プロローグ___あの日
新連載です。
宜しくお願い申し上げます。
無差別描写に、ご注意下さい。
あの日は確か、日曜日で晴天だった。
雲一つもない青空に暖かな陽の光り。
賑わう声は止まない。
けれど。
その後、私の心に一生、止まない雨が降り続ける事は
その時の私は、思いもしなかった事だろう。
あの日は生憎、私の誕生日だった。………17才だったか。
実家のある県をふたつ越えてある、
この遊園地で16歳から遊園地の案内係のアルバイトを始めていた。
雪が降り注ぎ、遊具に積もる、名残りを見詰めていた冬の日。
あの日は、幾度でも、記憶を、私の心を、抉り出す。
鼓膜に残響するのは、
悲鳴、悲鳴、悲鳴。
嘆き、絶叫、断末魔、極寒の銀世界を一瞬にして
猛暑のような湿気の様な熱気に染めたのだ。
漂う香りが、その銀世界を地獄に染めた事に気付いた。
煙たい呼吸を締め付ける、異様な香り。
同時に鼓膜に響くのは、悲鳴。
嘆き、絶叫、断末魔、極寒の銀世界漂う悲鳴の色。
急激に灰色へと失っていく視覚野。
猛暑のように湿気のような熱気。
それは__哀しみの、言の葉。
人々は次々と倒れ伏せている。
白は朱に染まり、そんな中で、私は、見つけてしまったのだ。
「うう………ママ、パパ、カホ、サホ………」
歳は、どれくらいだろう、
4歳くらいの女の子が、家族であろう人達を揺さぶっていた。
灰色に染まる世界で
その娘の小さな手や服が一部、
深紅色に染まっているのは、きっと気のせいじゃないだろう。
悲鳴と共に鼓膜を揺さぶる、サイレント。
逃げろ、と煽る様な叫びと共に、轟く慟哭は止まない。
なにが、どうなっているのか。
私が視線を寄せた時に、爆破音ともに炎が空高く背を伸ばす。
灰色の世界の影響だが、眩しくて目を閉じた。
救急車、消防車、また救急車、パトカーが2台。
救急車から飛び出した救急隊員は颯爽と駆けて、
倒れた人の傍に駆け寄る。
ホースの準備をしながら勇敢に火の中に立ち向かう消防隊。
そしてパトカーから現れる警察官、刑事は
迷いなくその地を駆けるとある男に飛び付いて、空に叫んだ。
何時何分、犯人確保___と。
____そして、一人の男に掛けられた手錠。
…………その男は、私の知っている男だった。
現場は混乱している。
猛暑の中のような喧騒の中で、私は動けずにいた。
呼吸が苦しいのは、この喧騒だけではない。
思わず目を瞑って、胸を押さえた。
そんな時、誰かが私の服の裾を握った感覚。
目眩を覚えながらも思わず、
しゃがんで目線を合わせると、先程の女の子が其処にいた。
お姉ちゃんて幼い声音が、何処かで横切った気がした。
また静かに涙が頬を伝う。
「………………どうしたの?」
「みんな、つれて、いかれちゃった………」
周りを見回す、救急車に吸い込まれていく担架。
殆どの人が処置を終えて、そのまま救急車の搬送等が
速やかに終えたのだろう、人々は疎らに閑散とし始めていた。
嗚呼。
きっと、この子は取り残されてしまった。
「…………あなた、お名前なんていうの?」
「はしもと、なほ」
「なほちゃん………、あれ、なほちゃん?」
寄り掛かってきた時、
不意に“あの子”を思い出した気がする。
違う、この娘は違うと思考回路に塗ってみても、分からない。
「お腹痛いよぉ………」
幼い身体で頑張っていたのだろう。
私の膝の上に倒れ伏せた女の子に、私は言葉を失う。
此処で深紅色の意味するもの。
厳冬の真冬というのに夏の猛暑と変わらないのは気のせいか?
女の子もいよいよ倒れた。
思わず、私はその子を抱き締める。
そして、男が乗り込んだパトカーを睨んだ。
この子の家族は、救急車に乗せられた。
救急車かも知れない、或いはドクターヘリ。
この煙の喧騒と混乱している中で、頭が解離していく。
この子は、置いてけぼりだろうか?
この子は、どうなるのだろう。
喧騒と目眩の中で、
私が辿り着いた答えを出した時、
脳裏に降りてきた声と重なった。
______お姉ちゃん、ただいま。
「……………大丈夫よ。私と一緒にいよう、ね?」
『速報です。ただいま、オトギノユウエンにて、
無差別殺傷事件が発生している、とのです。
現場は大変混乱しており____
ただいま入りました最新情報です、犯人は確保された、と』
私は____加害者家族になった。
私は____誘拐犯だ。
2025.02.07
新装版として動き始めます。
よろしくお願い頂けますと幸いです。