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ザマァの後の世界

やらかした貴族子息の再教育を押しつけられている騎士団を知っているだろうか?

作者: 寒天

恋愛ジャンルのざまぁものがハッピーエンドを迎えた後の、主人公達が見向きもしない場所でのお話男バージョン。

「駆け足、始め!」

「クッソ……」

「なんで俺がこんなことを……」


 太陽が燦々と輝く炎天下の元、今日も王国第四騎士団の訓練は過酷であった。


 第四騎士団、通称死神部隊。王国に七つある騎士団の中でも最も過酷な訓練と、それに裏打ちされた実力者集団として国内外にその名を轟かせる精鋭部隊である。

 他の騎士団ならば身分を持ち出すお坊ちゃんが幅を利かせられる場面であっても、死神部隊にそれは通用しない。平民出身も貴族出身も関係なく、己の剣の実力のみで生きていくことを誓った実力主義の集団なのだ。

 その分柄が悪いというか、外見に華麗さとか美麗さなんて呼ばれるものが全くないゴリラ部隊である。一言で言えば品が無いので、一般的に婦女子が憧れとしてイメージする細身な騎士様とはかけ離れているせいか余所から見た評判が悪いことが玉に瑕な部隊でもあるが……それでも、彼らは超一流の戦士であり国を守護する剣なのだ。


 その自負を持ち、常に覇気を纏って威風堂々とした姿を見せているはずの王国七騎士団最強部隊、第四騎士団団長は、今日も新兵達の訓練の様子を自らの執務室の窓から見ていた。

 覇気に満ちているとはとても言えない、疲れ切った表情で。


「はぁ……」


 第四騎士団の執務室兼訓練場として与えられている敷地内には、今日も教官として仕事をしているベテラン騎士達の怒号と、それに怯えるような新兵達の情けない悲鳴が響いている。

 ――あり得ないことだ。


「なんであんな腑抜け共を我が団で面倒を見なければならないのか……」


 騎士団にも特色というものがある。建前上は騎士――すなわち国のために命を懸けて戦う勇者であるということは共通しているのだが、実際はその存在理由、職務内容、構成団員の出自など様々な差異があるものだ。

 中には貴族出身で、鎧を着て歩くだけで精一杯という貧弱坊ちゃんが安全に武勲と言う名の箔を付けるためだけに在籍するような権威主義の部隊もあれば、第四騎士団のように実戦で活躍するべく実力以外を見ていない実戦部隊も存在しているということである。

 そんな第四騎士団だからこそ、訓練は苛烈を極める。鎧を着て安全な後方でふんぞり返るだけでいい権威部隊ならば必要なくとも、最前線に出て斬り合い殺し合いを想定する運用が求められる第四部隊では皆必死に鍛錬を積むし、その覚悟を持ったもので無ければ入団自体しないし認めない。

 他にも騎士団はあり、中には後方での支援が主な任務となる場所もあるのだから、体力に自信が無いのならばそっちを希望すれば良いだけのことなのだから。


 そう――身分も出自も一切考慮せず、実力のみが全てである精鋭部隊は、新人であっても全員屈強な体力自慢ばかりが集まるのが普通であり、簡単に弱音を吐くような軟弱者が来る場所ではないのである。


「はぁ……」


 団長のため息は、とても重かった。

 そして、このような自体になった原因に思いを馳せ、更に深いため息を吐くのだ。


「忠誠を誓った騎士としては不敬だが……恨みますよ、陛下」


 諸悪の根源、この国の王を思って――


「失礼します、団長。その……」

「……どうした?」


 物思いに耽っていたら、第四騎士団の若い団員が浮かない顔で執務室にやってきた。

 普段自分の秘書のような役割を任せている副団長では無く、若い団員が直接来たと言うことは、副団長には言いづらいようなことを団長へ直訴しに来たか、あるいは副団長が直接団長に伝えるのを嫌がるような案件であるかだ。

