8話 空白
少女は笑みを浮かべながら手を前に翳す。裁来はその行動を前回記憶していた為、その手の直線上から左側へと退避した。
「え?」
だが、退避したところで結果は変わらなかった。少女の手は裁来を追うように翳され、突風は裁来を襲った。謎の破裂音を鳴らし、またしても裁来の右腕は吹き飛んだ。
「あらあら、大丈夫かしら?」
「……全然大丈夫さ。」
「ふふふ。」
裁来は余裕そうに笑みを浮かべる少女を見ながら、冷や汗をかきながらポーションで回復する。
――どうすれば良い?敵の攻撃は余りに未知数で強い事は間違いない。タンクジョブに切り替えて防御?でもそれで倒せるのか……?
裁来は少しの時間で色々を考えたが、やはり敵を倒すのであれば魔法剣士しかないと考えた。
自分のもので無くなった右手から剣を回収し、再び握る。
魔法剣士はまず敵に攻撃を当てなければ何も始まらない。魔法剣士は攻撃したら敵から魔力を吸収出来る。だからとにかく一撃を与えなければ。
「レイスシフト。」
裁来はレイスシフト使用中に近付き攻撃する方法を選んだ。レイスシフト使用中は1秒間だけ無敵になれる。それを利用して攻撃すれば、一撃くらいは与えられるはずだ。
裁来は計算通りに距離を詰めて、剣に属性を宿らせる。
「炎奪斬!」
レイスシフト終了直後、裁来はスキルを使用して少女を攻撃した。剣は間違いなく届き、間違いなく触れた。
だが、気が付いた時には裁来の体は宙を舞っていた。裁来は何が起きたかも認識出来ず、何も理解出来ぬまま吹き飛んだ。
魔力は吸収出来ている。攻撃自体は当たった。裁来は地面に手を突き、起き上がりながら考える。
「考え事?」
「は……!?」
そんな裁来の背後には、前方に居たはずの少女が居た。
裁来がそれを認識した直後には、体に無数の針が向かってきていた。
「くっ……!」
裁来は咄嗟にレイスシフトを使用して回避した。レイスシフトはクールタイムが短く扱いやすい。
裁来は距離を取りたいと考えたが、攻撃を当てて倒すなら少女の近くにいる必要性があると考え、あえてレイスシフト使用中にそれ程移動をしなかった。
その判断は完全に間違っていた。裁来がレイスシフト終了時になり姿を現すと少女は瞬時に裁来を攻撃した。
「がはっ……!」
「思ってたよりも遅いのね。」
またしても突風。確実に先程のものより威力が上がっていた。
そしてそれを受けてしまった裁来の腹部には、穴が空いていた。
裁来はすぐさまポーションで回復する。感覚的にも感じ取れていたが、余りに体力が減少していた。
「危ねぇな……。」
「う〜ん、これでもたったそれだけ、か。」
少女は裁来を確認しながら発言する。裁来にはその発言の意図が一切わからないし、そもそも何の事かもわからない。わかるのは、少女が自分の事を実験材料として見ているという事。
「なら次はこうするわね。」
「……。」
裁来は何が来るかと身構える。あの少女の事だ。自分にとってろくでもない、とんでもない事をしてくるに違いない。
正にその通り。少女が両手を上げると、その背後には無数の針の様なモノが大量に出現した。そしてそれは、裁来を的確に、反応出来ない様な速度で発射される。
「ぐぁ……っ!」
その大量の針は裁来の体に穴を開け、容赦無く貫通する。咄嗟に左手に出したポーションさえ貫き、回復も許さない。
故に裁来は針を撃たれている最中に咄嗟にレイスシフトを発動した。針は裁来の居た場所を通過し、地面に突き刺さる。
「そこね?」
「え。」
裁来がレイスシフトを使用し、その状態での移動を終えて回復しようとした瞬間、その肉体は空中に持ち上がった。
「なん……だ、これ……!」
裁来の体は首を絞められながら、何かに持ち上げられていた。見れば少女の背中辺りから半透明な白い腕の様なものが裁来に伸びていた。
裁来の体は穴が空いた状態のままで、地面には血液が流れ落ちていた。
「ふふ、捕まえた。じゃあ、実験の続きをするわね。」
「お前……!電奪刺!」
裁来は白い手の様な、自分を掴んでいるモノに攻撃しようとする。だが、スキルは何故か発動しなかった。電気が纏われなかったのだ。
「何で……!」
「抵抗は無駄。それじゃ次は四肢を斬り落とすわね。」
「……なん、て?」
少女の発言の直後だった。ひゅん、と音が鳴ると裁来の四肢は綺麗にスパッと斬れ、その後ボトッと落下した。
