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チョコレートの魔女  作者: 梶野カメムシ
1/10

1 小さな恋のものがたり




 ものがたりは高一の秋に始まる。

 その日、浦野 しずくが家庭科実習で焼いたクッキーは、見事に焦げ上がった。立ち込める悪臭にクラスが沸いたのは、雫が学年一位の才女だからだ。寡黙な秀才の失敗は格好のネタになり、不愉快ないじり(・・・)は廊下まで続いた。

 そこに通りがかったのが、運命の相手である。

 ひょいと手を伸ばし、雫のクッキーを一口食べる。

「うん。焦げてるけど、美味しいよ」

 かしましい級友たちが言葉を濁す。相手はイケメンで有名な先輩だったのだ。

 人見知りな雫の胸に、未知の反応が生じたのはこの時だった。

 俗に一目ぼれ(・・・・)と呼ばれる現象。

 浦野 雫は、恋に落ちたのである。


「バレンタインにチョコ? いいんじゃないの」

 幼馴染にして唯一の友人、芳乃よしのは賛同した。

 引っ込み思案で口下手、人嫌い。典型的なコミュ症の雫に好きな男ができたと打ち明けられた時は驚いたが、何のアプローチもできないのは予想通りだった。 

 今時のバレンタインは友チョコが中心だが、雫のような奥手には、やはりありがたいイベントである。

「何度作っても、うまくいかなくて」

 大量のボウルと黒い失敗作に挟まれた雫が弱音をはく。

 芳乃の知る限り、雫が料理をするのはこれが初めてである。菓子作りは女子の定番だが、中でも手作りチョコは難度が高いとされている。

「もっと簡単なチョコにすれば?」

 材料を見る限り、雫が挑戦しているのはかなり本格的な感じだ。芳乃も料理は苦手だが、簡単レシピのチョコがあることくらいは知っている。

「先輩に渡すんだもの。中途半端なものは作れない」

「何でも喜んでくれると思うけどなあ」

「駄目。直接言えないから、気持ちが伝わるものでないと」 

 芳乃はため息をついた。おとなしそうに見えて頑固。ましてや恋する乙女となれば、止められる気がしない。

 とはいえ、自分以外に友人も趣味も作らず、塾にも行かずに学年首位を取ってしまう雫のことだ。その頭脳があれば、バレンタインまでにチョコを作れるようになるかもしれない。

 それに、こだわる気持ちもわかる。何と言っても初恋なのだ。

 説得をあきらめ、芳乃は雫を見守ることに決めた。


「うーん、やっぱ無理だったか」

 結局、雫のチョコは当日までに完成しなかった。

 市販品を買うことも勧めたが、雫は譲らなかった。「真心こめた手作り」は絶対に曲げないつもりらしい。

「普通に告白した方が早いと思うけど」 

 それができる雫でないことは、よく知っている。

「じゃ、来年のバレンタインだね」

「そうだね。そうする。

 来年こそ、完璧なチョコを作ってみせるから」

 リベンジを誓う雫に、芳乃はうなずくしかなかった。

 この恋が遥か彼方に突き進むとは、思いもしなかったのである。




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