 どうやら、その浮かない顔から察するに、今回は後者であるらしい。


「……その、マックガイヤー伯爵の長男が不貞行為を行ったとかで、この第四騎士団に強制入団させて性根をたたき直すことになったと命令書が……」

「………………ふぅ」


 非常に言いづらそうな顔で要件を伝えた若い団員に、団長は更に重いため息で答えた。

 半分予想はしていたのだが、当たって欲しくない勘は良く当たるのだななどと思いながら。


「いや、ご苦労。命令書は確かに受け取った。下がって良い」

「は、ハイ! 失礼します!」


 若い団員は、ほっとした様子で敬礼を取ると共に気持ち早歩きで退室していった。

 団長の中でグツグツと煮えたぎる怒りを察知しての反応ならば、将来有望だろう。危険を素早く感知するのは騎士として重要な能力だ。


「……防音の障壁を展開」


 若い団員が完全に離れたことを察知した団長は、感情を感じさせない声で、自分の行動を口に出して確認というある種職業病のような確認作業を行いながら部屋の壁に設置されているボタンを押した。このボタンを押すことで、部屋の壁の中にある仕掛けが作動し、部屋の中の音が一切外に漏れなくなるのだ。

 これは機密情報を扱うこともある各団の団長室に標準で備え付けられているものであり、部屋の外の音が聞こえなくなるのもそれはそれで不便だということで開発された絡繰りである。


「すぅぅぅぅぅ――巫山戯るな色ボケ貴族共がぁぁぁぁッ!!」


 外に声が漏れなくなったことを確認した後、団長は大きく息を吸い込み、吠えた。

 食事の邪魔をされた竜の如き咆吼は、防音壁を破壊するつもりなのかと思うほどの声量である。

 その怒りの源は、もちろん先ほど持ち込まれた命令書である。


「貴族として恥ずかしい行いを起こった愚息を鍛え直してくれだと? 我が騎士団を何だと思っているのだこやつらは!」


 怒りのままに吠える対象は、第四騎士団に自分の息子を入団させてビシビシ鍛えてくれ――とお願いという名の命令をしてくる高位貴族達である。


 第四騎士団団長は、剣の腕ならば国中の騎士を引っくるめても最強の称号を持っている。もちろん騎士に必要な能力は腕っ節だけではないが、単純な暴力ならば彼が最強なのは揺らがない。

 そんな団長だが……生家は男爵家であり、貴族としては最下級に位置している。実力こそが全てという第四騎士団以外であれば、その実力があってもまず間違いなく団長に上り詰めることはできなかったであろうと断言できるくらい権力という面では弱いのだ。

 だから、どれだけ抵抗しても、高位貴族達の都合をはね除けることはできない。苦言を呈そうがなにをしようが、高位貴族がやれと言えば団長の意見など無視されてしまうのだ。


「何が『性根を叩きのめすためにも厳しくしてくれ』だ! 体の良い責任逃れに巻き込むな!」


 命令書を地面に叩きつけ、団長は怒りのままに吠える。


 最近の、実力重視の実戦部隊としての誇りを持っていたはずの第四騎士団内に軟弱な声が増えている原因は、高位貴族の子息達がいろいろやらかしたのが原因であった。

 そのほとんどは女性関係――つまり浮気や不倫である。国王の名で結ばれた契約で定められた婚約者や奥方がいるにも関わらず、若い性欲を持て余したのか、あるいは頭がおかしいのか『真実の愛』だのと宣い堂々と浮気をする馬鹿者が最近増えているのである。

 当然、真実の愛でも偽物の愛でも、浮気は浮気だ。場合によっては無理矢理高位貴族の力で美談に纏めようとするところもあるが、大抵は不貞行為として有責離縁されることになる。

 何せ、裏で印象操作するような知恵もなく、むしろ何が起ころうが自分の主張が優先されるのが当然というぬるま湯で生きてきたお坊ちゃん連中なので、隠すどころか堂々と公的な場で『真実の愛』を宣言してしまうのだからどうすることもできないのだ。


 そうなると困るのがその浮気男達の親……つまり高位貴族の当主達である。

 言うまでもなく、それは家の恥だ。信用こそが何よりも大切なのは商人も貴族も変わらないことであり、特に婚姻契約となると貴族にとっては何よりも大切な『血統』に関わる話になる。