裁来はその時、何故か冷静になれた。――何だ。こんな事で良いならいくらでも耐えらそうだ。
「……えっと……自分の四肢が斬り落とされた事、わかってる?」
「え?うん。斬り落とされてるね。」
「……そう。」
初めて、少女の顔が歪んだ。
少女は裁来の肉体を見て嫌悪する。身体中に穴が空き、四肢は欠損している。それでも尚、あたかもそれが正常かのように生きている。それがとても気持ち悪い。
確かに、居るには居る。腕を斬り落とされようと、勇敢に立ち向かう戦士の様な人間が。だけどコレは違う。根本的に、違う。これは、悪い意味で……。
「じゃあ、これなら、貴方は苦しむかしら!?」
裁来の顔に向けて槍があてがわれる。目のほんの数センチ先に、紅く刺々しい槍。それでも裁来は何も焦る事は無かった。
「やってみろよ。多分苦しまないぞ。」
「へ、へぇ、そうなの。なら、お望み通りやってあげるわ。」
槍はゆっくりと裁来の目に刺さった。そして更に前進を続ける。槍は裁来の顔面にどんどん突き刺さり、血液をびしゃびしゃと飛ばす。それは果物が潰れて果汁が飛び散る惨状に似ていた。
槍は当たり前の様に裁来の頭を貫き、後頭部まで貫通していた。だが、それでも裁来は生命活動を停止する事も無く、意識を失う事も無く、冷静に話をしていた。
「どう?ちゃんと貫通した?」
「……これで、どうしてあそこまで……。」
少女の目に映るものは全てが異質で歪だった。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。今も尚当たり前の様に活動する肉体も、至って冷静に会話が出来る精神状態も。
何より少女にとって不思議だったのは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の⬛︎まり具合だ。これでこの程度しか⬛︎まらないのなら、あの幼さであそこまで⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が⬛︎まっているのは絶対におかしい。
少女は振り返る。あの⬛︎の⬛︎を。確かにそれは強大で強力な筈だ。扱いには注意しなくてはいけない理由も充分に理解出来る。
「じ、充分な実験結果は得られたし、良しとするわ。ほら、回復してあげるわよ……ヒール。」
少女は裁来の体を持ち上げる事をやめ、体力を回復、体を再生させた。
裁来はその行動の意味がわからずに質問した。
「殺す訳じゃないのか?実験とか言ってるけど、一体これは何なんだ?」
「別になんでも。貴方に教えるような事では無いわ。」
その時、少女の余裕は完全に消え去っていた。
――目の前に居るのは化け物だ。力の使い方を理解していない化け物だ。確実に殺せる相手なのに、殺される予感しかない。
少女はそんな矛盾を頭に浮かべていた。
とはいえ、そもそもとして少女は⬛︎⬛︎⬛︎に殺すなと言われている。万が一があるかもしれない為だ。その理由は最初はわからなかったが、今はその理由を正しく認識している。
一方で裁来はコイツ、殺せるんじゃね?と考えていた。明らかな力の差、先程の戦闘を考えれば勝てるはずも無いのに、一方的に殺せるようなそんな予感がしていた。
そして、裁来の脳内に1つ言葉が過ぎる。
――もう、我慢しなくても良いんじゃない?
裁来は脳が一種の思考停止に陥る感覚を理解した。確かに、何故、何を我慢しているのだろうか。⬛︎⬛︎の言う通りだ。⬛︎せばいい。⬛︎せばいい。全部、全部全部全部全部、コロせばイイ。
「それじゃ悪いけど、実験結果として報告する必要性があるから記憶は貰っていくわね。そんなに力は無いけど……あぁ、どうせ忘れるのだし関係無かったわね。」
少女は裁来に手を翳す。そして、今この時の記憶を回収した。そして、すぐに⬛︎⬛︎⬛︎をつくりその場から退散した。
「……あれ?俺……。」
裁来は辺りを見渡す。頭が何故かぐちゃぐちゃだ。森を歩いていただけなのに何故か頭がぐちゃぐちゃだ。
裁来は後ろを振り返り、先程の男達が御者に土下座しているのを確認する。
「何だ?この違和感。……まぁいいか。」
裁来は今何かしようとしてたっけ?と考えながら足を前に進めた。森の出口はすぐ目の前だ。