9話 ⬛︎⬛︎との出会い
流赤森。それは深部に行けば行く程強い魔物が居る危険地帯だ。入口付近にはゴブリンやオーク、その奥へ行けばサイクロプスやオーガ。更に奥へ行けば竜が居たりもする。戦闘能力が高く無い人間は強い護衛を2人程連れて行き守ってもらう必要性がある。
そんな森の中で御者は目を覚ました。
「ん……はっ!あの子は……!」
御者は意識と体を無理やり勢い良く起こす。すると目の前には見慣れた者の見慣れない姿が2つあった。
「ひぃぃっ!?な、何なんだ一体!」
御者は悲鳴を上げながら自然と立ち上がり、後退りして身を構える。
地面に頭をつけている2人の男達はそれを認識し、心の底から謝罪をした。
「この度は本当に申し訳ありませんでした……!」
「これからは全力で護衛をさせていただけないでしょうか!」
「……は?」
御者は呆気に取られた。それも当然、自分に矢をねじ込み悪魔の所業を実行し成そうとする様な奴らが土下座し謝罪をしているのだ。
御者は一体何があったのかと考え、その悪魔である2人と話をする事を決意した。どのみち2人がその気になれば自分の命はここまでだという事も理解していた。
2人は淡々と少女について語り、自分達の犯した罪やそれに対する反省等、様々な事を御者に告げた。それも何度も何度も謝罪を重ねながら……。
「そ、そんな事が……。わかりました、謝罪を受け取りましょう。どちらにしてもこの森はお2人の様な護衛が居なくては通り抜ける事が出来ませんから。……しっかりと護衛をお願いしますよ。」
「ありがとうございます、勿論です。」「自分達にお任せ下さい。」
「……はぁ。」
御者は小さくため息をつき、馬車に乗る。
「さ、お2人も早く乗ってください。」
「「はい!」」
御者は馬車を引く魔物を見て、ふと思う。こちらの方がよっぽど賢く、偉い。飼育した魔物の方が護衛としても使えるのでは、と。
「あの子は……。」
一体何者だったのか。森の中で1人、こんな時間から歩いている。御者は、次会った時は是非ともお礼の品を渡さなくてはと決心した。
実感が湧くことは無かったが、御者は少女に救われた事を理解した。故に、ただ只管に少女に感謝した。
◆
裁来は森を抜け、景色が開けた場所へと足を踏み入れていた。
「お、あれが例の村か。」
その前方には明らかな人工物がある。高い木造の柵、そしてそれよりも高い位置にある見張り台。
出会った御者はあそこから来たのだと確信が持てた。
裁来はふと自分の身なりを気にした。
「装備に血がついたりしてるな……。装備切り替えて戻したら元通りになってたりとかしないかな……。」
裁来は装備品を頭に浮かべ、1度適当な装備と今の装備を全身入れ替え、そして元の装備に戻した。すると全ての装備品は新品の様な輝きを取り戻す。
「おぉ、普通に出来るし。」
そして裁来は少し前の出来事を思い出す。2人の男との戦闘の事だ。
この装備品はどれもレベル最大者しか装備出来ないエンドコンテンツの最強装備。防御力はかなり高い筈だ。それにあの矢は穴を空けた。――もしかして結構強かった?それにしては……。
裁来の脳内には新しい疑問も浮かんだ。そもそも装備品自体は攻撃を受けてダメージを受けるのか。ゲームに無かった装備の耐久性、それが存在しているのか。とにかく、まだまだ分からない事だらけだ。
裁来は色々な事を考えながら道を歩いた。道は間違い無く村に伸びており、村からは何方向かに道が伸びている。
裁来は村へと続く道を歩きながら村を見据える。今のところ村から出入りしている人は1人も見ていない。というか、その様子が全く無い。
裁来が村まで近付くと見張り台に居た人間が動くのが確認出来た。何やら村の中に指示を出している様に見える。裁来の位置からは何を言っているのか聞き取れない。
更に裁来が村へと近付くと、村の入口の門、重たそうな扉が開いた。そしてその中からは2人の人間が出てくる。白髪の老婆と黒髪の少女だ。老婆は当然の事ながら黒髪の少女は裁来より少し歳上に見える。そしてそれらは裁来に向かって一直線に歩いて来た。
裁来はまず2人の装備に目がいった。これはゲザムワンザストをプレイしていたが故の癖の様なものだ。ジョブの確認。2人は盾と剣を装備していた。――片手剣、ブレイヴのジョブか?