 成り上がりの新興貴族は別だが、高位貴族ともなれば高貴な血を引く一族だから偉いというのが大前提にあり、その高貴な血を次世代に引き継ぐために婚姻というものがある。だからこそ政略結婚というものが成立し、家と家との結束を何よりも強くする最も尊い契約とされるのだ。

 その契約を、個人的な感情と気の迷いであっさり反故にする一族。そんなことを思われてしまえば、もうその家は終わりに等しいのだ。


「そりゃ、なんの罰も与えなければ示しがつかないというのはわかるけどなぁ……!」


 過ちを犯した者を許すということは尊い行いとされるが、それは同時に『その過ちを許容する』という意味でもある。

 自分の血を引く息子が長い年月をかけて築いてきた信頼も信用も木っ端微塵にしてくれたと言う時点で甚大なダメージであるが、それが当主公認――同じ状況になれば当主も同じことをするのだと思われたら本当に致命傷になってしまう。

 それを避けるためにも、高位貴族当主達は自分の息子に厳しい罰を与えなければならない。この愚か者がやったことは許されないことであると当家は考えているんですと、世間にアピールしなければならないのだ。


 しかし……しかしである。


「いっそ首をたたき落とすなり金○潰してやるとかすればいいのだ。それをダメ親共は……! 甘やかすだけが愛情ではないだろうが!!」


 団長の怨嗟の声が示す通り……国王公認の婚約者や妻を蔑ろにして浮気をすると家の名に傷がつく、何てことも想像できないような馬鹿息子を育てた親たちに厳しい罰など与えられるだろうか?

 ――否である。できるはずがない。徹頭徹尾自分の子供に甘いダメ親たちは、対外的には厳しい罰を与えたことにしつつもそこまで深刻な被害は与えない……という程度の罰を皆望むのだ。

 身体的に障害が残るような罰は論外で、可能ならば社会的にもこれ以上の傷はつけたくない。ほとぼりが冷めた頃に適当な爵位と領地を渡してそこそこ裕福な暮らしを送れる未来が残るような温い罰を本心では望んでいるということだ。


 かといって、謹慎して終わりとか、口頭で叱ってお終いでは世間と被害者が納得しない。

 そんなときに目を付けられたのが――世間で鬼が巣くうと恐れられる死神部隊こと第四騎士団だったのである。


「鬼の住処に放り込まれて地獄の訓練を受けさせることで性根をたたき直す? 我らは罪人か!!」


 団長の怒りの鉄拳が、部屋の片隅に用意されている特注のサンドバッグに叩き込まれた。騎士最強の第四騎士団団長の鉄拳を受けても木っ端微塵にならない、国内最高の技術者達の技術の粋を集めた逸品である。


 被害者……つまり、高位貴族と婚姻関係を結べるような家柄のお嬢様からすれば、騎士のことなどよくわからないのは当然のことであり、国内屈指の屈強な男の巣窟に放り込まれるとは相応の罰に見えてしまうことだろう。それこそ、イメージとしては治安最悪の牢獄に収監されたとさほど変わらないのかもしれない。

 しかし、言うまでもないことだが、第四騎士団は別に罪人部隊ではない。身分問わず実力者を集めるという方針の都合上、柄が悪く身分も低い者が集まる傾向にはあるが、流石に国の治安と安全を守る騎士である以上重罪人は受け入れていない。

 当然団員に必要以上に苦しみを与えることなどしないし、罪人に与えるような罰もない。訓練自体が罰みたいなものというのは否定しないが、それでも団員の安全には細心の注意を払っているし、それ相応の給金も出ている。

 勤務時間外なら当然何をしていても法に触れない限りは自由だし、酒を飲むも女を買うも各々好きにしている。当然、罪人として囚われたわけでもないやらかし組も境遇は変わらない。しっかり監督しろと言われても、個人として保証されている尊厳と権利をどうこうする力など団長には無いのだ。


