料理部の高島さんは☆☆☆シェフを唸らせたい
高島綾子は子どもの頃から料理が大好きだった。
母親の手伝いに始まり、いつか自分の店を持つのが夢になっていた。
進学校に入学し、綾子は部活動にも料理を求めた。
「ウチ、家庭科部しか無いけど……いいかな?」
綾子は被服がクソ苦手だった。
穴があっても着ておけよ。いつもそう思いながら親指を咥えていた。
「無いなら作る。料理と同じ!」
綾子は暇人を求め、なんとか料理部の設立にこぎ着けた。顧問は家庭科部と掛け持ちとなったが、綾子は特にそこは気にはしていなかった。
部長を綾子が務め、帰宅部と掛け持ちの山口拓真、幽霊部員A,幽霊部員B、幽霊部員Cと、料理部はとても賑やかだった。
二年の春。綾子は危機を感じていた。
料理部に大型の新人が現れたのである。
「三春優真と申します。今年からこちらの学校にてお世話になります身、わたくし料理部があると知り是非入部したく存じ上げます」
「……いぇす」
あからさまな金持ちお嬢様が突如として料理部に入部したいと言ってきた時、綾子は「マジかよ」と小さく漏らしたが、それでも女子部員が増えることは歓迎的だと考えた。なにせ実質活動しているのは綾子一人であり、試食係の拓真(舌に関しては良い物を持っていた為)、そして幽霊部員ABCは顔すらも忘れてしまったくらいだ。綾子は優真の入部を笑顔で迎え入れた。
が、問題はその後すぐに起きた。
「わたくし、専属のシェフーに料理のいろはを頂戴しておりますので、多少料理には覚えが……」
「は、はぁ……」
だったら家でやれよ。綾子はうっかりそう漏らしかけたが、グッと堪えた。自分で自分を偉いと褒め称えておいた。
「拙い祖青椒肉絲ですが、どうぞ」
ギンギラのバッグから、タッパーに入った青椒肉絲が現れた。
「どれどれ……」
「俺も良いかな」
「どうぞ~」
後ろでずっと漫画を読んでいた拓真が、重い腰を上げて青椒肉絲を箸で拾い上げる。口に入れ、二人はすぐに顔を見合わせた。
「ヤバ……」
「美味い」
「ありがとうございます」
優真は小さく頭を下げる。
「味付けは1:1:2かな?」
「ええ、良く分かりましたね」
「コイツ、舌だけは良いのよ」
「まあ。それは素晴らしいですわ。是非ともわたくしの創作料理の御試食を──」
「え」
「何か?」
綾子は自分でも何故言葉が出たのか、すぐに気付く事が出来なかったが、にこやかに微笑む優真を見て、ジワジワとその理由に気が付いてしまい、咄嗟に顔を背けてしまった。
「あ、あのー……」
と、教室の入口からそっと、一年生の女子三人が中を覗き込んで遠慮がちに声を発した。
「料理部はこちらですか? 入部したいのですが……」
綾子は感激した。新入部員が四人も増えれば部費も増えるのだ。その分食材も良い物が買える。綾子は頭の中でいつもより良い肉を思い浮かべてみた。
「部長の方ですね」
「いえ、わたくしは──」
綾子の横をすり抜け、一年生達が優真の方へと歩み寄った。見てくれ的には間違いなくそっちであろうと納得しておいたが、内心本当に部長の座を奪われるのではないかと心配になっていった。
「優真さん」
呼び掛けた綾子の目にはやる気の炎が灯っていた。決意に満ちた、決闘の眼差しだった。
「料理対決をしませんか?」
「……えっ?」
「勝った方が部長という事で」
「なるほど」
いきなり対決を申し込まれた優真だったが、部長という言葉の響きに誘われ、その顔はあっという間にやる気に満ちあふれた。
「それでは今度の土曜日に、わたくしの屋敷にて行いませんか? 三ッ星シェフに審査をして頂きましょう」
「──!?」
対決を申し込んだはいいが、三ッ星シェフのご登場にたじろぐ綾子。しかしココまで来て引っ込む訳にもいかず、そのまま勢いで「受けて立つわ!」と腰に手を当てて言葉を返した。
──土曜日、綾子と拓真は優真の屋敷へと足を運んだ。
「本日は宜しくお願い致します」
「……ど、どうも宜しくお願いします」
