魔王討伐
女神から与えられた力で魔王を討伐した勇者キムラアサヒ。
しかし彼は唯一にして致命的なミスを犯していた。
魔王討伐から始まる新たな物語。
「愚かな...我を倒してもいずれ第二、第三の魔王が現れるだろう...」
物語でよく聞くセリフを吐いて魔王ダーダネルスは倒れ伏した。
その骸は風に吹かれた砂塵のように霧散し、直後にゴゴゴと大きな音を立てて主を失った魔王城が揺動する。
魔王を打ち倒した感慨や達成感に浸る刹那の間もなく俺達は急いで崩落する魔王城からの脱出を開始する。
亡き主に対する最期の忠誠か、それともヤケになっているのか道中では小さな魔物たちが群れをなして俺たちの足止めを行うが、この世界に召喚されてきた時に女神から下賜された超高等魔法と魔剣のスキルで蹴散らす。
ゲームに例えれば序盤の敵に最上級の必殺技を撃つかの如くMPの無駄遣いではあるが魔王を打ち倒したらどうせ元の世界に帰還するのだからどうでもいい。
大きなイベントのフィナーレの大花火の様に火焔魔法、雷撃魔法、水流魔法、神獣召喚などド派手な魔法を繰り出して景気よく蹴散らす。
脱出した刹那、城が轟音を立てて完全に崩壊する。
「危なかったわね」
女魔法使いのアイナが息を整えながら話しかける。
「僕たち、勝てたんだよね?」
「ああ、やってやったぜ」
アイナに続いてアストロ、エルガーが口を開く。
その表情にはこの上ない達成感に満ち溢れている。
「コイツらとも、ここでお別れ ..か」
全身を駆け巡る達成感と壮大な冒険小説を読み終わったかのような寂寥感を抱きながら、塵芥まみれの全身のまま星々が満ち溢れた夜空を見上げる。
「空ってこんなにも綺麗だったんですね」
古びた魔導書を抱えながらアストロが静かにつぶやく。
魔王ダーダネルスによって暗黒に染められた空。
空を覆い尽くし、人々の心を暗黒色に染め上げていた漆黒の雲は今は欠片もなく、これからは輝かしい太陽と月がこの世界を燦然と照らしてゆくだろう。
「今までありがとう、みんな」
女神から渡された魔剣を鞘に仕舞い、パーティの皆に頭を下げて感謝の意を示す。
「そっか、お別れか...」
どこか寂しげな表情のアイナ。
「コイツ、お前のことが好きだったんだぜ?」
「なっ何を言っているんだ!?エルガー!」
顔を真っ赤にしながらアイナが酷く動揺する。
「これが最後の機会だ、言える内に言っておけ」
「.......」
しばし俯くと、アイナはおもむろに口を開く。
「アタシ、アンタと出会ってから色々な世界を見て、そして知ったんだ。
人同士の絆って奴を。
アタシさ、昔からずっと一人で生きてきて誰も信じようとしなかったんだ。
そんなアタシをアンタは救ってくれた。感謝しているよ
出来ればこれからも一緒にいたかったけど、アンタにも帰るべき場所があるんだろ?
だから、アタシのことを綺麗さっぱり忘れて幸せに生きなよ」
止めどなく流れる涙を流しながら、精一杯の笑顔のアイナ。
そんな彼女を俺は静かに抱きしめる。
「ありがとう...」
彼女が静かにそう呟いた時、俺を囲む様に光の柱が現れる。
それはこの世界から別れる時が来たとこを告げていた。
「もう、終わってしまうのか...」
リリース当初からやりこんでいたソシャゲーがサービス終了したかのような、なんとも言えない無常感に包まれながら、光の柱をエレベーターのように垂直に昇ってゆく。
勇者として王に謁見した荘厳華麗な王城、何度も寝泊まりした宿屋、魔王の支配におびえる人々の心のよりどころとなっていた教会、エルフやドワーフなど多種多様な種族と出会った冒険者ギルドなど、ありとあらゆる光景が目まぐるしく脳裏を駆け巡った。