 そんな場所に強制入団させて何が罰だと、自ら誇りを持って日々の訓練に臨んでいる団員からすれば侮辱以外の何物でも無い思想であった。


「権力……宮仕えの悲しさか……」


 ここまで怒りを爆発させた団長は、ようやく腹の中のものを出し終えたのか仏頂面で椅子に座った。納得はしていないが、一人で怒鳴っても何も解決しないのだと思えるくらいには冷静さを取り戻したようだ。

 そう、怒りでは何も解決しない。何せ、異を唱えることはできないのだから。


「陛下さえあのようなことをしなければなぁ……」


 この、やらかした高位貴族の子息をとりあえず『外から見てると怖いけど中に入れば真っ当』という第四騎士団に入れて追求を逃れる作戦……それを最初にやったのは、悲しいことにこの国の頂点、国王陛下であった。

 元王太子であり第一王子である愚か者が、よりにもよって公爵家令嬢でもある王太子妃に婚約破棄を突きつけたのがそもそもの始まり。国中の有力者が集まる夜会での暴挙は、流石の国王でももみ消せない大事件に発展したのである。

 結局『王族が一度口にしたことを簡単に覆すことはできない』という絶対のルールに乗っ取り婚約は白紙に戻ったが、その場で息子に甘い国王陛下が咄嗟に考えた厳罰と言う名の妥協案が『第一王子を第四騎士団に入れて性根をたたき直させる』だったのである。


 いや巫山戯るなとその話を後に聞かされた――身分の関係で夜会には参加していなかった――団長は思ったが、何を言っても無駄だった。

 一団の長であるとは言っても、その権威は当然国王に比べたら遙かに劣るものであり『王族が一度口にしたことを簡単に覆すことはできない』のだからどうしようもない。

 唯一その処罰に異論を挟む権利を持つ浮気から始まる婚約破棄の被害者となった公爵令嬢は、騒ぎのどさくさで実は思い合っていたらしい優秀と噂の第二王子と婚約を結べてそれで満足してしまったようで、何も言わなかったのだから本当にお手上げだ。


 結局、第一王子は第四騎士団預かりとなったのだが……


「あのボンクラ王子……ちょっと走るだけで疲れただるいもう無理とだだを捏ねおってからに……!」


 思い出したらまた怒りが再燃してきたのか、団長の椅子の持ち手がギシギシと悲鳴を上げる。

 しかし破壊件数100を越えた辺りから、椅子か防具かわからないくらいに頑丈さ重視で作られた椅子は悲鳴を上げ若干変形こそしているものの、何とか耐えていた。

 一応、大の男が十人がかりで圧力をかけてもびくともしない構造になっているはずなのだが……。


「王族であっても構わずビシビシ鍛えてくれ? ああマジでやってやろうか……!」


 王族であっても遠慮はいらない、と言われて本当に気にしないでいいか?

 そんなわけがない。自分の監督下で王族に大怪我でも負わせようものならば、責任者である団長はもちろん罪のない団員の多くを巻き込んでの責任問題となることだろう。

 そんなことになっても気にしない――などと言うのならば、そもそも無関係の第四騎士団に第一王子の再教育なんて無理難題を押しつけるはずもない。身分も何もかも取り上げて牢獄にぶち込むなり病死と言う名の暗殺で終わらせるなり、もっと確実な方法を取ったはずだ。

 もちろん騎士の訓練なのだから多少の傷は許容して貰えるだろうが、やはりリスクの大きい過酷な訓練を受けさせることなどできるはずもなかった。


 しかも、危険性の高いものを除外したとしても、自分に甘い王侯貴族の集大成とも言える第一王子に実戦を想定した厳しい訓練など耐えられるはずもない。

 それでも国王陛下の命令だからと可能な範囲で徹底的にしごきはしたものの、その練度もペースも他の団員に比べれば余りにも低く遅い。はっきり言って、彼のペースに合わせていては団員全員の邪魔にしかならないという話だ。

 おまけに、何かあればすぐに叫いて権力を持ち出して弱音を吐いて訓練を邪魔すると言うのだから始末が悪い。本来ならとっくに解雇通知を出しているというのに、国王命令でそれができないというのだから手の施しようが無い。