通されたキッチンは、教室よりも広く、唯々二人は口を開けて呆けるしかなかった。
「さて、食材は好きな物をお使い下さいませ」
「あ──」
綾子はバッグからタッパーを一つ取りだした。中は煮物で満たされており、そっとフタを外して中を見せた。
「実は作ってきちゃったんだよね。ウチのキッチンの方が使い慣れてるし」
「なるほど。では私が終わるまでお待ちを」
優真は慣れた手つきで青椒肉絲を手早く作り上げた。食材、機材、調味料。その全てが一級品だった。
「出来ましたわ」
「速っ!」
拓真と綾子がトランプで暇を持て余していると、目の前に特上たる青椒肉絲が運ばれた。思わずつまみ食いをしたくなるような、見ているだけで二人は腹が減る感じがした。
「では審査員のシェフの方々をお呼びしますわ」
「……かたがた?」
優真が呼び掛けると、入口から七人程、ただならぬ雰囲気のシェフ達が現れた。その全てが三ッ星レストランや料亭の総支配人であり、腕利きの料理人であった。
「それでは試食の方、宜しくお願いします。まずはわたくしの方から」
シェフ達の前に青椒肉絲が運ばれた。匂いで既に何人かが頷いていた。
「うん、うん」
「三ッ星シェフが唸ってるわ……」
「スゲ……勝てるのかよ」
優真の青椒肉絲を食べ終えたシェフ達の顔は、とても満たされていた。
「それでは続いて綾子さんの煮物を」
「どうぞ」
七人が皆、一応に顔色を変えた。まるで未知との遭遇の様に、煮物を箸で持ち上げ繁々と眺めている。
「う、うーん……」
「唸ってるわ! 唸ってるわよ!?」
「あれは唸ってると言うよりは困ってる……?」
一応に腕を組み、不思議そうに首をかしげる七人。優真は勝利を確信した。
「それではシェフの方々にお聞きしましょう。もう一度食べたい方の料理を指差して下さいませ!」
綾子と拓真は目を閉じて祈った。
そして、その祈りは何故か通じてしまった。
「な、何故かしら……!?」
七人全員が、一応に綾子が作った煮物を指差した。
「滝口総支配人! 理由をお聞かせ下さいませんか……!?」
口髭のたくましいシェフがスッと立ち上がり、煮物が入っていたタッパーを手に取った。
「コレ何で味付けたの? もう一回食べさせて。食べれば分かると思うから」
「俺も」
「自分も是非……」
「このまま分からないのはプロとして名折れだ」
全員が、タッパーの残り汁をスプーンで掬い、味見をした。
「う、うーん……」
「唸ってるわ」
「アレは困ってるんだってば」
腕を組み首をかしげたまま固まってしまったシェフ達の隙間を通り、拓真がそっとスプーンで一口掬い上げた。
「あ、コレ……もしかして」
「言わないでくれ!」
「待って! 自分で当てるから!」
「少年は我々をコケにするのか!?」
三ッ星シェフ達にすごまれ、拓真はそっと口を閉じた。そしてコッソリ綾子へと耳打ちをすると、綾子はにんまりと笑って「正解☆」と、だけこたえた。
「あー分からない!」
「なんだこれ……」
「う、うーん……」
「んー……?」
うなり続けるシェフ達をよそ目に、綾子と拓真はそっと優真の屋敷をあとにした。
「あーあ。勝ったけどなんだかスッキリしない勝ち方だったわね」
「まあ、いいんじゃない?」
──月曜、綾子がいつも通り家庭科室で料理をしていると、いきなり三ッ星シェフ達が現れてつまみ食いを始めた。
「う、うーん……」
「分からん」
「謎だ」
「何よ貴方達! ココは学校よ!? 何しに来たの!? 大体お店はどうしたの!?」
突然の出来事に料理人としての尊敬を忘れ、不審者を見る目で言葉を発したが、三ッ星シェフ達は気にすること無く普通に返事をした。
「味付けの秘密を知るまでココに通うことにしました。店は部下達が何とか切り盛りしてますから」
「大体人の料理を食べて首をかしげるなんて失礼じゃない!?」
「しかし味付けが分からない」
「謎だ」
「不思議だ」
「あ、コレ、お婆ちゃんの──」
「「言わないで!!」」
シェフ達に紛れ味見をした拓真の口は、シェフ達がしっかりと封じてしまった。