6話 ヒト
裁来に突然話しかけたのはその馬車を運転する御者だった。金髪に青い瞳で体型は普通。裁来にはその者がよくいるNPCの様に映っていた。
裁来はそれでも話しかけられたのだから、と質問へと返答をする。
「1人で、何で此処に居るかは……わからない。」
裁来は目を見て話そうと思ったがそれは何故か叶わなかった。とても目を見て話すだなんて事は出来なかった。
裁来は冷静では無く、言葉が通じるという何よりの情報さえ得ていた事に気が付けなかった。
すると御者の声を聞いたのか、馬車の荷車からは2人の男性が降りてきた。
「一体どうされ……おや、この少女は?」
「こんな所にガキとは驚いたな。迷子か?捨て子か?それとも……何かが化けてやがんのか?」
細身と、真逆にガタイが良い者達。細身の方は弓を、ガタイの良い方は大剣を背中に所持している。
ガタイの良い方が裁来を覗き込む様に凝視し、裁来はそれを受け後退りをしたかったが足は動かなかった。
先程の発言に対する意見やらを裁来は発言したかったが、覗き込まれる様なその男の圧に言葉も出なかった。
そしてその裁来が困っている様に見えたのか、御者が口を男に向けて開く。
「何かが化けているなんて事は無いでしょう。どう見ても大人しい少女じゃありませんか。恐らく……いえ、とにかくその圧をかける様な行為はやめていただけませんか。」
「おう、そうか。そんな感じなのか。んでどうする?拾って村にでも引き返すか?」
「それが良いでしょうね。こんな積んである荷物よりこちらの方が余程重要です。」
御者とガタイの良い男は裁来を置いて会話する。御者は男に恐らく捨てられた子供だとハッキリ伝えなかったが、男はそれを汲み取り察した。
ガタイの良い男は裁来を睨みつけ凝視するのを止め、裁来はそのタイミングで逃げという選択肢を思い付いたがそれは一瞬でキャンセルされた。大人しく従うしか無いのだろうか、と思考が巡る。
御者は裁来に念の為、と確認を取る事にした。少女を置いて勝手に話を進めても理解は出来ないだろうし、突然連れて行ったらそれこそ怖いだろうと考えたのだ。
「えっと、これから近くの村に向かうんだけど、馬車に一緒に乗っていくかい?見たところ1人なんだろう?」
裁来は御者が近くの村と発言したのを聞き逃さなかった。
そして裁来は未来の状況を頭で考える。――狭い荷車でこの男達と3人か、御者の隣で2人か。御者が悪人には見えないがそれは自分が苦痛だろう。
裁来はもしもの事を考えて御者に質問した。
「この近くには村があるの?」
その瞳は間違いなく御者に向けられていた。だが、同時に何をも、何処をも見ていなかった。死んだ様な意思も光も無い、そんな良くない瞳。それに御者は違和感を覚えながらも質問に答えた。
「え、あ、あぁうん、そうだよ。この道を行けばクラリーという村があるんだ。距離は結構近いかな。そこには強い人達が沢山居るし、君を保護出来ると思う。とにかく、こんな森に居るよりかは安全だと思うよ。」
「そうなんだ……ありがとう。近いならそこまでは1人で行けると思う、多分。だから、有難いけど大丈夫。馬車、止めちゃってごめんなさい。」
御者は聞かれてもいない事を丁寧に細かく教えたが、裁来はそれを断った。
裁来は人と過ごす時間が苦痛であると予想し考えたのだ。距離が近いなら歩いて行けるし、わざわざ馬車で送って貰う必要性も無かった。
御者の目には、断る少女の姿が悲しそうにしている様に映った。余りに非力で弱々しく、今にも倒れてしまいそうに見えていた。だがその裏で、あの瞳を忘れる事は出来なかった。
「そ、そうかい?わかったよ。でも気を付けてね。私達が来た時は魔物は居なかったけど万が一があるから。」
「うん、親切にどうもありがとう。」
御者は少女に向けた言葉が本当に正しかったのかとすぐに脳内で反省した。
御者からしてみればあの目は有り得ないものだった。恐怖を感じたし、近付いてもいけない気がした。だが本当にそれで良かったのか。たった今1人の少女を突き放しただけでは無いのか……。
護衛として雇われていた2人は何も言わなかった。
裁来は言葉を告げ、すぐに足を前へと進めていた。欲しかった情報が何かも忘れ、謎の緊張を覚え、抱えたままその場をそそくさと後にした。
裁来はこれで良かったのだと考える。何よりあの人達と普通の会話を出来る様な気がしなかった。自分が壊れてしまう様な予感があった。この判断は正しい、自分は間違っていない。そう言い聞かせる様に頭で言葉を紡ぎ、後ろを振り返らず歩く。
すると後ろで突如、パスン、という音が鳴り響いた。そして同時に裁来は肩にドン、という衝撃を感じると同時に、その音がまるでゲザムワンザストにあるジョブの1つである、アーチャーの攻撃時の様な音だと思った。
「え?」
裁来が衝撃を感じた自分の肩へと目を向けると、そこには間違いなく弓矢が刺さっていた。
裁来は音のした背後を確認する様に背後に目を向け、その事実を確認した。
その視界の先には、弓を持ってニヤリと笑っている細身の男が立っていた。その姿はまるで、今弓矢を撃ちましたよ、と言わんばかりの体勢だった。
裁来がその事実を正しく認識すると、裁来の視界はぐわんと揺れた。それは正に眠気だった。
「これ……睡眠、効果……。」
裁来の体がガクッと動いたのを男達は確認し、細身の横に立っていたガタイの良い男が剣を手に持ちながら裁来の方へと走った。
裁来は歪む視界を前へと戻しながらも、インベントリから状態異常回復ポーションを取り出し、それを開け一気に体に流し入れた。眠気が一瞬で吹き飛んだのを理解し、そのまま肩にある矢を引き抜く。
その直後の裁来の口から漏れた言葉は、
「なんで。」
という短いものだった。
裁来は攻撃された事が悲しかった。親切な人達だったと内心で思いかけていた。攻撃してくる意味もわからなかった。
だが、そんな事よりも。裁来はダメージを受けた感覚を感じていた。矢を引き抜いた時に確信出来ていた事ではあったが、それは矢が装備を貫通してきた、という事だ。裁来が現在装備しているのは裁来のお気に入りの服だった。単純に13歳の子供の心境として、服に穴が空いた事がとても悲しかったのだ。
気が付けば剣を持った男は裁来のすぐ背後にまで来ていた。
男は剣を振り上げ、刃は横を向いている。矢の睡眠に乗じた打撲による気絶を狙っている為だ。そしてその剣は男によって容赦無く振り下ろされる。
「運が悪かったな!おらっ!」
その剣はそのまま少女の頭へと勢い良く向かった。敵が魔物で、刃が下を向いていれば間違いなく真っ二つだ。
そして凄まじい勢いで振り下ろされた剣が音を鳴らした。だがその音は、巨大な大剣で少女の頭を打った様なものでは断じてなかった。