 だが、放置はできない。鍛えろというのが王命なのだから、邪魔だろうが何だろうが見放すことができないのだ。

 本人にやる気が無い上に王命で見捨てることもできず、しかし傷つけることもできない存在。完全なるお荷物を背負わされたも同然だ。


 結果として、団全体の士気に関わる悪影響が出ていた。その負担――つまり第一王子のお守りの大半を団長自らが請け負うことで何とか事なきを得ていたのだが、その分団長へのストレスは半端ではなかった。

 そのストレス発散に、お荷物達が解散した後深夜に八つ当たり気味の猛トレーニングを詰んだりしてここ最近団長個人の肉体が急速に強化されたりしているが、それは余談である。


「そして、上が緩めば下も習う……か」


 第一王子一人でも手に余るのに、その下の貴族達まで揃って『国王陛下公認の罰則』として第四騎士団を利用し始めたのだから堪らない。

 文句を言おうにも――そして実際に何度も言ったが『国王陛下のご沙汰に倣った次第』と言われれば団長に為す術などあるわけもなく、騎士団としての質を落とすお荷物が毎日強制的に輸送されてくる……というのが、今の第四騎士団の有様なのであった。

 そして、そんな子供に甘い親達が過剰なトレーニングで息子に怪我をさせたなどとあれば黙っている訳も無いと、ますます団全体の力が下がりストレスと共に団長個人の筋力は増加していくのである。


「役立たずの馬鹿息子共のお守りで訓練の質が低下しているのは由々しき問題だ……幸いにも大きな戦が起きていないから頭を抱える程度で済んでいるが、もし今の状態で戦争でも起きようものなら本当に国が滅びかねん」


 戦争が始まれば、真っ先に最前線に飛び込むのが第四騎士団の使命である。

 というより、他の騎士団が事実上貴族のお坊ちゃん達が安全に武功を得るための張りぼてと化している関係上、第四騎士団が抜かれればほとんど敗北だ。

 平和ボケして戦争の恐ろしさを忘れたこの国における最後の砦が弱体化するなど、他国に知られれば明日にでも適当な理由をつけて宣戦布告されてもおかしくない危険信号であると言えるだろう。


「はぁ――」

「失礼します団長! 緊急事態です!」


 防音モードの部屋に突然誰かが入ってきた。

 何事かと入り口に目をやれば、そこにいたのは先ほど報告を若手に丸投げした副団長であった。

 それだけで碌でもないことが起こったとわかるが、聞かないわけにもいかないと団長はため息を吐いた。


「なんだ? 宣戦布告でもされたか?」

「そのとおりです! 隣国から使者が!」

「は? な、なんでいきなり……?」


 冗談で言った、つい先ほど想像した最悪の事態が起こりましたと大真面目に答えられては百戦錬磨の団長であっても唖然となるほか無い。

 しかし、一体何故突然そんなことになったというのかと、内心は大嵐のままでも外面を何とか取り繕い団長は副団長の報告を聞いた。


「そ……それが、その……王子が」

「王子? うち所属の?」

「いえ、そっちではなく第二王子殿下が……外交に行って相手そっちのけで婚約者とベタベタやり過ぎて向こうの機嫌を損ねたとかで……」

「は?」

「……『俺の最愛』と紹介するところから始まり、ことある度に『キミの目に僕以外の男が入るのは』とか『どんな宝よりもキミの方が大切だ』とか『本当はこんなところにいるよりもキミと二人で過ごしたい』とか『他の男の視界に入らないように閉じ込めたい』とか……」

「……いやまあ、人の性癖に文句を付けるつもりは無いが……まさか、外交の場でそんなお花畑トークを終始繰り返した……とか言わないよな?」

「………………」

「否定してくれ」


 別に、婚約者と仲が良いのは悪いことでは無い。少なくとも、浮気をして後始末で第四騎士団に迷惑をかけるよりはずっといい。

 だが……溺愛などというものは、無関係の他人からすれば見ていて腹が立つだけであるのも事実。国の威信をかけて真剣勝負のつもりで挑んできた外交官ならば、そんなピンク色の空間を文官の戦場に持ち込まれた時点で不愉快だろう。

