うしのクビ
私と彼氏は来た。
伝説の怪談に登場するあの牛の首さんがいるという、このかつてはお洒落を誇ったカフェ。
カフェは見事に潰れていて、いいえ建物はしっかりと建っていたけれど、潰れているという言葉がぴったり似合う、潰れたような空間だった。
「こんにちはー」
私は店の扉を開けて、しっかり中に入ってから、店内をじゅうぶんに見回したのち、言った。
「今の時間は『おはようございます』デショ!」
台湾人の彼氏が私の日本語の間違いに突っ込む。
「牛の首さん、いますかー?」
私は気にせず、お伺いを立てる。
「社長さん、いますかー?」
彼氏がなぜかそこを言い間違える。
すると潰れたようなカウンターの奥に、それはいた。
「なんかいるよ?」
私はウキウキしながら歩を進める。
「社長さん?」
彼氏もそう言いながら歩を進める。
そこには何かがいた。
もぞもぞしてる。
なんか作ってる。
お料理してる……
私達は、見た!
見てしまった、それ!
私は言った。
「ぎゃー」
彼氏は言った。
「うぉー」
チリチリと埃は星のように舞って、朝日の中にもやもやとそれの姿を浮かび上がらせて、それはモーと地響きみたいな声を出して、微かにローストビーフの匂いがして、やがてすべてはよくわからなくなって。
愛するような音を立ててコップ達は砕け散って、私と彼氏はもうどこにもいなくなって、こんな支離滅裂な物語が存在する理由は、誰も知らない謎の空の向こうで、ただ残された地上には、ビックンビックンしながら神々しい踊りを踊る、かわいいご当地キャラみたいな白いものが、最後に名乗ったのだった。
「ボク、うっしー」
「あー、おもしろかった」
私は羽根を広げてカフェを出た。
彼氏が言った。
「あ。動画撮るの忘れてたよ」
「戻れー!」
ゆるキャラ『うっしー』
七海糸さまより頂きました!
糸さま、ありがとうございますヽ(=´▽`=)ノ