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請求は100億円

何事にも代償はつきものである。

「勇者アサヒ、魔王討伐の使命ご苦労さまでした」

 各所に置かれた魔法灯が照らす夜の王都を見渡せる霊山の頂上に建てられた神殿の中で、透き通った声色で女神ライラが厳かに告げる。

 白の羽衣を纏い、古代中国の神官のような衣装に身を包んだ女性。

 そんな彼女に俺はもはや不要となった魔剣を女神に返却する。

「確かに受け取りました」

 羽衣をなびかせながら両手で魔剣を受け取る女神。

 これで俺はただの引きこもりニートに逆戻りだ。

 ライラ曰く「引きこもりニートは居てもいなくても社会的には何も変わらない」という理由で連れてこられた俺は多くの仲間と出会い、広い世界を見た。

 鬱蒼と生い茂った森林、巨大魚の泳ぐ大海、古代文明の遺跡、魔物に支配されてもなおも抗おうとする人々。

 同じ部屋に閉じこもり続けていた俺にはどれもが鮮烈な体験だった。

 元の世界に戻ったら直ぐにでも引きこもりニートをやめて真面目に働こうと、そう思った。

 その気持ちは今も変わりはない。

 残念なのはこの出来事や経験を就職する時の履歴書に書けないことだけど...まあそういう夢を見ていたという事にしよう。

 元の世界へ繋がる扉を向いてそんな考えを始めた時、彼女は静かに俺の肩をポンポンと叩いた。

「なんですか?」

「まだ何かあるのか?」と振り返る俺にすかさず彼女は1枚の紙を差し出した。


『請求書

 勇者キムラアサヒ様

 魔剣及び貸与した魔法で使用した回数分の代価として100億円請求致します。

 女神ライラ』


「.............は?」

 書かれた書面の内容に思考がフリーズする。

「えむぴーぶんのたいか?たいよ?」

 不意打ちで突きつけられた文言を棒読みで復唱する。

「初めに言った筈ですよ『これらの力は所詮は借り物。使用する代償として使用したMPに応じた料金を日本円で請求いたしますので調子に乗って使いすぎてはいけませんよ。』と」

「...そうでしたっけ?」

「ええ、ちゃんと言いましたよ。もっとも貴方は与えられた力に浮かれて話しを全く聞いていなかったようですが」

 ブオンと音を立ててその時の証拠映像が中空に映し出される。


―――すげぇぇぇ!これが女神の力か!

―――はい、あらゆる属性を持つ魔剣と当世界における最高魔術。

 この力ならば暗黒に染められた世界に光をもたらすことが出来るでしょう。しかし勇者よ、これらの力は所詮は借り物。使用する代償として使用回数に応じた料金を日本円で請求いたしますので調子に乗って使いすぎてはいけませんよ。

 あくまでも自分の実力でこの世界を…って勇者!?

―――よっしゃああああぁぁぁぁぁぁ!待ってろよ異世界!


 ライラの話を後半まで聞くことなくイキリながら異世界への扉へ突撃する俺の姿を最後に映像は途切れた。

「以上です。ご理解いただけましたか?アサヒ様」

「マジかよ...」

 途端にサラ金業者のような嫌に丁寧な声色になったライラ。

 対する俺は自分の置かれた状況に膝から崩れ落ちる。

「さて、それでは契約通りにお支払い頂きます。」

 そう言ってライラは俺の懐から問答無用で神速で財布と次元収納袋を取り出す。

「すべて換金して合計50万ゴルド、日本円に換算致しまして5000円になります」

「ごせっ!?」

 伝説級のモンスターの素材、高難易度ダンジョンの奥に眠っていた秘宝、百を超えるクエストをこなしてコツコツ貯めた貯金。

 それらがたったの五千円にしかならないということに絶句する。

「まず、日本国とこの世界の経済事情は大きく異なります。

 バブル崩壊以降より不況が続いているとはいえ、およそ80年の間に大きな戦争がなく、極めて高度な文明を誇る日本国の通貨は各世界の中でも特に高いレートで取引されております。

 対するこの世界は日本国よりも文明が遥かに遅れており、また魔王の支配から解放された直後ですが裏を返せば絶対的な支配者を失った状況ともいえます。

 曲がりなりにも支配者を失った以上、有力勢力がこの世界を代わりに支配しようと蜂起することが予見されます。

 つまりこの世界はこれから大きな戦争の炎に包まれることでしょう。

 そうなれば更にゴルドの価値は落ちて行きます」

 為替レート差の説明を一通り終えると、背を向ける。

 「皮肉なことですが、私は人間たちの退魔の願いから生み出された存在。私なりの手法でその役目を果たそうとしただけであり、他意はありません」

 魔王討伐に沸く下界を見下ろしながら静かな声で言葉を続ける。

「目的はどうであれ、私のした事は結果的にこの世界に人間同士の終わりのない争いをもたらすことになります。その罰として私は下界に堕とされそして―――」

 どことなく儚げな姿で滔々と語り出す女神。

 しかしそんな彼女の言葉は99億9999万5千円の請求残高に頭がいっぱいの俺には欠片も届いていない。

 刹那、一発の花火が空に煌めく。

 どうやら魔王討伐を予期して予め用意されていたらしく、その一発を皮切りに豪華絢爛な祝福の花火がこちらの心情などお構いなしに夜空を彩り始める。

 話を最後まで聞かなかったばっかりに残り99億9999万5千円の返済義務を抱えた俺と、人々の祈りに応えた結果、新たなる災厄の引き金を引いた女神ライラ。

 魔王の支配から解放され、平和な時代が来ると信じている人々とそれを否定した女神の残酷な予言。

 重苦しい空間の中、光芒を曳きながらうち上がり続けるそれらを虚ろな目で眺めながら俺は現実から少しでも逃れようと静かにつぶやいた。

「綺麗な花火……」

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