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チョコレートの魔女  作者: 梶野カメムシ
7/10

7 ノーカカオ、ノーライフ




 《泣けるチョコ》は、《恋するチョコ》以来の大ブレイクになった。

 発端は、やはりSNSだった。半信半疑の目が涙を溢れさせ、すっきりした笑顔で絶賛する。そんな動画が大量にアップされ、注文が殺到した。バラエティ番組では、泣き顔と無縁な芸能人に食べさせる企画や、涙をどこまで我慢できるか芸人にチャレンジさせるコーナーが登場し、人気に拍車をかけた。

 ブームの一因は、男性にも売れたことだ。日本の男は耐えることが美徳、泣くのは恥だと教育される。日々ストレスにさらされ、飲酒や喫煙といった発散手段を失いつつある男性陣にとって、《泣けるチョコ》は夢の商品だった。人目を忍んで使用した者は、それがジョークグッズでなく、心からの涙を誘う魔法・・のチョコであると知る。《泣けるチョコ》ブーム以降、自殺者の数は激減した。

 芳乃と雫、二枚看板の不和から停滞していた真鍋製菓の売上高はロケットのように垂直上昇し、株は上場来高値を更新した。二度目の爆発とあってマスコミにもさかんに取り上げられ、チョコの開発者にも注目が集まった。

 特ダネでならす週刊誌が、雫の記事を載せたのはそんな時だ。

 《泣けるチョコ》を生んだ、《チョコレートの魔女》。

 そんな見だしが広告に踊り、浦野 雫の名は一躍、世間に広まった。

「取材とインタビューとテレビ出演のオファーが、また来てるけど」 

「出るわけないでしょ」

「だよねえ」

 すでにアラフォーの雫だが、まさしく魔法のような若さを保っている。引きこもりの肌は白く、製菓で体を使うため肥満の兆候もない。コミュ症は治っていないが、理系美女として売り出すなら、それもキャラにできる。

 芳乃は嘆息した。広報としては喉から手が出るほど欲しい宣伝材料だが、幼馴染としては天地が逆さになってもありえないとわかっている。 

 週刊誌が追える雫の情報は大学時代までだ。真鍋に入社以降は、専用の研究室に閉じこもっていたので、会社の人間すら雫を見た者は少ない。むしろ社員の方が雫の情報に興味津々かもしれない。

 雫の研究所は、新設した製菓工場の地下にある。警備は厳重だが、すでに工場の周囲にマスコミがたむろし、無駄な張り込みを続けている。宣伝にはなるが、トラブルになる可能性も高い。

「──先輩も見てるかもよ?」

 雫の手がつかのま止まった。

 芳乃は定期的に先輩と連絡を取っている。もちろん雫のためだが、雫については一切触れていない。愛する妻と子供に囲まれ、幸せに暮らす先輩に聞かせる話でもない。

「……やっぱり、駄目」

「うーん」 

 とはいえ、何かしら情報を与えなければ、世間の加熱は高まる一方だ。

「じゃあさ。写真一枚だけ。わたしが撮るから。

 インタビューもわたしが代わりに答える。これでどう?」 

 交渉の末、雫はしぶしぶ承諾し、芳乃はマスコミの取材を受けた。


 結果的には、この判断は誤りだった。

 ミステリアスな《チョコレートの魔女》の話題は、わずかな露出によって、かえって沸騰してしまったのである。




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