なく起き上がって食事をとる。
腹が減っていたのもあるが、つらい現実から少しでも逃れようと箸を動かす。
精神が参ってしまっているのだろう…食器、食材、料理人…すべてが一流を超えているはずなのに全く味がしない。
それでも何とか食事を終え、食器を丁寧に盆に置く。
「ライラ様が執務室でお待ちです、心が落ち着いたらお越しください」
「あ、ああ」
一礼して退出するハルカ。
深呼吸して心をなんとか落ち着けると、鉛のように重い足をなんとか動かして部屋を出る。
古代中国を想起させるデザインの屋敷。
睡蓮の浮かぶ池に囲まれた東屋でくつろぐ白髭の老仙人を横目にライラの執務室へ向かう。
槍と鎧着で武装した門番に用件を伝えて入れてもらい、執務室へ向かう。
透かし彫りのデザインがされた扉。
それをノックして扉を開く。
「失礼します」
一礼して入室する。
「お待ちしておりました。」
書類の積まれた机を挟んで声をかけるライラ。
彼女の前に進み出て用件を尋ねる。
「支払いに向けたプランを用意いたしました。」
書類を差し出すライラ。
そこには今後の活動内容が記載されている。
『施工管理アシスタント事務
内容 地上世界のインフラをはじめとする復興作業の施工管理のアシスタント。
建築資材の手配や作業現場の安全管理等。
月給3000ゴルド。
副業可
交通費等、必要経費は全額支給』
『支払い契約書
金額 100億円
利息 無し。
支払い 月末 当月の収入の10%
備考 日本円の時価レートに換算して支払い』
ライラから渡された書類を読む。
「えっと『せこうかんり』って何ですか?」
聞きなれない単語に困惑する。
「施工管理とは、建設現場において工事を安全かつ高品質で工期以内に完了するように管理する業務です。
先の戦いで地上は大いに傷つき、インフラをはじめとする設備が破壊されてしまっているため、人々は困窮した生活を強いられております。
そのために各国はこれから復興に向けた工事に力を入れることになります。
ですのであなたにはこの事業に参加する形で支払いを進めていただきます。
会社は地上の民の救済を兼ねてこちらで用意いたします」
「つまり、あなたを社長として部下として働くということですか?」
「そうなります。もちろん必要なノウハウはしっかり教育いたしますのでご安心を。
それでは私はこれから起業の手続きがありますので、お引き取りください」