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チョコレートの魔女  作者: 梶野カメムシ
8/10

8 魔術師と魔女




 芳乃の受けたインタビューの影響は、意外な場所まで届いた。

 チョコレートの本場、ヨーロッパである。フランス、ベルギー、スイスが有名で、日本に進出している名店も多い。フランス語でチョコレートを意味するショコラが、日本でも通じるのはこのためだ。

 《泣けるチョコ》は市販品だが、高級ショコラ以上の未知の世界が味わえる──その噂は驚きの速さで、世界のチョコレートマニアに広がった。真鍋製菓の販路は国内のみだが、《泣けるチョコ》は個人輸入で海外に出回り、欧州中のショコラトリーを震撼させた。そこに雫の記事が登場したのである。

 いち早く反応したのは、ロペール・ランカス。フランスの名店《ラ・メゾン・デュ・ショコラ》の跡取りで、《ガナッシュの魔術師》の異名を持つ天才ショコラティエである。

 取り寄せた《泣けるチョコ》に感銘を受けた彼は、インタビュー記事をきっかけに雫に恋焦がれ、単身で来日。アポイントなしで真鍋製菓を訪れた。目的はもちろん、雫に会うことである。

「馬鹿言わないで」

 雫の反応は、氷壁のように冷たく険しかった。

「会えるまで待たせてもらうって、応接室でがんばってるけど」

「追い返せばいいでしょ」

「世界的なショコラティエだよ。いくらアポなしでも門前払いは失礼だよ。

 それにわたしの見た感じ、あれは完全に雫にホレてるね。

 記事一つで海越えてくる情熱、さすがフランス人って感じ」

「馬鹿じゃないの。会ったこともないのに」

「一目惚れだけでここまで来た人に言われてもねー。

 いいじゃん顔出すくらい。デートしろってんじゃないんだし」

「興味ないから。丁重に断って」 

 芳乃は仕方なく、通訳越しにロペールに伝えた。

「残念です。一度、彼女と話してみたかった」

 やはり雫に同業者以上の興味を持っていたらしい。

 露骨に肩を落とす天才職人に、芳乃は同情した。マスコミを巻き込まなかった節度にも好感を持った。

「雫はあなたが嫌いで会わないのではありません。

 彼女は昔から、私以外の誰とも会わないのです」 

 同情もあり、芳乃は雫の過去を教えた。

 極度の人嫌いで、芳乃以外と向き合わないこと。初恋の人のためにチョコを作り始めたこと。今だに同じ人を想い、一途に追い続けていること。

 先輩の件はマスコミにも秘密だったが、ロペールには話していい気がした。

「素晴らしい。あの味の秘密が、少しわかった気がします」

 話を聞き終えたロペールは小箱を取り出した。中身がチョコだと一目でわかるラッピングだった。

「日本には男女でチョコを送り合う習慣があるとか。

 これは、シズクのチョコに魅了された私のお返し(・・・)です」

 通訳を通してなお気障きざな台詞を残し、天才ショコラティエは帰国した。

  

「ロペールさん、帰ったよ。これを雫にって」

「いらない」

「あれ。天才職人のチョコ、興味ない?」

「ぜんぜん」

「一口くらい食べてあげなよ。

 ちょっと馬鹿みたいだけど、あの人本気でフランスから来たんだよ。

 雫とは性格真逆だけど、気持ちはわかるじゃない?」

 答えを待つ芳乃。雫は観念したようにチョコを摘む。

「…………さすがね」

 芳乃は破顔した。

 この一言は、必ずロペールに伝えよう。そう思った。




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