 そこに、細心の注意を払って相対しなければならないはずの外交官を無視していちゃつき優先なんて真似を王族がやったとなれば……自国が侮られていると、喧嘩を売られていると判断されてもおかしくはない。

 元々友好的な関係では無いのだし、丁度いい大義名分ができたから征服に行こうかというところなのだろう。


「……第二王子は優秀だと聞いていたのだが」

「恋に狂えば狼も駄犬に成り下がるのかもしれません。元々、兄である第一王子に比べて優秀であると自惚れる傾向強めでしたし」

「婚約者殿は諫めもせずに何を……ああ、いや、そうか。第二王子の婚約者は、第一王子の元婚約者だったな。未来の王妃としての教育を無駄にしないためにも新たな縁組みは喜ばしいことと思っていたが、考えてみれば第一王子の婚約者でありながら実は第二王子と思い合っていたのだから似たものカップルだったというだけか。結局、恋に狂った若者という意味では第一王子も第二王子も婚約者も何も変わらなかったと……フフフフフ」


 フフフフフ、と団長の気の抜けた笑いだけが部屋にこだました。

 結局、ここで何を言っても答えは変わらない。頼みの第四騎士団が弱体化した状態で突然開戦となれば、もうどうしようもないのだ。

 この国は若者達の恋に恋する若気の至りと、大人達の躾ができない甘さによって滅びる。きっと、後世の歴史家達はさぞ面白おかしく書いてくれることだろう。


「……フ、フフ、フフフ」

「だ、団長……?」

「フ――ザ――ケ――ル――ナァァァァァァッ!!」


 笑い声に怒気が混じり、弾けた。

 先ほど発散した怒りとは比べものにならない、一国で最強の称号を持つ男が本気でキレたのである。


「ソレデ? 俺ヲ呼ビニ来タンナラ、ナニカ指令ガアルンダロ?」

「は、はい。至急王城第五会議室へ来てくれと、陛下より命令が」

「了解シタ」


 肩どころか全身を怒らせ、団長は視線だけで人を殺せるような威圧感を纏い王が待つ場へと向かった。

 だが、今の団長が陛下の命令を素直に聞くとは思えない。騎士の誇りに懸けて最後まで戦い続けることは曲げないだろうが、それでも、陛下の言葉次第では戦争の前に国が滅びる気しかしない副団長なのであった。


 その不安は、的中することになる。


「そ、その、もう少しその……殺気を抑えてくれんか?」

「ハイ?」

「……まあよい」


 第一王子に続き第二王子が更なる洒落にならない失態を犯したというのに、親である国王は何も悪びれること無く威厳を保っていたはずだった。

 厚顔無恥とも思えるかもしれないが、王としては間違った姿勢では無い。緊急事態に全ての頂点である王が申し訳なさだの弱気だのを見せれば、下の者が不安に感じてしまうから。

 そんな王の矜持も到着した第四騎士団団長を前にしては無意味であった。怒りの余り人の領域を越えてしまっている感のある『最強の男』の迫力を前にしては、王の矜持など張り子の虎であった。


「デ? 開戦ノ場所ハ?」

「その……アカハラ高原で、第四騎士団を率いて陣を展開せよと……」

「承知シマシタ。デ? ヤッテクレタ第二王子ハ?」

「……精神を鍛え直すべく、事が済めば第四騎士団で厳しく――」

「アアン?」

「ム……何か文句があるのか!」


 張り子の虎にも意地はあったらしい。もはや敬意を払うつもりはさらさら無いとあらゆるところで表現している団長を前に、全く反省していない諸悪の根源(馬鹿親)はこの期に及んでも権力を振りかざす。


