2話 記憶喪失
ソフィアという肉体は、まず自分の状況を整理するところから始めた。気が付き起きたら見知らぬ場所に居た事。その直後魔物に襲われて倒した事。それらを一旦正しく理解し、良くはないが取り敢えず良しとした。
問題なのはやはり記憶の事だった。
此処での最初の記憶は何者かに何かを返すと言われた事。ソレはいくら考えても返されたものが何かわからなかった。手元にある剣だったりするのかもしれないと考えたりもしたが、そういった物を渡された様な感じではなかったと考えた。
「……後で考えるか。」
ソレはそれを考える以前にもっと大切な事があると思い、まずはそちらから整理する事に決めた。
ソレの肉体、頭の中には間違いなく2つの記憶があった。そのせいで気が付いてから暫くの間記憶がどうなっているか理解出来なかった。
そして色々な事を理解していく上で、とある共通点がある事に気が付いた。それは2つの記憶のどちらもがソフィアという肉体を知っているという事だった。だからそれ基準に2つの記憶の中身を整理していく事に決め、ゆっくりと2つの記憶の一致する部分を合わせていった。
「ゲザムワンザスト……。」
まず出てきたのはその単語だった。それは2つの記憶両方に鮮明に残っている記憶だった。
ゲザムワンザストというのはオープンワールドRPGであり、ソフィアという肉体が創られた場所だ。
ソフィアという体は新川裁来がキャラメイクした主人公、所謂プレイヤーで操作キャラクターだ。
「操作していたのは俺で……実際に倒していたのは私だ……。」
ソフィアという肉体は頭にヒビが入るような痛みを感じていた。ただそれは思考を中断するに至らない為、記憶の整理を続けた。
ゲームの中で実際に魔物と対面し倒していたのはソフィアという存在だった。ゲームの中では感情等を感じる事は無く、設定された動きをプレイヤーが動かした分だけ動き、少し言葉を発するのみで、プレイヤー同士のチャットも当然ながらプレイヤーが行うものだった。
だが、そのくせソフィアという肉体が目で見たものを全て覚えていた。新川裁来という存在のせいか、実際にそうだったからなのか、ゲームの中に自分が入りそれらを体験していたという感覚があった。輝竜や仲間達との冒険や無心での娯楽。輝竜の死や受け取った力、仲間達と過ごした拠点の事。勿論沢山の敵、魔物の事や共にずっと過ごしてきた2人の事も。
とはいえ、このソフィアという存在が常に無心で体験し続けていた事は全てプレイヤーである裁来によるもので、裁来が行った事だ。
「……うん、この記憶にある事は全て俺が起こした出来事とかそういうのだな。苦労した戦闘……アイテム収集、クランの拠点造り……全部覚えてる。」
そしてそれらはソフィアという肉体だけではなく、新川裁来がプレイヤーとして操作していた視点の記憶もあった。要するに、キャラクターとしてもプレイヤーとしても、どちらにせよゲームの記憶を所持しているのだ。
だが裁来は明らかに記憶が欠落していた。ゲームの事以外に思い出せるものは少なかった。わかる事といえば、
「名前、年齢、性別……。後何かしらで自殺した事。」
それらは裁来がハッキリとではなくぼんやりと思い出せた事だった。なんとなくそんな感じだった筈、というそんなレベルのもの。
ただ裁来が自殺する場面、その直前の事は何故か明確に脳裏に見える程良く覚えていた。故に裁来は思った。自分は何故、こんなにも楽しそうに自殺をしているのだろう、と。自殺が良しとされているのか何なのか。今思い出しても何がどう楽しいのか理解する事は出来なかった。
「まぁ考えても仕方ないよな……。」
裁来はそれについて考える事をやめた。そもそも裁来としての記憶はほぼ無い為いくら考えても無駄な事だった。
裁来はそうして少しずつ思い出せる事を頭に浮かべ、ソフィアという肉体との記憶の統合をしていった。そして状況等もゆっくりと把握していき、ある答えに辿り着いた。
「記憶が無くて、何かの要因で俺がソフィアという肉体に入り込んだんだろうな、多分。」
何らかの理由で自殺し、何らかの理由でソフィアという肉体に入り込み、何らかの理由で肉体は完全に統合。そして何らかの理由で此処に居る。
「……いや、わかんねぇよ。……何なんだよ、これ……。サイクロプスには襲われるしさ……。」
裁来は状況の把握は出来た。だがこの状況を理解する事は出来なかった。意味がわからないのは当然と言える。記憶が全て揃っていれば理解出来たかもしれないがそれすら無かった。
「わかんないもんはわかんないよな……。これはいくら考えても無駄なやつだ。」
裁来は考えられる事は全て考えたと諦めた。ゲザムワンザストというゲームの事以外をまるで思い出せない。故に考えるだけ無駄だと結論付けた。ただそれは13歳にしては妥当過ぎる決断だった。
次に裁来は出来る事の確認に移った。裁来にはプレイヤーとしての記憶、知識等があった。そして、だからこそゲーム内で出来た事と、自分がソフィアに入り込んでも出来る事の違いを把握する必要があると考えた。
まず裁来が考えたのは自分の装備品やステータスについて。ゲザムワンザストでは自分の声をマイクに乗せ話す事で色々な事が出来た。勿論ボタンやキーを押して画面を動かす事も可能だが、今はそのボタンやキーは存在しない。だからステータスの確認方法が限られていると考えたのだ。
裁来は何かに願いながらその言葉を発言した。
「頼む、出てくれよ……。ステータスオープン……!」
裁来は少しの間待った。ゲザムワンザストでは声の判定が稀に遅れることがあったからだ。それはゲーム内での会話、日常会話等からの誤認でメニュー等が開かれない様に精密に造られすぎた故のものだった。
それでも反応は無い。裁来は焦りながらもう一度口にした。
「ステータスオープン。」
今度はもっとハッキリとわかり易く口にした。そして。
「……おい、出ないじゃんか……出ないじゃんかぁぁあ!!」
悲痛な叫びがただ響いた。