このまま接近され剣を抜かれるような事があれば……と裁来は思考する。それは先程不意打ちをされた為に生まれた思考だった。
裁来はただ警戒し、人と話す事で生まれる筈の謎の緊張も忘れる。
そして白髪の老婆が裁来に近付き、話しかけた。
「おはよう、昨日とは違って良い天気だねぇ。」
これはただの挨拶に見えるが、老婆の意図はそんなものじゃなかった。安全面の確認の為の挨拶だ。
最近の魔物は素性や得体が知れない。その上でこんな少女が流赤森から1人でやって来た。そんな事は有り得ない。
老婆は何にせよ、まず言葉が通じるのかを確認したのだ。
「おはようって事はやっぱり朝なんだな。後昨日の天気は夜中の事しか知らないな。」
過去の会話でもそうだったが、裁来には敬語という概念を忘却していた。何故ならゲーム内で裁来が敬語を使う事が無かった為だ。
老婆は裁来の返答を聞いて警戒心を強めた。発言の内容が余りに変だった為だ。何より姿からは想像出来ない様な言葉遣いだ。
だが言葉は通じた為、老婆は裁来との会話を続けようと言葉を投げかける。
「おやおやこれは。まだ昼にはなってないと思うがねぇ。ま、天気の事もさておき……こんな所をどうして1人で歩いているんだい?」
それは裁来からしてみても当然の質問だった。だがそれには細かく答えようも無いし説明出来る様な事も無い。強いて言うなら……。
「村があるって聞いたからこの道を進もうと思った。」
その返答は裁来にとって当たり前のものであり、老婆にとっては意味不明なものだった。
この答えは人間として余りに単純過ぎる。こんな所を1人で子供が歩いているのにも明確な理由が無ければおかしい。
「そうかい、それでいつから、何処から歩いてきたんだい?」
老婆は更に詳しく質問する。そしてこの質問にはちゃんとした理由があった。これがどちらもわからないようであれば魔物の可能性が高いからだ。人間はその2つの質問に的確に答えられるし、答えられなくてはおかしい。
「ん〜、多分夜中からで、何処からってのはあの森からだ。」
裁来は正しく事実を告げたが余りに大雑把だった。
老婆にとってこの答えは少女が自分は魔物ですよと言っている様なものでしかなかった。歩き始めた時間はおよそ理解している様なのに、何処の村等という提示が無い。それどころか森から歩いて来た等と言っている。
老婆は決して警戒を解く事はしなかった。会話出来る程の知能を持つ魔物は強力で危険だ。何より警戒すべきと思わせたのはその瞳だ。一見すると普通の目だが、コレはどこか人間とは違う。その何かから見えるものは人間として余りに壊れている。こんな少女にしては、余りに壊れすぎている。だから危険だと自分に言い聞かせた。
とはいえまだ魔物であるという確信は持てない。万が一ただの少女だった場合殺す事は決していけない。だからまたしても質問を投げかける。
「ならお父さんやお母さんは?森の中の何処から、もっと詳しい場所は言えないかい?夜中っていうのはどれくらいの時間だい?それから……。」
老婆はあれこれと裁来に質問を投げる。
だがその質問に裁来が答える前に別の声がそれを止めた。黒髪の少女が声を上げたのだ。
「もう良いわ、おばあちゃん。多分大丈夫よ。……貴女、夜中からずーっと歩いてきた訳?」
老婆と似たような質問だが、それは根本的に違う意味合いを持っていた。
「ずっと?ずっとかはわからないけど、歩き始めてからほぼ休まなかったな。」
老婆は傍から見てその会話を止めたかった。自分の長い経験はそれが危険だと常に知らせていた。だが、少女達は会話を止める事を知らず、続けた。
「そうなのね。あ、言い忘れてた。私はマイヤ・ノア・ニカル。この村の住人よ。森から歩いてきたなら疲れてるだろうし、休んでいくと良いわ。」
「そうか?うーん……じゃ、遠慮無く。なんて呼べば良い?」
「ニカルで良いわ、ほら、入って入って。」
「ありがと、ニカル。」
「いいのよ、お礼なんて。」
裁来は言われるがままに村へと足を向けた。その上でニカルからは警戒心を感じなかった事に疑問を覚える。少しくらいは警戒を持つべきなのに、そこにあったのは……。
ニカルは完全な善意で裁来を村へと招き入れた。ニカルは直感的に裁来を自分達には敵意害意共に無しと判断したのだ。
「ニカル、正気かい!?アレがもし少女に化けた魔物だったら危険だよ!」
老婆は結果はどうあれその判断が危険だとニカルに伝えた。老婆からすれば村の中に爆発寸前の強力な魔法を入れたのと同じ様な事だった。
だがニカルはそれが自分より圧倒的に経験がある老婆の意見と理解しながらもそれを聞くことはせず、自分の直感を信じた。
「私は……間違ってないと思う。あの子が魔物だなんてとても信じられないし。それに魔物って言うよりかは……何かでどこかが壊れているニンゲンの様に見えたわ。」
ニカルの勘は良く当たる方だった。だが老婆には時間と経験がある。老婆はニカルがそう発言しても絶対に警戒を解く事はしなかった。
「そうかい、私は警戒しておくからね。」
「私は警戒なんてしないわよ。」
2人は歩く裁来の背中を追いかけるように村へと入る。
この村は住人が500人に満たない。家は大まかに見て基本的に似たような構造が多く、1階と地下室で構成されている。村の中には畑があったり井戸があったり。一見すると此処はそんな一般的な村だ。