「余に向かって無礼な! 牢獄にぶち込まれたいか!」

「そうだ! 所詮は男爵風情の産まれが!」

「貴様の部下とてどいつもこいつも卑しい者ばかり……礼節というものを理解できないのかね?」

「所詮、いざという時には役に立たないのでしょう。何が死神部隊か」


 王の一喝に力を得たのか、他の高位貴族達も騒ぎ出す。

 本来牢に入れるべき罪人を自らの誇りである第四騎士団に押しつけておいて、その言い草。

 ……団長の頭の中に残されていた最後の線が、切れたような音がした。


「――ッ!」


 怒りで頭の血管が破れたのか、顔を真紅に染める団長。

 もう問答をするのも穢らわしいと、一人無言で背を向けて出て行くのだった。


「ま、待て! まだ話は――」


 後ろからの呼びかけなど、もはや聞く意味はない。

 こんな国に、自らの誇りである戦士達の血を流す価値など無い……。


 それでも、第四騎士団は戦いに出向かなければならない。それこそが彼らの存在意義。生と死の狭間こそ、彼らが生きる世界なのだから。


 問題なのは、その剣を向ける先だ。


「団長。準備はできてますぜ」

「荷物は纏めてあります」

「……お前達」


 第四騎士団の詰め所まで戻ってきた団長は、完全武装の配下達に出迎えられた。

 信頼する団員――お荷物達は除く――の前では流石に怒りの魔人モードは引っ込めた団長であったが、なんと言うべきか悩んでいた。

 もはやこの国のために戦え……など、言いたくはない。しかし彼らの忠義を否定するのもまた正しいとは言えない。

 だが、そんな心配とは裏腹に、第四騎士団の士気は高かった。


 訓練の質を落として鈍っているはずの団員達の全身からほとばしる、力強い肉体と共に。


「……そうか。お前達もそうなんだな」


 ニヒルに笑う団長は悟った。 

 死を覚悟して戦いに挑む騎士の誇りに感銘を受けて――ではなく、彼らもまた自分と同じであったということに。


「ココ数年ノストレス。モウ限界ダモンナ?」


 再び団長の瞳から正気が消え、同時に団員達の目からも光が消える。

 彼らの心は一つだった。そう――隅っこの方に縄で纏められた『荷物』こそが彼らの心を一つにしているのだ。


「野郎共! 俺たちの剣はどこにある!」

「我ら第四騎士団、常に死と共に!」

「やりたいことは何だ!」

「あの腐れ国王共を血祭りに!」

「俺が許す! 構わねぇから憂さが晴れるまでぶっ殺せ!」

「じゃあ皆殺しで! このストレスは一生かけても消えねぇッス!」

「よし許可する! 邪魔する奴らは全員ぶっ殺せ!」

「ウォォォォッ!!」


 第四騎士団は精鋭だ。しかし『荷物』のせいで全体の訓練の質が落ちていた。

 そして、精鋭だからこそ、その状況にストレスを溜め込んでいた。そのストレス発散のため個人で団長は苛烈なトレーニングを積むことになったが……それは彼らも同じだったと言うことだ。


「酒でも女でも、消化不良は解決しませんからねぇ」

「この阿呆共からのストレスを発散するのは、昨日より強度を増したこの肉体以外にはない!」


 団としての質が外部からの横やりで落ちていた。しかし、個人としての能力は話が別だったのだ。

 やる気の無い親の権力によるごり押し組は成長していないが、自らに戦士としての誇りを持つ者達はそれぞれが勝手に成長する。

 それができるからの精鋭であり、そうであって第四騎士団――死神部隊に相応しい。


 出自の怪しいならず者部隊。忠誠心に欠ける荒くれ者。どれだけ侮辱しても許される、身内とは思わない存在。

 国王達が彼らをそう蔑むならば――そのとおりだと、笑って肯定してやろう。


「敵は俺たちの後ろにありだぁぁぁぁっ!!」


 役に立たない『お荷物』は……第四騎士団にはいない。

 敵の言葉で勝手に投げつけられたゴミなど、気にする必要もない。この戦で全員戦死でいいだろう……あるいは肉壁にするのも悪くはないか。

 悪鬼羅刹も怯える血塗れの死神達は、不気味なほどの笑顔と共に出陣し、そして――


「ら、乱心したか――ぐべっっ!?」

「私は公爵の――」

「知るかぁ!?」

「サンドバッグが喋るんじゃねぇよ! 死ね! 死ぬのだ!」

「ヒャッハー! 血の雨降らせろやぁぁぁぁ!!」


 死神部隊はその異名のままに、異様なほどの迫力と戦力で瞬く間に外見だけは華やかな城を血と恐怖の戦場に染めていき――


「あーん? テメェ敵だよな? なら何で蹲ってんの? 立とうが寝ようが全身の骨ぶちおってから殺してやるよコラァ!」

「殺されたくらいで死んでんじゃねぇよおい。まだ俺の八つ当たりは終わってねぇぞオラァ!!」

「王族命令だぁ? 知るか伝令ごとぶっ殺せ!」


 もう当初の目的など完全に忘れて暴れ倒し――


「王城だ、アン? 偉そうに建ってんじゃねぇよテメェ!」

「玉座なんざぶっ壊してやるわ!」

「テメ王族か? 元はと言えば王族とか言う奴らが諸悪の根源なんだよ死ねや!」


 ついには先日まで守っていた国の城までノリと勢いだけで陥落させ、完全勝利を決めてしまったのであった。


 その後、国を制圧に来た隣国の軍勢は語る。「これ以上壊すところがなかった」と。

 公的には、戦争の結果隣国の完全勝利とされた。実際には怒り狂った第四騎士団だけで自軍を完全壊滅させたのだが、民に迷惑をかける気はなかった勝者たる第四騎士団は隣国に統治を全面的に依頼。もしこの国の民を泣かせるようなことをすればイライラストレスパワーに任せて「暴れちゃうぞ♡」と笑顔の脅迫を行った結果、隣国軍は全面的に第四騎士団の要求を受諾。戦争は恐ろしいほどの恐怖と共に終結したのだった。


 となれば、流石に無視できないのが第四騎士団そのものだ。

 元々王族の不始末で起こった戦ということもあり、頼んではいないが勝利の事実だけをそっくりプレゼントされてしまった形となった隣国。いくら想定外の危険人物集団と言っても、功績だけ見れば大英雄になってしまった第四騎士団を無視するわけにはいかなかった。

 下手をすると、隣国までついでに滅びる。その危機を敏感に感じ取った隣国の王は、彼らを自軍に加えられないかと団長へすり寄った結果、彼は笑顔でこう言ったという――


『我々は騎士としての忠義を裏切った身。もはや騎士を名乗ることはできませぬ。ですが我が国の民のため尽力してくださる新たな陛下のご意志となれば従います。ええ、そのご意志に従い、これからも団員達に一切の遠慮なくより精悍な精鋭を育てていきますとも。ただ、一つだけ条件を。……これからは正式採用以外での割り込み入団はよりコミュニケーションを深めるため、入団依頼をした親にも同じ体験をしてもらうことに――』


 その後、隣国の貴族は『過ちを犯せば地獄に落とされる』をキーワードに、歴史上希に見る平和的な統治がなされ、貴族達は謎の圧力の元清く正しく生きていったという……。


自分の子供の再教育くらい自分でやれという教訓。

百歩譲って教育機関に任せるならともかく、日々誇りを持って務める職務を罪人への刑罰扱いして無関係の他人に押しつけるとかひどい侮辱ですよねって話です。


この短編とは全く関係ないですが、現在連載中の長編ファンタジー


『魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう』


もよければ下のリンクよりどうぞ。


類似コンセプトのザマァされた後の世界、女編の修道院バージョン

『悪女がよく送られている修道院という施設を知っているだろうか?』

もシリーズより見に来てください。


よければ感想、評価(下の☆☆☆☆☆)をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ありますよね〜 辺境の騎士団とか… みんな中間管理職…苦労してるんだろーな。
[一言] うん、そりゃ怒るよね普通 完全しりぬぐいだもんね… そりゃ上位貴族滅ぼしちゃうよねぇ… ぶっとんでて面白かったですw もっと冷静な感じで終わらせるのか、別の形をとるのかと思っていましたが …
[一言] こんなss有ったんですねビックリしましたw ぶっちゃけバカ子息を死のうが構わんからシゴいてくれ!とかなら理解の範疇なんですが、騎士団サイドに一切のケアなしに忖度強いてるのはなぁ……しかも今…
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